21 枢機卿の誤算
パーティ終了後、会場を早足で退出し、早々に教会へと引き返した枢機卿。
「――想定外だッ!! ふざけるなッ!!」
怒りの声を上げながら、自室へと引き上げていく枢機卿。
そんな枢機卿の様子に驚きながらも、状況確認の為に付き従う司祭達。
「何があったのですか、猊下! あの王都上空を覆った光の雲はいったい……!?」
「アレが例の冒険者の仕業だッ!!」
枢機卿の言葉に、司祭達が驚きの声を上げ、どよめく。
「まさか。人の身にあのような天変地異が起こせるなどとは……」
「出来たのだよ、疑うべくもあるまい!」
そうして枢機卿は――教会の重要施設でもある、地下深くの宝物殿へと向かった。
そこには単純に教会が保有する価値の高い宝物を保管しているだけではなく、教会に伝わる独自の手段で封印され、管理されてきた強大な魔物の封印具も保管されている。
そうした封印具の中でも――教会設立以前から存在していた、大昔から受け継がれ続けた封印具を目指し、枢機卿は進む。
「これだ、これを使うぞ!」
「猊下!? それはいけませんっ!!」
枢機卿が手にした封印具は――そうした古い封印具の中でも特別なもの。
「それは――かつて神が自ら封印したとされる埒外の怪物の封印具ではありませんかッ!! 動かすことも禁じられているはずです!!」
そう。その封印具は、神代の怪物――現代の冒険者ギルドでいう、SSSランクという規格すら意味を成さないほどのランク外の化け物を封じた代物。
そんな封印具を手に取って、枢機卿は語る。
「化け物を倒すには化け物よ。ヤツとこの神代の化け物……『ベヘモス』をぶつける。生き残り消耗した方を、教会の精鋭で仕留めるのだ」
「そんな、可能なのですか!?」
司祭の問いに、頷いて枢機卿が理屈を並べる。
「彼の者は王都を一手で滅ぼす力を持つ。しかし国一つ、あるいは世界を滅ぼすとも言われたベヘモスであれば恐らく同格。低く見積もっても消耗は避けられんはずだ」
「ですが、肝心の教会の最精鋭戦力の多くは帝国との戦場に派遣しております。呼び戻していては時間が――」
「問題ない。神代から現代に蘇る怪物は、戦場の血の匂いに惹かれたという筋書きになるのだからな」
枢機卿の言葉に、司祭は息を飲む。
「それは――数多くの犠牲者が出ます!!」
「仕方のない犠牲だ。今後の繁栄の為には、な」
その言葉に、しかし司祭達は納得していない様子であった。
さらに枢機卿は言葉を続ける。
「そもそも、我らが神の力を授かっておきながら、それを否定するオーウェン子爵が悪いのだ。人の繁栄に、神の力は必須。秩序を破壊し、人の世を荒らす彼の者をのさばらせるわけにはゆかぬッ!! 悪逆はどのような手段を持ってしても排除せねばならぬのだッ!!」
枢機卿の説得に、司祭達も少しずつ理解を示し始める。
彼らにとって、スキルこそが全て。人の未来は自分たちに掛かっている。それが真実だと信じられているからこそ――枢機卿の言葉は説得力を持ってしまう。
「……分かりました。猊下のおっしゃるとおりです」
「我らが神の望む泰平の世の為であれば、受け入れましょう」
結果、反対する司祭は一人も居なくなった。
こうして――祈る神も既に存在しない彼らは、先のない道へと進み出すのであった。