12 慈善事業
サリナと再会した後、シクロは教会跡の元シスターという人物にも会い、簡単な挨拶を交わしてから貧民街を後にする。
そして、ある目的の為に冒険者ギルドへと訪れ、ギルドマスターのレギアスと面会する。
「突然すみません、レギアスさん」
「いいや、構わないよ。こちらも一つ、連絡しておかなければならないことがあってね。丁度良かったんだ」
「連絡、ですか?」
シクロが疑問に思うと、レギアスが頷いて詳細を伝える。
「フローレンス商会の会長が、君との面談を望んているらしい」
「っ! フローレンス、商会ですか」
その名前にはシクロにも聞き覚えがあった。
フローレンス。それはかつてのシクロの婚約者――聖女マリアの家名である。
そしてフローレンス商会とは、そのマリアの父親が会長を務める商会であった。
因縁のある相手ではあるものの――面談を断る明確な理由は無い。
シクロはこの要求に応えることにした。
「……わかりました。こちらとしては構わない、とお伝え頂けますか」
「ああ、分かった。――こちらの用件はこれだけだ。シクロ君の方は、何があったのかな?」
「はい。実は――ちょっとした慈善事業を兼ねた、人材育成をしたいと考えてまして」
シクロは、今日サリナと会い、教会跡を訪れてから考えたことを口にする。
「ボクが爵位を賜るに当たって、ノースフォリアだけでなく、王都にも別邸を構える必要が出てくるはずです。そして建物はどうにかなっても、屋敷一つ分の使用人はお金を出せばすぐ雇えるものじゃない」
「ふむ。間違ってはいないね。能力だけでなく、信用出来る人材である必要もある。――恐らく、多くの貴族が君の所に紐付きの使用人を送ろうとするだろう」
シクロの予想を、レギアスが肯定する。
「そこで、そもそも一から人材を育成したいと考えています」
「一から……と言っても、そう都合よく育成出来る、背後関係の無い人材は居ないだろう?」
「ええ。そこで、慈善事業です。――貧民街の、行き場のない孤児を保護して、使用人としての職業訓練を受けさせようかと考えています」
シクロの考えは――つまり、あの教会跡に住んでいた少年少女達を使用人として育て、屋敷で雇いたいというものであった。
「なるほど。今の段階で貧民街から孤児を教育するのであれば、背後関係は問題無いだろうな」
「それに、職業訓練を施す過程でそういった部分を判断していくことも出来ます」
「だが、問題がある。訓練を施す人材をどこから見つけてくる? そして、使用人として十分な能力が得られない子供達はどうする?」
レギアスの指摘に対する答えも、シクロは考えてあった。
「最低限の教養を身につけることさえできれば、どこででも働くことは出来るでしょう。それこそ、適性があって本人が望むなら冒険者になってもいい。――その為に、ギルドにご協力頂きたいんです」
「……なるほど。冒険者ギルドが後ろ盾となることで、孤児出身の子供たちの信用を得ようというわけか」
レギアスの言う通り。冒険者ギルドの保証さえあれば――たとえ孤児出身でも、能力さえあれば仕事に就くことが出来るはず。
そして当然、自然な流れとして、冒険者ギルドや関連業種に人材を斡旋することも出来る。
相応のメリットも、一応は存在する。
「となると、問題は金銭面と教育者だけか」
「金銭面はボクが全面的に支援します。――趣味すらスキルを使えばタダでどうにか出来るんで、他に使い道なんて無いですしね」
シクロは言うと――咄嗟に一つの懐中時計を生み出す。
魔力に反応して振動する鉱物を利用した、最新鋭の機構を含む懐中時計である。
こうした趣味の魔導具設計と製作もスキルだけで完結する為、シクロが冒険者として稼ぐ莫大な資金は散財する先が無い。
故に慈善事業への資金提供、という形で消費しても問題は無いのだ。
「そして、教育者にも最初のアテはあります」
「ほう?」
「ボクの母さんです。元々はイッケーメン伯爵の所でメイドをしていましたし、最低限の教育は出来ると思います」
「まずは小規模から試験的に、というのであれば十分か」
そして、事業が軌道に乗りそうであれば、人も集めやすくなる。
「――なるほど。一考する価値は十二分にある」
レギアスは言うと、シクロの方を見てニヤリ、と笑う。
「で、その事務仕事を私に丸投げしよう、というわけかね?」
「……恥ずかしながら。ボクの所にはまだ、そういった仕事を任せられる人が居ませんので」
レギアスに言われ、困った様子で項垂れるシクロ。
正にそれが最大のネック。結局のところ、実務はすべて他人任せなのだ。
故に、この点に関してはただ頼む以外に何も出来ない。
そんな様子を見てから、レギアスは息を吐いてから言う。
「……まあ、金銭的な問題も全て君が背負ってくれるのであれば、こちらが人手を貸すのも道理の一つか」
「っ! それでは!」
「ああ。覚悟したまえ、君の資産の暴力で人手を集めるつもりだからね」
「ありがとうございますっ!!」
提案を飲んでくれたレギアスに対し、シクロは深く頭を下げ、感謝した。
こうして無事――シクロの考えた、教会跡の孤児達を救う手立ては受け入れられ、事業として動き始めることとなった。