04 ベヘモス
姿を現したのは――体高およそ三十メートルほどの巨大な怪物であった。
牛のような体型に、爬虫類じみた巨大な口と全身の鱗。
象のように太い足と長い牙に、ヘラジカのように巨大な角。
そして全身が分厚い筋肉で覆われており、ミチミチと膨れ上がっている。
見たことも無い姿の、あり得ないほど巨大な怪物の出現に、誰もが唖然とする。
『――グモォォォォオオオオオッ!!』
そして――その怪物、ベヘモスが一声鳴くだけで、周辺が破壊される。
音だけではあり得ない衝撃が、ベヘモスを中心に円状に広がってゆく。
その攻撃は魔王軍だけでなく、王国軍側にも届きうる様子から、どうやら教会の制御下には無いことは分かった。
「……チッ、予想以上だ。悪いが、一度軍の指揮に戻らせてもらう」
言って、バアルは後退した魔王軍へと合流するように駆け出した。
それを見送った後、シクロは仲間たちへと呼びかける。
「……どうする。正面から戦うか?」
「止めといた方がええな」
カリムが厳しそうな表情で首を横に振る。
「あの巨体や。仮にウチらだけで倒せたとしても、完全に殺し切るまで時間が掛かり過ぎるやろ。それまでに魔王軍、王国軍のどっちにも被害が出えへん保証は無い。コイツがウチらよりも人数の多い方を優先するようやったら尚更や」
「そうか、そうだよな」
シクロはカリムの言葉に頷くと――決意したように口を開く。
「仕方ない、切り札を切る」
言って、シクロは仲間の三人を順番に見る。
「アイツを手っ取り早く殺せる兵器を『時計生成』で準備する。けど、まだ一度も作ったことのないヤツで、しかも巨大だから時間が掛かる。その時間を、みんなに稼いでほしい」
「お兄ちゃんまさか、『アレ』を使うの!?」
アリスが驚きの声を上げる。
「それ以外に方法が無い」
「私も設計を手伝ったから分かる! まだテスト段階も超えてないのに、危険すぎるよッ!! もしどこかミスがあったら、最悪お兄ちゃんの命まで危険に晒し兼ねないのに!!」
「大丈夫、ボクとアリスで設計したんだ。ミスなんてあるかよ」
言って、シクロはアリスの頭を撫でる。
「アリスは……まずは、王国軍の方に行って退避を促してくれ。王国軍がこの怪物、ベヘモスの討伐に出る可能性もあるからな」
「……私が王国で有名なSランク冒険者だから、一番の適任だって言いたいんでしょ?」
シクロの有無を言わさぬ視線に、一度息を吐いてから、アリスは頷く。
「わかった。でも、絶対に成功させてよね! でなきゃ、ずっごい怒るから!!」
言うと、アリスはシクロの指示通り、王国軍の方へと向かって駆け出した。
その様子を見送った後、次はミストとカリムに向き直る。
「二人にはさっきも言った通り、足止めをお願いしたい。その間に――ボクは魔王軍の方に退避を指示しに向かって、そのまま『時計生成』を始める」
至近距離では、ベヘモスとの戦闘の余波で兵器の生成に差し支える。
また、魔王軍も王国軍と同様、ベヘモス討伐の為に動き出しかねない。これを止める交渉が出来るとすれば、魔王から和平の使者として受け入れられているシクロ張本人のみであろう。
どちらの理由からも、シクロが一度この場から離れ、二人を置き去りにする形が最も合理的な選択であった。
「任せてください、ご主人さまっ!」
「何なら、ウチらだけで倒してしもうてもかまへんのやろ?」
ミストとカリムは、シクロの頼みに応えるように力強く返す。
「頼む」
苦い思いをしながらも――シクロもまた、最善の結果を求め、動き始めた。
魔王軍は、バアルの指揮下で隊列を編成している最中であった。
シクロは指揮を取るバアルを見つけると、即座に駆けつける。
「バアルさん! どうして隊列なんか組んでるんだ!」
「あの怪物を迎撃する。――ここを突破される時間は、長い方が良い」
言いつつ、バアルはシクロの方を睨む。
「それに、王国軍がこの機に背後を突いてくる可能性もありうる。よって、撤退はあり得ない」
「王国軍は撤退するッ! ボクの仲間が、指示を出しに向かったところだ!!」
「貴様は軍人では無いのだろう? 保証にはならない」
シクロは言い返す言葉が無く、歯噛みする。
「……アレが我らだけで手に負える程度の怪物であれば問題は無かった。だが、そう上手くいくようには見えんのでな。みすみす背後を討たれて命を落とすぐらいなら、ここで一秒でも長くアレを足止めして、国土に入り込むのを遅らせるまでだ。――ついでに馬鹿な王国軍が出張ってくるのなら、厄介な敵の数も減らす」
バアルは聞く耳も持たない、と言った様子であった。
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