03 魔王軍と対面
司祭の態度が怪しかったことは、シクロ達一行の共通認識であった。
故に砦で一泊する間は常に警戒していたのだが――結局、何も起こらずに翌日を迎える。
無事、シクロ達は砦を出発し、魔王軍が戦線を張る場所へ向かい出発。
王国軍の戦線を抜けてから魔王軍の戦線まで、距離もそう離れて居なかった。
よって、程なくしてシクロ達は魔王軍の戦線に接近する。
「――何者だ、貴様ら」
魔王軍の戦線から姿を表したのは、槍を持った魔族の男。肌の色が紫であること以外はハインブルグの人種、ヒューマン種とよく似た姿形。
シクロ達の実力をある程度は察しているのか、最大限に警戒している様子。
かつこの魔族も、シクロの『時計感知』や何となく感じられる魔力の強さから察するに、Sランク冒険者以上の実力を持っていると考えられた。
また、装備は使い込まれてはいるものの、随分と上質なもののようで、総合して考えると彼こそが指揮官に相当する人物であると推測出来た。
「――自分はハインブルグ王国の冒険者、シクロ=オーウェン。和平交渉の為、使者としてルストガルド帝国への入国を望んでいる」
シクロが言うと、魔族の男は少しだけ警戒を解いてから言う。
「なるほど。貴様が魔王様の言っていたシクロ=オーウェンか」
「……話は通っているみたいだな?」
「無論だ。でなければ問答無用で迎撃している」
魔族の男の言う事は尤もであった。
「貴様らを魔王城へと案内する。魔王軍のバアル=ゼフォンだ」
魔族の男――バアルは言って、シクロへと握手を求めて手を差し出す。
「よろしく頼む」
そしてシクロは、応えるように手を握り返した。
――そんなシクロ達の様子を、遠見の魔導具で監視していた人物が居た。
「……どうやら、本気で和平交渉に向かうつもりのようですね」
しかも魔族と親しげに話しながら……と憎々しげに言うのは、砦でシクロ達とも顔を合わせた司祭である。
「どうなさいますか?」
司祭に問い掛けたのは、レイヴンの替え玉。
「どうもありません。こちらからの最後通告……魔族の殲滅を拒否した以上、猊下の指示に従うまでです」
言うと司祭は、室内の一角に安置された物体――神代の魔物『ベヘモス』の封印具に視線を送る。
「『影』を出します。我々は砦から退避。そうですね……オーウェン子爵がこちらの要求をにべもなく断った件の報告の為、とでもしましょう」
司祭が言って立ち上がると同時に――どこからとも無く姿を表した、覆面姿の人物が『ベヘモス』の封印具を手に取った。
「行きなさい。――人類の未来を否定する悪逆の輩に制裁を」
司祭の言葉に覆面の人物は頷き、姿を再び消した。
一方、シクロ達はバアルの案内に従い、魔王軍側の戦線を超え、待機中の魔王軍へと合流していた。
「お前達をすぐさま案内したいところだが、前線指揮官の交代要員が到着していない。それまでは我々と共にここで待機してもらうことになる」
「野営設備を展開するのに、ある程度の広さがほしい。離れた場所でもいいから、どこか都合してくれないか?」
「目の届かない場所に行かれても困る。指揮所周辺のテントを幾つか解体して場所を作ろう」
「すまない、ありがとう」
出発までの予定について、シクロは先を歩くバアルに付き従いながら話す。
シクロ達はファーヴニールを展開すれば快適な野営が可能であるため、場所の交渉をしていた。
すると――そこへ伝令兵らしい魔族が駆け寄ってくる。
「ゼフォン様! 最前線からの報告です! 王国軍から偵察兵らしき装備の人物が一名、こちらへと急接近しているとのこと! 間もなく、迎撃ラインに到達します!」
「……チッ。面倒な」
バアルは舌打ちをしてから、シクロ達の方へと向き直る。
「悪いが引き返してもらう。まだお前達の単独行動を許すわけにもいかないのでな」
「依存は無いさ。それに、来てるのはボクらの客かもしれない」
シクロの言い草にバアルは疑問を浮かべる。
「ボクらが和平交渉を成立させてしまうと困る奴らが居るのさ」
「なるほど」
これでバアルも理解する。
そうしてシクロ達はバアルと共に魔王軍の最前線へと引き返す。
そこで目にしたのは――異様な魔力を発する魔導具らしき物体を持った、斥候に似た装備に身を包む人物であった。
王国軍の装備でないことは、砦で兵士の装備を目にしたシクロ達には明らかであった。
「教会の人間だな!? 何のつもりだ!!」
シクロは、その人物に向けて呼びかける。
すると――返答が無いまま、ニヤリと笑い口を開くのが見えた。
「――シクロ=オーウェンッ!! 貴様を人類への大逆奸として、裁きを下すッ!! その魂でもって、神代の悪しき魔獣『ベヘモス』を浄滅することで禊とするッ!!」
そう宣言すると、教会の手先らしき人物は自身の魔力を急激に魔導具らしき物体へと注ぎ込む。
魔導具は魔力を際限なく吸い込み――やがて、無理やりに魔力を引き出してでも吸収し始める。
それは周辺の空間までも巻き込んでおり、魔力の渦が魔導具を中心に発生していた。
やがて――魔力を吸い取られ、枯れ果てた結果、教会の手先らしき人物はその場に崩れ落ちる。
だが、魔導具は中に浮いたまま、魔力を吸収する。
「な、何が……!?」
突然の出来事に、魔王軍の誰もが混乱する。
「退避せよ! アレに魔力を吸われてはならん!!」
が、即座にバアルが指示を出し、やがて魔力の渦から距離を取るように後退していく。
一方、バアルはシクロ達と共にその場に残り、魔導具の様子を観察する。
「バアルさん。アンタは退避しなくていいのか?」
「ふん。雑兵には難しかろうが、実力者ならば簡単な魔力操作で抵抗出来る。」
言ってから、バアルはシクロの方へと鋭い視線を送る。
「面倒事の責任は貴様らにも一部ある。当然、何が起こっても我々を手伝ってもらうぞ」
「もちろん。ボクも正直、何が起こっても教会にはやり返すつもりだからな」
シクロが頷くのを見て、バアルは再び魔導具の方へと視線を向けた。
そして――ついに、魔導具に変化が起きる。
パキリ、と音を立てて罅割れる。
罅は次第に大きくなり――やがて魔導具よりも巨大に、空間そのものを引き裂くように巨大化する。
それは大地を覆うように広がってゆき、やがて数十メートル規模にまで広がった段階で、『それ』が姿を表す。
「――なんだ、アレは」
思わず声を漏らしたバアルと、同じ思いをシクロも抱いた。
何しろ割れた空間から――山ほどもあるかのような、巨大な怪物が姿を現したのだから。
現在、Narrative Worksでは新作小説を投稿しています。
『異世界チーレム転生できたけど、ヒロインが全員ギャグ漫画の世界の登場人物なんだが?』というコメディー小説で、著者名義は『亦塗☆さくらんぼ』です。
ページ下部にリンクがあるので、良ければ読みに行って頂けると嬉しいです。