22 思い出の古時計
叙爵式とパーティの終了後。シクロ達は正式な和平交渉の使者として帝国へ赴く為の準備を始める。
旅程で想定される消耗品はもちろん、シクロが王都を離れている間の慈善事業の打ち合わせや、母サリナを呼んでの説明等も行った。
サリナは最初こそ驚いていたものの、子供たちの将来の為になると理解出来てからは、積極的に関わるようになる。
結果、ギルドマスターのレギアスと共に、シクロが居ない間の慈善事業について任せられることとなる。
そうして準備を進めること二日。ついにシクロのもとへ、オリヴィアから使いの馬車が遣わされた。
いよいよ、件の古時計を修理する時が来た。
馬車に乗り、王宮へと通され、降りた後は侍女の案内でオリヴィアのもとへと向かう。
「――お待たせしました、オリヴィア様」
シクロは到着して早々、オリヴィアに礼をする。
「来てくださってありがとう、シクロさん。今日はよろしくお願いするわね」
「はい。必ず今日中にでも直して見せます」
そうして――いよいよシクロの手による古時計の修理が始まる。
最初は、内部の状態の確認から。
オリヴィアから事前に情報を受け取ってはいたものの……想像を超える惨事に声が出そうになる。
噛んで止まってしまうような間違った歯車を使ったことにより、巨大なゼンマイによる負荷が一気に開放。内部の細かなパーツはバラバラに。掛かるはずの無い負荷が骨組みまで歪めてしまっていた。
シクロはそうした歪んだ内部構造を目視で確認すると、即座にスキルを発動。
「――『時計操作』」
するとシクロの魔力が古時計を――オリハルコン製の内部構造を包み込み、歪みを修正していく。
まるで正しい形が目に見えているかのような、迷いの無い作業に、様子を見ていたオリヴィアは驚く。
「まあ。シクロさんの目には、正しい形が見えているのかしら?」
「いえ。単に以前の修理に来た時、構造を覚えていただけです」
「それは、素晴らしい能力ね」
「はい。昔から、得意なんです。こういう構造を記憶するのが」
シクロは――物心が付いた頃から、機械的な構造や設計を一目見て覚え、忘れないという飛び抜けた記憶力があった。
幼少期のシクロを天才少年と言わしめた理由の一つでもある。
そんなスキルによらない能力を駆使して、速やかに古時計の歪みを修正していく。
「まあ、こんな風に活かせるようになったのは、ダンジョンを攻略して魔力が増えたお陰なんですけどね。元々は、パーツの形状そのものを弄るような使い方は出来ませんでしたから」
たとえ覚えていても、手作業で直さなければならない以上、設計図やメモを見ながら直す他の職人と大きな差は無い、というのがシクロの認識であった。
尤も、今では時計使いというスキルの本質、万物の創造能力が成長に伴い扱えるようになったお陰で、こうして力技で修理をすることも出来るのだが。
「――やはり、シクロさん。貴方は特別なのね」
「そう、なのかもしれません。ただ、全てを持っているわけじゃありませんから」
言いながら、シクロは作業を進める。
内部構造の歪みの修復は終わったので――次は壊れた各パーツ、主に歯車類を『時計操作』で修復していく。
無論、欠けた部分等は用意されたオリハルコンのインゴットから少しずつ継ぎ足して修復する。
まるで粘土でも操るかのように、容易くオリハルコンの形状を変化させながら、シクロは言葉を続ける。
「……この時計の中を見た時は、とても衝撃を受けました。求める機能を実現するために必要なものへの想像力というか、なんていうか。そういうやつが、ボクなんかとは比べ物にならないぐらい自由で」
言いながらシクロが修復していく歯車は――丁度、コウが修理の際に勝手に外し、一般的な歯車と差し替えてしまったパーツ。虫のような形状をした特殊な歯車。
この歯車と二つの欠け歯歯車が噛み合うことで、往復回転が実現されるという構造。
「お陰で、覚えたものを組み合わせていただけの、昔のボクに足りなかったものを気付かされましたよ」
言って、シクロは虫歯車の修復を終え、次の歯車の修復に取り掛かる。
そんなシクロに、オリヴィアは声を掛ける。
「――やっぱり、貴方はそれでも特別よ、シクロさん。ただスキルの効果に従って簡単に仕事を終わらせるだけじゃない。自分に足りないものを探求し、成長したいと思う心こそが、貴方の特別で、素晴らしい部分」
オリヴィアはそこまで言うと、真剣な表情で言葉を続ける。
「そんなシクロさんだからこそ、お願いしたいことがあるの」
「……オリヴィア様?」
様子が変わったことに気付き、シクロは修理の手を止め、オリヴィアと向き直る。
そして、オリヴィアはシクロに求める。
「貴方には――この国の、新たな職人ギルドのギルドマスターを務めて欲しいの」
それは、シクロが予想もしていなかった要求であった。