06 祝福ではなく呪い
「魔神の理想は、簡単に言えば間接的な支配。自ら生み出したスキルが無限の学習を繰り返し、最終的に理想的で間違いを侵さない完璧な人間を生み出すスキルとして完成すれば。そのスキルの保持者を王に据える形で世界を統一、支配することで何不自由無い、理想的で完璧な国が作れるという考えだ」
魔王は、より詳しく魔神の望み、狙いについて話す。
そして、続けて自身の考えを話した。
「だが――私はそもそも、そんなスキルが我が国の為になるのか懐疑的だったんだ。考えてみて欲しい。例えば私の次や、さらにその次の代で魔王スキルが完成した時。そいつの『正しい』判断が、我々ルストガルド帝国の人間にとっても正しい、あるいは利益になるとどうして断言できる?」
魔王の言葉は、答えを求めない問いであった。
魔王自身の中に、既に答えがあるのだから。
「もっと極端に言おう。魔王スキル保持者がルストガルド帝国を不要、あるいは世界の為に滅んだほうが良いと考えた場合、どうなる? ――つまり完璧な人間が、常に私達の、そして私達の子孫にとって味方であるとは限らないと思うんだよ」
その言葉に、シクロ達は全員がどこか納得する部分があった。
悪を裁く。それを目標にしていた断罪神の所業について考えてみれば――魔王スキルの保持者が自分達の敵に回る可能性も、そう珍しい話ではないと思えたのだ。
「そして魔王スキルの完成は、次やその次の代で突然起こるようなものでもない。長い時間をかけ、ゆっくりと成長する。その過程で、我々自身が被験者として『正しくない』判断の犠牲になるリスクだって無視出来ない。魔王スキルが強力であればあるほど、その一度の『正しくない』判断が致命的になる」
「つまり、魔王スキルが守るのは完成した後の何かだけであって、その途中に生きるボクらは対象外だってことか」
確かに、それは許容し難いだろう、とシクロも思った。
だが、それだけでもないだろう、とも考えた。
「けど、それだけで魔王スキルを破壊したい、とまで思ったわけじゃないだろう? 被害そのものが迂遠な想定の上、未来の問題とも考えると、ちょっと性急すぎる」
「その通り。問題だとは思っていたが、こうしてすぐにでも破壊したいとまでは思っていなかった。切っ掛けは――私の一人娘、レオナだよ」
言うと、魔王は隣にいる自身の娘、レオナの頭を撫でる。
「最初はこの子が生まれた時だ。立場としての魔王はともかく。魔王スキルという、言わば我が国を祝福するとも限らない、場合によっては呪いともなるスキルを、この子に受け継がせてよいのか、と考えた」
レオナを見ながら、魔王は慈しむような笑みを浮かべ、語る。
「私が死ぬまでに、黒狼族の若者は今以上に増えるだろう。その中から一人選ばれるのだから、必ずしもレオナが選ばれるわけじゃない。そう理解してはいるんだが――それでも、この子に魔王スキルという宿命を背負わせたくは無かった」
そして、魔王はさらに語る。
「さらに決め手として。レオナには、将来の夢があるんだ」
「将来の、夢?」
シクロは聞き返しつつ、その答えを求めるようにレオナの方に視線を向ける。
レオナは一度、父である魔王と視線を交わすと、決心したかのように頷き、口を開く。
「私――お菓子を作りたいんです!」
緊張からか、僅かに震える声でレオナは言った。
「前に、パパがお土産に持ってきてくれたお菓子を食べて、感動したんです。それがハインブルグ王国で作られたものだと知って、驚きました。帝国は――ルストガルドに住まう民は、元は異なる集落を作って生活していた魔族の集まりです。ハインブルグのような古い歴史は無いので……お菓子だけじゃなくて、料理も、歌や踊りも、何もかもまだまだなんです」
レオナは語るほどに、熱が入ったように強い口調に変わっていく。
「だからこそ、私はハインブルグで学びたいんです。美味しいお菓子を作れるようになって、ルストガルドのみんなや――それだけじゃない、世界中の誰にでも食べてもらって、それで、笑顔に、幸せにしたいんです!」
気合の入ったレオナの言葉、主張に、シクロ達は揃って面食らう。
そこに、魔王が言葉を補足する。
「これが、君たちへの依頼の二つ目だ。是非、レオナをこの屋敷に住まわせてやってほしい。そして出来るなら、この国、この世界に存在する、様々な菓子の作り方を学ばせてやってほしいんだ」
「え、いや……屋敷に?」
思わぬ魔王からの提案に、シクロは困惑する。
「それは……問題は無いけど、いや、どうしてボクたちに?」
「これでも魔王だからね。こんなことを安心して頼める場所は、私に匹敵する力があり、敵対関係にない君たち以外に無いと思っている」
魔王の言葉は端的に、かつ様々な懸念事項を示唆していた。
「私は、レオナの夢を叶えてやりたいんだ。その為にも、いつまでもハインブルグ王国と戦争を続けているわけにもいかない。魔王スキルを次の代に残すわけにもいかない。様々な理由を鑑みて――君達に、魔王スキル、つまり『黒き三匹の獣』にまつわるダンジョンを攻略してもらいたいんだ」
そこまで語られたことで、ようやく全てが腑に落ちるシクロ。
要するに魔王は、我が子の為に出来る限りの全てのことをしようとしている。
ごく当たり前の、しかし理想的な親なのだ。
「……わざわざ敵国の人間にまで頼ろうって気持ちが、理解出来た気がするよ」
シクロは苦笑いを浮かべる。
「で、魔王。アンタは娘さん――レオナの為にボクたちと手を取ることを選んだ、ってわけだな?」
「その通り。正確には、創造神からの提案を受けて、その手を取ったと言った方がいいけどもね」
シクロと魔王は互いに右手を差し出し、握手を交わす。
「いいよ、アンタの依頼、引き受ける。魔神の考える理想、魔王スキルの行く末ってやつも気に入らないし――何より帝国のトップに恩を売るのは悪い話じゃない」
「ふ。よろしく頼む、シクロ君」
こうして、シクロ達は魔王と協力関係を結ぶのであった。
「――さて。話も纏まったことだし。シクロ君、今日からレオナのことを頼むよ」
「はぁ!?」
「よろしくお願いします、シクロさん!」
そして話が決まった途端、図々しく話を進める魔王。
しっかり頭を下げ、お願いという体でゴリ押しを試みるレオナもレオナである。
「ちょっとまて、魔王!」
「ははは、悪いね。実は今日はこっそり抜け出してきているから、そろそろ帝国に引き返さないとマズいんだ。詳しい話に関しては、また後日すり合わせる場を設けようと思う」
「いや、そうじゃなくてだなっ!」
「では、失礼!」
言い残すと、魔王は応接室の窓を開くと、そこから身を乗り出し――そのまま空へと飛び立ち、飛翔し空の彼方へと消えていった。
取り残されたシクロは、ギギギ、と錆びた音でも聞こえてきそうなぎこちない動きでレオナの方を見る。
「……あー、レオナ。君のお父さんだけど」
「よろしくお願いします!」
「いや、だから」
「よろしくお願いしますっ!!」
緊張から固くはなっているものの、よろしくお願いされることだけは譲らない、といった様子のレオナ。
どうやら魔王親子に一杯食わされたようである。
「……はぁ~。分かった。今日からウチで厄介になってくれて構わない」
「っ! 有難うございます、シクロさん!」
こうしてシクロの屋敷に、居候が一人増えた。