02 東部境界砦
東の辺境にて、戦線を支える為に建てられた砦――東部境界砦。
少し進めばもう戦地、といった場所に建てられたその砦に、シクロ達は到着した。
砦の少し手前でファーヴニールから下車し、砦門へと歩いて近寄る。
「――何者だ! 名を名乗れ!」
ある程度距離がある段階で、門を守る兵士が声を張り上げ、シクロ達に問う。
「SSSランク冒険者のシクロ=オーウェンだ! 魔王軍との和平交渉に向かうため、一時滞在する目的でここに立ち寄った! 王都から事前に連絡が来ているはずだ!」
「――身分を示すものを見せてくれ!」
兵士は言うと、シクロ達に近寄るよう手でジェスチャーをして示す。
シクロは指示通り兵士の方へと歩み寄り、ギルドカードと、今回和平の使者として国から与えられた記章を見せる。
「……確認しました。記章は、出来れば見える位置につけて頂きたいのですが」
「戦闘で壊れると困るからな。普段は外してるんだ」
シクロの言い分に納得したのか、兵士はそれ以上は何も言わなかった。
その後、砦門を守る兵士から恐らく上役の兵士へと案内が引き継がれ、そのままある一室へと向かう。
「――シクロ=オーウェン様をお連れしました!」
兵士が言ってから、扉を開け、シクロ達に入室するよう促す。
部屋に入ると、そこには四人の男性が待っていた。
「ようこそ、オーウェン子爵。私がこの東部境界砦、そして対魔王軍の総司令官だ。そっちの男がこの近辺の冒険者ギルドのギルドマスター。そのさらに隣がスキル選定教の司祭様で、後ろに控えているのが護衛の男だ。――どうせ、一日滞在すれば出ていくのだろう。名前は覚えなくていい」
わざわざ名乗らずに自己紹介を終える総司令官。
さっさと出ていって欲しい――という要求が透けて見える態度であった。
だがシクロは、総司令官の態度よりも――司祭の後ろに控える、護衛の男に意識が向いていた。
「……その護衛の男は、レイヴン=クロウハートですね?」
鋭い視線で護衛の男――レイヴン=クロウハートらしき外見の男を睨みながら、総司令官に問い掛ける。
「……ふむ、なるほど。そういえば、オーウェン子爵はクロウハート公爵令息と因縁があると聞いたな。確かに、その男がレイヴン=クロウハートと呼ばれる男だ」
言われて――シクロは頭に血が上るのを感じながらも、冷静にレイヴンと呼ばれた男を観察する。
部屋に入った時点で『時計感知』により察していた違和感。
それを確かめようと集中し、そして理解すると、息を吐いてから司祭の方に顔を向けた。
「司祭様。なぜ彼は……顔に魔導具を埋め込んでいるんですか」
シクロの問いに、驚いたように目を見開く司祭。
「まさか、お気づきになられるとは。さすがですな」
続けて、司祭は事情を説明する。
「この者が顔に埋め込んでいる魔導具は、再生や成長を阻害する魔導具でございます。そうしなければ、この者の顔の形が崩れ、別人のものに変わってしまう故の処置です」
「……そんな処置を、どうしてこの男が?」
「この者は、勇者レイヴンの替え玉に過ぎないからです」
「替え玉?」
司祭から告げられた言葉に、今度はシクロが驚く。
続けて、司祭は説明した。勇者レイヴンが犯罪奴隷として前線送りになったこと。代わりとして、司祭の後ろに控える男が勇者レイヴンを名乗るようになったこと。
そして――本物の勇者レイヴンは、犯罪奴隷として前線で戦い、死んだことを伝えられる。
「……そうですか。ヤツが死んだのは、確実なんですね?」
「ええ。奴隷紋代わりの首輪の魔導具が、魔族のスキルによって破壊され、戦場に残されておりました。犯罪奴隷の首輪だけを壊してくれる親切な魔族でも存在しない限りは、まず間違い無く死んだと考えてよいでしょう」
司祭の言葉を受け、一度深く呼吸をしてからシクロは答える。
「分かりました。ひとまず、そういうことであればそこの男に対してこちらから言う事はありません」
「それは何より。替え玉を用意するのも一苦労ですから」
それは、シクロの機嫌を取るためであれば男の命まで差し出す、という意味も含む一言であった。
そんな司祭の態度を不快に思いながらも、シクロは表情には見せずに続ける。
「……では、本題に戻りましょう。我々はこちらで一泊した後、魔王軍の側へと向かいます。魔王軍との交渉の場に顔を出して欲しいわけでもありませんし、特に必要もありません。ただ、黙って見送って頂ければそれで十分です」
シクロが言うと、総司令官が頷く。
「了解した。こちらとしても緊張状態にある国境に不用意に近づきたくは無い。勝手にやってくれるというのなら願ったり叶ったりだ」
総司令官が満足したように頷く。
すると――司祭がここで口を挟んでくる。
「少し、構いませんか?」
「どうされた、司祭殿」
「オーウェン子爵に、お願いがあるのですが」
司祭の言葉に、一同が顔を顰める。
総司令官、そしてギルドマスターにとっても、司祭がここでお願いをする、という話は聞いていなかった為だ。
「言うだけならば構いません。叶えるかどうかは、内容次第ですが」
シクロが言うと、司祭は頷いてからシクロに伝える。
「ええ。ではオーウェン子爵。貴方が王都で見せたという、広域を破壊する術でもって――戦線の魔王軍を殲滅してはいただけませんか?」
その要求は、論外にも程があるものだった。
「ご冗談を。和平の使者がやることではないでしょう」
「ほほ、それもそうですな。では、今回は聞かなかったことにして頂ければ」
シクロは司祭の要求を一蹴する。
司祭は僅かに視線を鋭く細め、しかし要求はあっさりと取り下げる。
「……問題無いようであれば、話は終わりだ。オーウェン子爵は、この後宿泊する部屋へ案内する兵士を遣わせよう」
「お気遣い、感謝します」
シクロは総司令官に頭を下げ、感謝を伝える。
こうして小さな波乱はあれど、東部境界砦での総司令官達との顔合わせは無事終了するのであった。
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