25 時計使いの真価
シクロの提案に、オリヴィアが困惑した表情を浮かべつつ、否定する。
「無理よ。もう私は歳だもの。冒険に身体が耐えられないわ」
「その問題を、解決出来るとすればどうですか?」
言われて、オリヴィアは目を見開いて驚く。
「……可能なの?」
「はい。ボクのスキル、『時計使い』の本来の力であれば」
シクロはオリヴィアに解説しながら――いつだったか、アリスによって自分の能力を詳細に分析された時のことを思い返す。
「――お兄ちゃん、スキルには大まかに分けて二つの要素が含まれているって知ってる?」
「二つの要素?」
それはとある日、アリスによるスキルについての学問的な知識を講義された時のことであった。
「うん。みんななんとなく使ってるスキルだけど、厳密に考えるとおかしなところだらけなんだよね。たとえば『炎魔法』のスキルは炎の矢を生み出したり、火炎弾や、高度な術になると溶岩の波を生み出して攻撃したりもする」
アリスが炎魔法の適性も含む、元素魔法のスキルを持っている為、シクロにも想像は容易かった。
「でも、これって冷静に考えるとおかしいよね? 固体の炎なんてないから矢になって相手に刺さるのもおかしい。形の決まった可燃物があるわけでも無いのに炎が球状に維持されるのもおかしい。溶岩なんて、根本的に炎とは別の現象。そもそも炎ってプラズマ化した物質の発光現象だし。そう考えると電気をよく通すべきなんだけど、雷魔法とぶつけてお互いにすり抜けちゃうなんて話聞いたことも無い」
「それは……魔法の炎と現実の炎は別物だから、当然なんじゃないか?」
シクロの反論も、アリスは即座に否定する。
「別物なんだから何でもありだったら、可燃性の有毒ガスだけ生み出して攻撃出来ても良くない? でも、そんなこと出来る魔法使いなんて聞いたことが無い。別物のようで、どこか似ている。これって作為的で、妙じゃない?」
アリスに言われてみると、確かに、と納得する部分もあった。
しかし魔法とは本来神の力である。そういうものだ、とシクロは漠然と納得していたのだが――アリスはそれでは駄目だと言う。
「そんな炎魔法みたいな、めちゃくちゃなスキルがある一方で、力持ちのスキルなんかは単一の、明確な効果しか発揮しない。パワーが上がる。ただそれだけ。まあ、厳密に何が起こっているか説明するとややこしくなるんだけど……炎魔法みたいに全然理屈の違う現象がいくつも起こったりはしない」
言われて、シクロは首を傾げる。
「じゃあ、魔法系のスキルだけ特殊なのか?」
「ううん。ほとんどのスキルは炎魔法みたいに、理屈に反する複数の効果を発揮したりしなかったりするから、逆に力持ちみたいな単一の効果を明確に発揮するスキルの方が少数派だよ」
アリスはそこまで解説すると、指を二本立てて続ける。
「これが最初にいった二つの要素。力持ちみたいなスキルの働き方を、原義的効果。炎魔法みたいな、理屈に合わないイメージ先行の働き方を信仰的効果って呼ぶの」
ここで、ようやく最初に言っていた二つの要素の話に戻ってくる。
「ちなみに、元々は時代による信仰のあり方で神聖魔法や光魔法、回復魔法の効果が変化するのを発見したから信仰って言い方をするだけだからね。実際は人の集合的な意識っていうか、誰もが持つ共通認識とか、そういうものに由来するが信仰的効果って覚えてね」
アリスは細かい補足を入れた後、さらに話を進める。
「――基本的に、ほとんどのスキルはこの原義的効果と、信仰的効果の両方の要素を持ってるの。ただ、どちらがより強く働くかがスキルによって違うだけ。一応、極めて稀な例だけど、力持ちにも信仰的な効果が発揮されるのも確認されたことがあるわ」
「えっと……要するに、スキルってのは理屈どおり矛盾なく発揮される効果と、人類が持っているイメージに依存して発揮される効果の二つが合わさってるってことでいいんだよな?」
「そう、そういうこと!」
ビシッ、とシクロを指差すアリス。
