18 和平の使者
シクロは疑いの視線を向けられながらも、堂々と語る。
「たとえ魔王と言えど『最悪のダンジョン』攻略者を相手に武力で圧倒することなど到底不可能と言えましょう。でなければ、何故かのダンジョンが前人未到であったのか。故に私は、自身を魔王と互角以上。いえ、確実に上であると自負します」
まず、シクロが魔王に匹敵する力を持つという事実をアピールする。
これが無ければ、そもそも話が成立しない。
「私自身が、魔王の武威に頼り我が国へと攻め入るルストガルド帝国への、最大の牽制となりましょう」
シクロの言葉に、国王陛下の側近の一人が声を上げる。
「なれば和平等と、弱気なことを言ってくれるな」
「我が国は、道理の通らぬ帝国とは違います。戦火を自ら広げるような真似は、国内外問わず非難を受けるでしょう」
つまり――戦火を広げたくない、という思惑が強い貴族からの反発を匂わせたシクロ。
「そして和平の使者を帝国が素直に受け入れるとも限りません。条件が飲めないとなれば、力に訴える可能性は高い。それは歴史が証明しております」
建国を認めない。その一点でハインブルグ王国と争い続けている以上、和平の条件次第では帝国から手を出す可能性もある。
と、シクロは語り、さらに続ける。
「我々が手を下さずとも、野蛮な帝国の魔族であれば。正当な理由で反撃する必要があるでしょう」
「――ふむ。奴らに道理は通らぬ。だからこその和平交渉というわけか」
国王陛下が頷き、シクロの意図を読む。あえて和平交渉という形を取ることで、相手から仕掛けさせるという意図を。
もちろん――その意図も、あえてそう勘違いするよう誘導した結果ではあるのだが。
「――理解した。ではオーウェン子爵よ。そなたをルストガルド帝国との和平交渉の使者に任ずる」
「感謝致します、国王陛下」
こうして、和平交渉の使者としてルストガルド帝国に向かうことは問題なく決定する。
ただ――そんなシクロの様子を憎々しげに睨む人物が一人。
国王陛下の幹部と共に並ぶ、スキル選定教の枢機卿だけが、和平交渉の決定に不満を隠そうともしていない様子であった。
――叙爵式が無事終わり、次は記念パーティが開かれる。
それまでの待機時間を、王宮の一室で過ごすシクロ達。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「スキル選定教のクソジジイがずっと睨んでたけど、あれってやっぱりお兄ちゃんが活躍するのが嫌だからだったの?」
「ああ、なるほど。それは少し違うな」
アリスに問われて、シクロは解説する。
「もちろんボクが出世すればするだけ嫌なんだろうけど、あそこまで露骨に嫌がるのは別の理由があるんだよ。予測に過ぎないけど――スキル選定教は、戦争を本当に和平交渉で止められると困るんだ」
「なるほど……あれ? でもそれって、他の貴族も一緒じゃないの?」
アリスの疑問は最もだった。
ハインブルグ王国は国としてルストガルド帝国を認めていない。故に戦争に発展しているのだ。
ここで和平交渉が成立してしまえば、ルストガルド帝国の建国を認める流れに天秤が傾く。
「いや、大半の貴族はどっちでもいいと思ってるはずだ」
そこを、シクロが推測を含めながら説明する。
「戦争を一番望んでいるのは教会側。帝国が魔神という異なる神由来の力を信仰しているという宗教上の理由もそうだし、戦争を通してスキルを与えるっていう教会の優位性が政治的に強く働くのもある。この国で勢力を伸ばすには、ルストガルド帝国と戦争してくれた方が都合がいいんだ」
シクロが言うと、さらにカリムが続きを補足するように語る。
「それにもし和平が成立したんやったら、教会の国内への影響力を削いで、貴族側から影響力を高められるやろうからな。改革派、保守派のどっちも別に教会に国を売り渡したいわけやない。どう立ち回るにしても、和平が成立したらしたで利益があるんや」
「どっちでもプラスに働くから、貴族は和平交渉に強く反発はしない。でも、教会だけは損するリスクがある。だからお兄ちゃんを睨んでたってこと?」
「そういうこと」
アリスが端的に状況を纏め、これをシクロが肯定する。
「まあ、これでボクらのスタンスがある程度教会側にも理解出来ただろうから、パーティ中に何かしら仕掛けてくるのは間違いない。気を引き締めて行かないとな!」
シクロの言葉に、三人共に頷き、気合を入れ直すのであった。