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09 落ちぶれた先の先へ




 ――シクロ達が計画を綿密に立てている頃。

 ハインブルグ王国、そしてルストガルド帝国の争う最前線。


 過酷な環境下で、変わり果てた姿のまま戦う男の姿があった。


「――クソクソクソクソクソ!! なんでッ!! なんで俺がこんな目にッ!!」


 かつて勇者と……レイヴン=クロウハートと呼ばれた男の、成れの果て。

 使い潰す前提の犯罪奴隷達に並び――髪や眉等を剃られた上で皮膚を焼かれている。顔立ちは愚か、体毛の色での本人確認すら不可能な程に変わり果てていた。


 そして今は――全くの赤の他人が、レイヴン=クロウハートとして勇者の仕事を全うしている。

 その事実を思い返す程に、レイヴンだった男は怒りに狂いそうになる。


「ぎゃあああっ!!」


 だが、狂うことは出来ない。

 戦場は残酷である。肉壁も同然の重犯罪を犯した奴隷たちは、身体能力で圧倒的に優れる魔族を相手に突撃させられ、次々と散っていく。


 隣を。後ろを。あるいは前を行く奴隷が次々と魔法や投石、弓矢の犠牲となり命を落としていく。

 犯罪者の断末魔が、肉の焼ける匂いが、むせる程の血の臭いが、レイヴンだった男を現実に引き戻す。


 幸いなことに――かつて勇者であったこともあり、レイヴンだった男は優れた身体能力を持っている。

 使い潰されることなどありえない、Cランク冒険者。それ以上の能力を持っているのだから、簡単には死なない。


 加えて、レイヴンだった男は卑怯者であり、悪辣である。味方を盾に魔族の攻撃を避けようとも、この生命の安い最前線では咎める者が居ない。


 そうした理由から、幸運にもレイヴンは生き延びていた。


 だが――生き延びているだけ、とも言える。


 日々命の危機を肌で感じながら、劣悪な環境で殺し合いに身を投じ続ける。

 そして、どれだけ功績を上げたとしても――待遇が重犯罪者に対するものから悪くなることはあれど、良くなることなど無い。


 ただ破滅に向かって、走り続ける茨の道。

 そんな状況に、レイヴンだった男は置かれていた。


 そしてこの日――これまでで最も過酷な戦場に投じられた。


 魔族にはスキル選定の儀式が無い。故に、スキル保持者というのは極めて希少である。


 しかし一方で――通常のヒューマン種を遥かに超える身体能力を持った魔族が、スキルを持ち、自らを鍛え上げた場合どうなるか。


「――フハハハッ!! 温い、温いぞ雑兵共がッ!」


 ハインブルグ王国における、Sランク冒険者や、それすら超える圧倒的な兵士となる。


 そんな化け物が存在する戦場に、たかだかCランク冒険者程度の実力しか持たない男が投じられたらどうなるか。


「もう嫌だ、なんで俺様がこんな目に……ッ!! 俺はレイヴン=クロウハートだぞ。勇者で、公爵家の嫡男で……ッ!!」

「おい、まーた『腐れ面』の病気が始まったぞッ!」


 当然、生き残ることなど不可能。

 次々と犯罪奴隷が命を落としていく中――レイヴンであった男は、恐れのあまり戦意喪失し、その場に蹲って現実逃避を始めてしまう。


 そんなレイヴンだった男を、周囲の犯罪奴隷の一人が揶揄する。『腐れ面』という、焼け爛れた皮膚を侮辱する蔑称まで使って。


「うるさいッ! 俺様は本当に――ッ!?」

「ひぎゅ」


 次の瞬間。『腐れ面』は自身を侮辱した犯罪奴隷が、スキル持ちの魔族の投槍によって頭部が弾け飛ぶのを目の当たりにする。


「ひ、ひぃぃいいッ!!」


 もう限界であった。腐れ面は、その醜い心と姿に相応しく、無様に、転げるようにその場から逃げ出す。


「フンッ、敵前逃亡とは、軟弱なッ!!」


 魔族の投槍が、腐れ面を狙って放たれる。


「ひえぇぇえッ!!」


 だが幸運にも――腐れ面は、味方である犯罪奴隷の死体に足を取られ転び、体勢を崩す。

 同時に、犯罪奴隷であることを示す首輪に槍が掠める。


 すると――首輪は魔力を伴う槍によって削り取られるように破壊され、奇跡的に腐れ面から外れることとなった。


 さらに幸運は重なる。レイヴンは戦場で、急ごしらえの犯罪奴隷であるため――奴隷紋ではなく、同様の効果を装着者に発揮する隷属の魔道具によって犯罪奴隷化されていた。

 それがまさに、この首輪の魔道具であったのだ。


 レイヴンの魔力量が勇者と呼ばれる程度には高く、戦場に同行した奴隷商では紋を刻めなかった。故に王国から、より高位の奴隷商人が呼び寄せられ、もうすぐ奴隷紋を刻まれる予定であった。


 だが――その前に、戦場で奇跡は成った。


 一瞬だけ、何が起こったか把握できずに唖然としていた腐れ面であったが――首輪が壊れたことの意味を理解すると、ニヤリと笑う。


「――喰らえッ!! ブレイブスラッシュッ!!」


 使用を禁じられていた勇者のスキル、必殺の一撃を放った。


「むうッ!?」


 思わぬ反撃に――光属性の強力な波動に、スキル持ちの魔族は守りを固める。


 そしてその隙を見逃さず――腐れ面は、みっともなく逃げ出した。

 優れた身体能力を活かし、一目散に逃げてゆく。


 逃亡奴隷一人を追うか、それともこの場で犯罪奴隷を無数に殺し続けるか。

 二択を考えたスキル持ちの魔族は――この場に留まることを選択した。


「ふん……まあいい。逃亡奴隷なぞ、どうせ行き場は無い。いずれ野垂れ死ぬであろう」


 そう呟いて、虐殺を再開した。




 こうして――レイヴンであった男、『腐れ面』は戦場から開放された。

 しかし、それが本当に彼にとって幸運であったのかは――今は誰も預かり知らぬことであった。

この話で九章は終了となります。

少しばかり短い、状況説明回的な章になりましたが、次回からシクロ達は王都へ、そして魔王城へと向かう話へと繋がっていきます。


また暫く書き溜めが出来るまでお休みさせていただきますが、それまで是非お楽しみにお待ち下さい。


そして、現在発売中となった本作の書籍版の方も、どうか宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コミカライズおめでとうございます! こちらの再開もたのしみにしてます!
[一言] ガチで聖女と再会して「ざまぁ」かまして欲しい。 絆されんのは一番くそ。 まだ一回も再会せずに勝手に自滅したからな、ほんま。 あのメンヘラ女
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