24 思い出話
オリヴィアの勧誘があった後は、静かに古時計の修理が進んだ。
朝から作業を進めていたシクロは――昼前には、もう大半の修理を終えていた。
その後は動作確認をしながら、細かな修正。
シクロの記憶にある古時計の構造が完璧なものではない以上、必要な工程であった。
そうして――昼を過ぎて一時間ほど。
「――完了しました、オリヴィア様」
ついに、古時計は修理が完了する。
複雑な機構により、六面に配置されたそれぞれの異なる時計と、天頂に備わる天象儀――太陽と月の動きを示す模型が動き出した。
「……オリヴィア様?」
オリヴィアから返事が無いことを疑問に思い、再度呼びかけるシクロ。
そしてよく様子を伺ってみれば――オリヴィアの瞳から、じわり、と涙が溢れつつあった。
「またこの時計が、動く姿を見られるのね」
言って、満足げに頷くと、涙が零れ落ちた。
「お役に立てたようで何よりです」
オリヴィアの反応を見て、シクロは満足げに笑みを浮かべるのであった。
その後、古時計の稼働する様子を見守りながら、オリヴィアが思い出を語る。
「まだ私が若かった頃――ハインブルグ王国に嫁ぐ前。私の故郷が都市国家としてまだ名前を残していた頃ね。実はけっこう、おてんば娘だったのよ」
「そうだったんですか?」
現在のオリヴィアの、落ち着いた様子からは想像もできない話であった。
「ええ。故郷では姫騎士なんて呼ばれて……民を守る為に魔物を追いかけ、馬に乗って草原を駆け回っていたわ」
「ちょっと、驚きですね」
予想以上のおてんばっぷりに、シクロも唖然とする。
「意外でしょう? でも、前線で魔物と戦ってくれるお姫様だから、民には慕われていたの。――だからハインブルグへ輿入れする時に、国一番の技術者が、この時計を贈ってくれたの」
「……そういえば、どうして時計を祝いの品に?」
なぜこの時計が祝いの品としてオリヴィアに送られたのか。その由来が気になり、シクロが問う。
「万年先でも動いて使われる時計なら、いつまでも私と共に時を刻んでゆくことになるでしょう? だからこの時計を民からの祝いの品として贈ることで、いつまでも故郷が、民が、どれだけ離れていても、同じ時を刻み、思い続けてくれていると伝えたかったそうよ」
「素敵な理由ですね」
「ええ。辛い時、悲しい時も……この時計が共にあったから乗り越えられたの」
言いながら、オリヴィアは古時計を優しく撫でた。
「故郷のために草原を駆け回った日々。民の感謝の声と笑顔。今でも思い返すわ。青々とした草木の匂い。難しいことなんて無かった……ただ魔物を討伐するだけで守れる幸せがあると実感出来た。仲間と言える冒険者や、騎士達も居たわ」
そして、寂しげな笑顔を浮かべつつ言う。
「あれが――私の青春だった」
言って、オリヴィアはそっと古時計から離れ、シクロに向き直る。
「さあ、これでシクロさんの仕事は終わり。報酬を渡さなくてはね?」
しかし、オリヴィアの言葉にシクロは反応せず、何やら考え込んでいる様子。
「シクロさん?」
「……オリヴィアさん。提案があります」
そしてシクロは、オリヴィアの想像もしていなかった言葉を投げかける。
「一緒に――冒険に行きませんか?」
それは、あまりにも魅力的で、かつ身勝手な提案であった。