08 捜索の結果
まずシクロは、かつての実家の確認に向かった。
案の定、既に見知らぬ一家がそこに住んでおり、サリナの姿は無かった。また、消息を知っている者もご近所含め居なかった。
この時点で、シクロはほぼ確信する。
母は現在無職であり、かつ住所不定であると。
となれば、一刻も早く見つけ出したい、というのがシクロの思いであった。
すぐさま住所不定無職の疑いがある母が見つかる可能性の最も高い場所――王都の裏通り、貧民街へと足を踏み入れた。
王都では深刻なスラム化は起こっていないものの、表通りと比べれば明らかに治安は悪く、住所不定の人間や不法滞在者等も多い。
行き場を無くした母、サリナが最終的に向かうとすれば、シクロには貧民街しか考えられなかった。
そうした理由から貧民街に足を踏み入れたシクロだったが、まず人通りが殆ど無く、見かける人影は怪しい風体の者か、飢えてやつれた者ばかり。
聞き込みで母を見つけようとすれば、適当な嘘の証言に対価を求められるか、厄介者を避けるように距離を置かれるかにしかならないだろうとシクロは考えた。
故に、シクロはスキルに頼って捜索することに決める。
「――『時計感知』ッ!」
シクロはスキルで、最近としては珍しく名前通りに時計を感知する。
貧民街の住民が、時計を持っている可能性は低い。
一方で、母サリナであればシクロが作りプレゼントした時計を大切に持ち続けていてくれるはず、という信頼があった。
故に時計の反応を感知することで、捜索対象を大幅に狭めることが出来るのだ。
「――っ、向こうに結構立派そうな時計の反応があるな!」
シクロは早速、感知した時計の中でも母である可能性の高そうな方へと駆け出した。
数度路地を曲がり、目的の場所へと素早く辿り着く。
だが残念ながら、そこにサリナの姿は無かった。
見窄らしい姿の、痩せこけた男性が一人。壮年の男だった。
「母さん……じゃないか」
シクロは残念げに呟いたが、最初から都合よく見つかるとも思っていない。
同じように『時計感知』を発動し、時計の気配を探る。
だが――そんなシクロに突如妨害が入る。
「――きっ、貴様ァァァアアァァァアッ!!!」
シクロが時計の反応に従い発見した男が突如怒り狂い襲って来たのだ。
「なっ!?」
シクロは驚きながらも、咄嗟に身を交わす。
掴みかかろうとしていた男性は回避された結果、勢い余って倒れ込む。
「糞、クソ、クソッ!! 何故お前がここに居るッ!! 無能のシクロ=オーウェンがッ!!」
男は倒れ込んだまま、悪態を吐く。
それも、何故かシクロの名前を口にしながら。
「っ!? アンタ、なんでボクの名前を……?」
「貴様さえ居なければッ! 俺はッ! ギルドマスターの座に居続けられたのだッ!!」
立ち上がり、再びシクロに飛びかかる。
その異様な恨みっぷりに違和感を覚え、シクロは回避しつつも男の顔をよく見る。
そして――ギルドマスターという言葉からある人物に思い至る。
「まさか――アンタ、職人ギルドの!?」
そう。痩せ細った見窄らしい姿の男は、シクロの記憶とは似ても似つかない程に変わってしまった職人ギルドのギルドマスター。ロウ=ショートックである。
「なんでアンタが、こんなところに……!?」
純粋な疑問から、シクロはそんな言葉を口にする。
だが、それが男――ロウの怒りをさらに助長したようであった。
「貴様がッ! 王宮の古時計に小細工をしたのだろうがァァアアッ!!」
と、訳の分からないことを言いながら三度飛びかかってくる。
あまりにもしつこい為、ついにシクロはロウの腕を掴み、抑え込む。
「王宮の古時計って……まさか、オリヴィア様の!?」
ロウの言葉から、シクロはすぐに自分が修理を担当した古時計――第十七代国王正妃、オリヴィア=ルーテシア=ハインブルグの依頼で修理した巨大な機械式の時計のことを思い出す。
そして自分が一部でも修理したはずの時計に何かあったと分かった途端、シクロはロウに対して厳しい態度を取る。
「おいッ! オリヴィア様の時計に何があったッ! 正直に言えッ!!」
「ぐッ……! き、貴様がァ、余計なことをしたんだろうがァっ!!」
シクロはロウを締め上げながら、少しずつ何が起こったのかを聞き出し、把握していく。
そしてどうやら、自分がギルドを去った後、ロウの息子であるコウが修理を担当したこと。
それが失敗したことが原因となり、責任が波及したショートック親子が共に職を失う結果になったことを悟った。
「貴様さえ――職業スキル持ちのクズ共さえ居なければ、我が職人ギルドはッ! 全ての一般スキル持ちによって正しく運営されていたはずなのだッ! それを貴様如きが邪魔をしたせいで……ッ!」
「ふざけんなッ! そんなの、アンタらの逆恨みで――っ!」
逆上するロウに向かって言い返そうとした瞬間、シクロの脳裏にふと過る。
かつて――最悪のダンジョン、ディープホールから脱出したばかりの頃の自分を。
世界の全てが自分を拒絶してくるような気がして……理不尽とも言える怒りを胸に抱えてはいなかっただろうか?
ロウの怒りに、憎悪に燃える姿を見て、不意に思い出してしまったのだ。