09 同じで、違う
かつての自分の姿を思い返したことで、幾らか冷静になったシクロ。
一度深呼吸をしてから、改めてロウに問いかける。
「……それで、アンタは何をするつもりだったんだ? 職業スキル持ちを追放して、差別して。職人ギルドを好きに使って、どういう目的があったんだよ?」
改めてロウと向かい合うことで――シクロは過去の因縁との決着を付けようとしていた。
ただ裏切られた。捨てられた。追放されたと恨むだけではなく。
そこに自分なりの意味を見出そうと考えていた。
「そんなことも分からん貴様らだからッ! 私は変えてやったのだッ! 理不尽に優遇される無能な職業スキル持ちを、あるべき姿に戻そうとッ!」
要するにロウは、職業スキル持ちへの優遇制度へ反旗を翻したかったのだろう。
一般スキル持ちとの立場を逆転させることで、無理やりにでも理不尽な上下関係を破壊しようと考えていたのだ。
「けどアンタは失敗したんだろ? 好き勝手しすぎたんだよ」
「その何が悪い!? 金もッ! 権力もッ! 全てを持つべきは、真に優れた人間! つまり私だッ! でなければ誰に変えることが出来たッ!? 貴様のような無能をどうやって排除出来たというのだ!!」
その言葉には自惚れがあった。自分でなければ。自分であれば。そんな考えがロウの目を曇らせ、判断を誤らせたのだろう。と、シクロは思い、口を開く。
「誰だっていい。どんなやり方でも良かった。アンタみたいな力づくの手段じゃなければ、少しずつでも変わって行けたはずだろ」
「ほざくな! それを待てと言うのか!! 今、私を見下している貴様がッ!!」
確かに、とシクロは思う。結局は職業スキル持ちであり、事実として優遇されていたシクロの言葉など、ロウにとっては現実を知らない戯言にしか聞こえないのだろう、と。
「私は……変わりたかったッ!! 手に入れたかったのだッ! その為にはああするべきだった!! 一般スキル持ちが君臨する世界を作らねばならなかったッ! やがては誰もが一般スキルの価値に気付き――」
「そんな仕組みで人が変わるかよッ! 本気で変えたかったんなら……アンタは社会でも、理不尽なシステムでもない。ボクたち職業スキル持ちと向き合うべきだった!」
「拒絶した貴様らが言うかァァアアッ!!!」
ロウはシクロの拘束から逃れようと暴れる。だが、シクロとのステータス格差から逃れることは出来ない。
恐らくは――シクロではない、別の誰かにロウは拒絶されたのだろう。
かつて職業スキル持ちとの対話を試みて、否定された。その怒りが、今シクロに向むけられた言葉の真実なのだろう。
そう考えて、シクロは首を横に振る。
「アンタが何度否定されてきたのかボクは知らない。だからこそアンタは諦めるべきじゃなかった」
「戯言をッ!」
「その戯言が聞けるまで諦めちゃ駄目なんだよ。人を変えるって、そういうモンだろ」
自分を変えてくれた人。仲間たち――ミストにカリム、アリスといったパーティメンバーだけでない。ノースフォリアで関わった人々のことを思い返すシクロ。
他人を拒絶する態度をとっていたシクロを、見捨てなかった人が何人も居た。それは善意であったかもしれない。あるいは、利用価値があったからかもしれない。
だが、結果として関わりを断つことは無かった。だから今、シクロは目標を持って活動出来ている。
もしも彼らが――例えばノースフォリアの領主、デイモスや、ギルドマスターのグアンが、シクロを見限っていたなら。
王都へと叙爵の為に戻ってくることも無かっただろう。
そう思い至ったシクロは、ふと考える。
眼の前の人には――ロウには、そういった人が居なかっただけなのかもしれない。
見捨てられ続けた結果が今なのかもしれない、と。
「……もしアンタが、本当にスキルの格差からくる差別をどうにかしたいと思ってるなら――」
救いの手を差し伸べてもいいのかもしれない。
そう思い、口を開いたところであった。
「――そこまでだァ、シクロ=オーウェン!!」
その場に声が響く。
声の方を向いたシクロに見えたのは――貧民街のゴロツキを何人も従えた、ロウによく似た青年。恐らくは……ロウの息子である、コウ=ショートックであった。
「……っ! コウッ!! コイツを殺せェッ!!」
「殺すなんて、勿体ないだろ父さん? コイツも職業スキル持ちなんだから、高く売れるはずだ」
コウと、ゴロツキ達はゆっくりとシクロへ近づいて来る。
途端にシクロへ芽生えた変な同情心は冷めた。
コウを睨みながら、戦いに備えてロウを開放し、身構える。
ロウは慌ててコウとゴロツキ達の方へと駆け寄り、その後ろへと姿を隠した。
「……どういうつもりだ?」
シクロが問い掛けると、コウは笑った。
「ハッ、決まってるだろ。お前を奴隷商へ売り渡す」
「違法奴隷か。……一度や二度じゃないな?」
「もちろん。職業スキル持ちは高く売れるからなァ? 俺たちがここから這い上がる為の犠牲になってもらったぜェ!」
なるほど、コイツらは違う、とシクロは思った。
例えどん底に落ちても――コイツらほど醜くはなれない。なりたくない、と。
「で、今度はボクをってワケか」
「ご明察ゥ! ――見たところ、冒険者としてどうにかやってるようだが、無能の時計使いなんかじゃあタカが知れてる。こっちは元冒険者ばかりの精鋭だ! 勝ち目はないぞシクロォ!!」
「フン。勝ち目まで無いものねだりか? とことん落ちぶれたな」
「……ッ!! かかれェッ!!」
コウの号令と同時に、ゴロツキ達はシクロへと襲いかかる。