「もっと言うと、信仰的効果には本人の持つイメージ力も強く関わってくるから――例えばこういうことだって出来る」
アリスは言うと、部屋の中で炎魔法を発動し、火球を浮かべて――途端に、室内が一気に冷え込む。
「炎とはプラズマ化。外部からのエネルギーを必要とする現象と捉えて、そのエネルギーを周辺の熱エネルギーから収奪することで魔法的な炎を発生させたのがこの魔法。――まあ、周囲を冷やす炎なんて一般的なイメージからはかけ離れてるから、ものすっごい無駄な魔力を消費してるんだけどね」
凍てつく炎を生み出したアリスは、しかしすぐに終了する。魔法を発動していた時間は僅かであったにも関わらず、少々疲れた様子で息を吐く。
「で――今日一番の大事な話なんだけど、お兄ちゃんのスキル『時計使い』もこの信仰的効果がかなり強いスキルだと思うの」
「……ボクの?」
アリスに言われ、首を傾げるシクロ。
「お兄ちゃんって『腹時計』を止めてるからお腹が空かないでしょ? これって魔力を身体に必要なエネルギーの代わりとして使ってるからだと思うんだけど……『腹時計』が『止まってる』人に対するイメージがあるからこその話だと思うんだよね。でなきゃ、ただ腹の虫が鳴かないだけで飢えは防げなかったかもしれない」
「ああ、なるほど」
確かに、言われてみるとそんな気もする。
だが、シクロも反論をしてみる。
「でも、その効果自体は原義的効果と言えなくもないんじゃないか?」
「だとしたら、いつまで経ってもお兄ちゃんの髪が伸びないのも、眠くならなくなったのもおかしな話だよ。お腹が空かないだけ――消費エネルギーを魔力で代替してるだけならその二つは起こらない。多分、身体の変化が時間の経過を示すから、それって『止まってる』っていうイメージと矛盾するでしょ? だから『腹時計』を止めただけでそうなってるんだと思う」
なるほど、と納得する。確かに、理屈通りの現象では説明のつかない効果が発揮されている。であればシクロの、少なくとも『時計操作』で『腹時計』を『止めた』時の効果は信仰的効果で間違い無いのだろう。
「そしてお兄ちゃんが強くなればなるほど、『時計使い』で扱えるものの範囲は広がっていく。さながら、炎魔法が上達すると溶岩を生み出せる魔法使いみたいに。時計の部分的解釈、機械構造へと広がって、その機械構造も時計には到底使われないようなものだって含まれていく。腹時計に関して言えば――変化を止めるだけじゃなくて、成長を促進したり、逆に若返ったりするのも自由自在になるかもね」
「若返るって……不老不死ってことか?」
「いちおう、魂そのものにも寿命があるはず。だから身体だけ若返っても不死にはならないよ」
一瞬、恐ろしい予想が頭を過ぎったシクロだったが、即座にアリスに否定されて安心する。
「とにかく、お兄ちゃんのスキルはそれだけ発展性があるってこと。今はコスパが悪い機械や魔導具でも、将来的には簡単に作れるようになるかもしれないし。そのうち自分だけじゃなくて、パーティメンバーも身体の全盛期を維持することだって出来るかもしれない。可能性の話だけど、覚えておいてね?」
「……ああ、分かった」
老いない身体というのも、化け物じみていて恐ろしくはあるのだが。
神々と戦う以上、それだけの覚悟は必要なのかもしれない、とも思った。
――そんなかつてのアリスの話を思い返しながら、オリヴィアにもまた自分のスキル、時計使いの本質とその可能性について解説する。
つまり――シクロが今後成長すれば、オリヴィアを『若返らせる』ことだって可能かもしれないのだと。
そう告げられたオリヴィアは――困惑と、そして驚愕の入り混じった表情で、返す言葉を失っていた。
ちょっと長くなりましたが、要するに……
①一般的なイメージに反するほど魔力をいっぱい使う。
②でも成長すればするほどイメージに含まれる範囲が広がる。
③とはいえ何でもありではないので限度はある。
④身体の若返りは出来るけど寿命はある。
ぐらいに認識して頂ければ大丈夫です。