02 集落の懇願
「旅糧でしたらご提供致しますが、一つお願いしとうございます」
シクロ達が到着した村で、交渉を始めると郡長が発した言葉であった。
「願いとは何だ、言え」
有無を言わさぬ様子で、バアルが話の先を促す。
「前線から退去し、郡長として同様の部族を纏めて来ましたが、力及ばず。王国側の敗残兵共にやられております」
「略奪か」
「元は小さな部族同士ですので。国境側に逃げられてしまえば手に負えず」
「治安維持に警備隊を貸しているはずだが」
「妙に強い男が一人。警備隊では捕まえることも出来ず、壊滅出来ずにいます」
郡長の言葉を受け、しばらく思案した様子のバアルはうなづく。
「分かった。我々で叩く」
「感謝致します」
「旅糧も常識の範疇で構わん。対価も支払う」
両者の間で、即座に話は纏まった。
郡長との交渉が終わり、バアル、そして付き合いで来ていたシクロが家から出てくる。
「……逃亡奴隷か?」
シクロは訪ねた。王国側が使う兵士の中で、略奪をするにしてもわざわざ帝国側に入りこまねばならないほど追い込まれているのは、それぐらいしか思いつかなかった。
「ああ。隷属の魔法で魔族への暴行まで禁じてしまえば、兵士としても使えんだろうからな。犯罪者共は大抵こちらに流れてくる」
「なるほど」
深刻な顔をしてシクロは前を向き――そして立ち止まる。
だが、バアルは進み続ける。
「おい、待て――」
シクロの制止虚しく、バアルは足を踏み入れる。
巧妙に枯れ草や砂を撒いて隠された泥濘に。
ベチョ、という音と共に、バアルの靴が汚れる。
すると、途端にどこからか声が聞こえる。
「ざまあみろ!」
シクロが視線を向けると、そこには村の住人らしい魔族の子供がいた。
シクロに居場所を見られた途端、子供は即座に逃げ出した。
「……行くぞ」
どうするのか、と問いたげに視線を送るシクロに向けて、バアルは言った。
シクロは泥濘を迂回し、バアルと並んで歩きながら問う。
「良いのか?」
「ガス抜きになる」
「でも、なんで嫌われてるんだ」
シクロが問うと、バアルは一瞬言葉に迷いながらも答える。
「村の資源を奪っていくのに、王国も帝国も無い。特に、地方の少数部族は帝国への帰属意識も低い。郡制に従っているだけでも上等な部類だ」
「なるほどな」
シクロは頷き、そして気付く。
「だからこその郡制か。国境から遠ざけて……戦時配給なんかはあるのか?」
問いの意味をよく理解してか、バアルは頷いて語る。
「でなければ、遠ざけた意味が無い。――連鎖は国が受け止め、終わらせなければならぬ」
理由を付けて国境から遠ざけまでして消した火種が、王国の逃亡兵によって再点火しない内に。
戦火の広がることを望まぬバアル、そしてシクロにとっては、頼まれなくとも進んで討伐するべき相手だった。
ファーブニールに戻ったシクロは、仲間に事情を説明する。
「――ってわけだから、逃亡奴隷が集まって出来た盗賊共の討伐に協力してくれないか?」
シクロのお願いに、一同頷く。
「任せとき! そういうのも、冒険者なら経験しとくもんやしな!」
「無辜の人たちを傷つけるようなら、放っておけませんね!」
「素人の集まりで出来た盗賊ぐらいなら、私がすぐに見つけてあげるわ!」
「くおん!(人ごろしのじかんだ!)」
三人と一匹が、それぞれ気合を入れた声を上げる。
「お前にやらせるわけ無いだろ、黙ってみてろ」
ぎゅむう、とぺぺもすの頭を上から押し付けながら、しっかり釘を刺すシクロ。
こうして一行は、村周辺に潜む盗賊の討伐に向かうのであった。