06 白孤族の男
「ん? ええと……たしか新顔の、『幻魔』のロックスだったか」
「経済的な交流について、一つ申し上げたいことがあります!」
声を張り上げるのは、白い毛並みの狐の獣人――恐らくは白孤族の男。
魔王が発言を許すように頷くと、白孤族の男、ロックスは語り始める。
「私は、技術交流には断固反対します! 我が国は、だたでさえ無数の部族の集まりであり、国としての纏まりに欠けます! 現状ですら、少数部族の歴史や文化は大きな変化に飲み込まれ、消え去ろうとしていますッ!!」
シクロはふと、思い出した。
帝都の街で見かけた、白孤族の老婆が営む伝統工芸品の店を。
確かに、店に並んでいたのは白孤族に由来する商品だけではなかった。
それは、白孤族の伝統工芸品のみでは経営が立ち行かない為の選択だったのかもしれない。
「この上、王国から人を招き、その技術を学び取り入れるとなれば、数多の少数部族の文化が破壊され、帝国民のルーツとも言えるものが失われかねません! これは、実質的に王国民による帝国への文化的侵略行為に他なりません!」
ロックスの言葉に、困ったように魔王は答える。
「君の懸念は理解できる。だが現実問題として、我が国は経済発展無くしては、侵略行為への抵抗手段が戦争だけとなる。文化を守りたいという心意気は良いことだが、守った文化を引き継ぐ者が死んでゆく社会に未来は無いだろう?」
土地に由来する資源を武器に外交する、という選択肢も大昔には存在した。
だが、スキル選定教の発展により、王国はダンジョン由来の資源で豊かになった。
今更、ダンジョン外で取れる資源などそう魅力的なものではない。
故に、国交を持つこと自体に魅力が必要なのだ。
「だからと言って、今交流を持つというのは性急すぎるのです!」
「ふむ……では、シクロ=オーウェン。お前はどう思う?」
魔王に話を振られたシクロは、少し考えてから口を開く。
「逆でしょう。今だからこそ、国として一つの価値観を共有できる。この機会を逃しては、それこそ技術交流が国にとっての毒になりうる」
「何を知ったような口をッ!!」
ロックスの怒りの声にも臆さず、シクロは言い返す。
「知っているんですよ。国に根付いた価値観、文化は、後から都合が悪いからと言って変える方が難しいんです。今のハインブルグ王国のように」
「ぐぬ」
言い返されて、ロックスは怯む。
「経済発展が必須で、技術交流は避けられない。である以上は、いつ、どうやって受け入れるかだけが問題です」
シクロの語る持論に、魔王や他の十二信将も耳を傾ける。
「時期は早い方が、結果的に衝突は少なくなる。交流相手としても、潜在的な敵国であるハインブルグ王国全体を選ぶよりも、同盟を組み、利害関係が一致するボク達……ノースフォリアを選んだ方がよっぽどマシです」
「利害関係とは? そもそも、そちらがわの同盟を組む意図を我々は聞かされていないのだが」
十二信将の一人が疑問をシクロに投げかける。
挙手をしながら未だ魔王に名を呼ばれていない十二信将の一人で、他にも挙手をしていた十二信将が、質問に同意するように頷き、シクロの返答を待っていた。
シクロは魔王に視線を向ける。
魔王が頷くのを見て、シクロは語っても良いと判断する。
「ボクの――いえ。ノースフォリアの望むことはただ一つ。将来的な、ハインブルグ王国からの独立です」
独立という言葉に、十二神将達は僅かにざわめく。
だが、ざわめきは一瞬のことで、すぐに静まる。シクロは話を続ける。
「このことは、他言無用でお願いします。――ハインブルグ王国が国教に制定しているスキル選定教と、ノースフォリアは現在相容れない状況下にあります。端的に言えば、教会の推進する冒険者制度が、辺境における実態と合っていません」
ノースフォリアには、領都以外に都市と呼べるような規模の街は無い。
辺境らしく未開拓の土地も多く、未発見のダンジョンから魔物が溢れる可能性が高く、そもそも平時の魔物の脅威も王都周辺の比ではない。
最悪のダンジョン『ディープホール』はシクロ達によって攻略されたものの、それは領都壊滅の危機が去ったというだけであり、魔物の脅威全てが無くなったわけではないのだ。
故に、スキル選定教が冒険者パーティの構成にスキル重視の方針で関与するという制度とは相容れないままとなっている。
「なので、ノースフォリアはスキル選定教の影響下から脱したい。そのために最も現実的な手段が、ボクという戦力を駒にして、複数の国から独立を支持してもらうことなんです」
魔王との同盟があれば、ノースフォリアの独立を拒むことにリスクが見え隠れするようになる。
これは、十二信将の誰もがよく理解できることだった。
「……ッ、関係ありませんッ!!」
ここで、ロックスが気を取り直したように声を上げる。
「どれだけ理屈を重ねたところで、我々少数部族が被害を被る事実は変わらない! 魔王様は、我々に一族として滅びよと仰るのですか!?」
ロックスの怒りの声に、魔王は首を横に振る。
「そう極端に走るな。少数部族に限らず、帝国内のあらゆる文化、技術については書物に残すよう努めている。各地に散らばる少数部族も、郡制による他民族からの実質的な侵略が起こらぬよう、様々な配慮をしてある。望むなら、帝都カリュビステラでも伝統的な生活様式を守れるようにもなっている」
「足りぬと言っているのですッ!!」
魔王の言葉でも収まりがつかないのか、ロックスは要求を突きつける。
「そのような消極的な対策や配慮ばかりでは、僅かな延命措置にしかなりません! 帝国の法として、我々のような少数部族を守り、文化を尊重するような、積極的な支援が必要なのですッ!!」
「本当に、それを望むのか?」
途端、魔王の視線が鋭くなる。
「お前の望みが実現すれば、少数部族の文化だけがこの帝国で特別扱いを受けることになる。特権は格差と分断を生む。すると少数部族側がいずれ孤立する。また、文化は管理者によって強要されるものとなり形骸化する」
魔王の指摘通りになるとは限らないが、無闇に支援を繰り返すばかりであれば、ありえそうな話だとロックスにも思えた。
「つまり、お前の望みによって、お前たち自身の文化が破壊される結果になる。それでもお前は、今以上の支援を望むのか?」
魔王に問われたロックスは、言葉を返せなかった。
歯を食いしばるようにしながら、口を突いて出かかった言葉を飲み込む。
「……っ、望み、ません」
「よろしい。では、他に質問のある者はいるかな?」
こうして、ロックスの意見は通ることなく、会議は進むこととなる。
以後、ロックスが会議中に口を挟むことは無かった。