03 怪しい男
パレード開催が決まり、シクロ達はその日を待ちつつ休暇とも言うべき穏やかな時間を過ごした。
屋敷の使用人は、ノースフォリア家から一時的に借りる事でどうにかしつつ、少しずつ使用人を雇い始める。
面接等を経て、少しずつ使用人を採用していくが、本格的に屋敷の使用人を集めるのはパレード後となる。
その為やることはそう多くなく、ディープホール攻略の疲れもあり、パーティメンバー全員がそれぞれ思い思いの休暇を過ごすこととなった。
そうして二週間後。パレードの準備も完了し、街全体への告知も完了した。
いよいよパレード当日となる。
「――こんな立派な馬に乗ることになるなんて、考えてもみなかったな」
シクロは自分が乗ることになる、パレード用に豪華な装備に身を包んだ立派な軍馬を見ながら言う。
シクロと共に、同じ軍馬に乗ることとなったミストも感慨深そうに頷きつつ、軍馬の背を撫でる。
「今日はよろしくお願いしますね、お馬さん」
ブルル、と鼻息を返事のように返す軍馬であった。
そうしていよいよパレードが開始。
ノースフォリアの騎士団が先導し、その次をシクロとミストの軍馬が、その後ろにアリス、カリムが乗る二頭の軍馬が続き、さらに後ろをまた騎士団が追う形のパレード。
シクロとミストは乗馬経験がほぼ無かった為、手綱を引く騎士が横に並び、代わりに軍馬の進行速度を調節してくれている。
そして――そんなシクロとミストに向けて、ノースフォリアの街の人々が様々な声を上げる。
「英雄シクロぉ!! うおおおおおお!」
「聖女様ぁ! こっち見て~!!」
「おい、剣聖様はすっげえいい女じゃねえか……」
「賢者様可愛い~!」
パレードの告知と共に、シクロとそのパーティメンバーが成し遂げた偉業も喧伝された。
その為、街中の人間が四人それぞれを偉大な冒険者であると認識している。
英雄シクロ。聖女ミスト。剣聖カリム。賢者アリス。
それぞれが自然と、そのような異名で呼ばれることとなった。
「――これが、ボクたちのやったことの結果か」
シクロは、歓声を上げる民衆を見て感慨深げに呟く。
「これで、ミストへの偏見もノースフォリアでは減っていくだろうな」
「ご主人さま……」
スキル選定教により、邪教徒とされたミスト。
故に、スキル選定教との対立を避ける為にミストのことを差別的に扱う者も存在していた。
それが今回のパレードでいくらか解消されていくと考えると、嬉しさが湧き上がるシクロであった。
――そんな中。ふと、シクロは時計感知に妙な気配を感じる。
「……っ! 何だ、やたら強い気配が」
不意に、民衆の中に現れた異様に強力な気配。
ディープホール深部の魔物と比べても強力な何者かの存在を察知し、シクロは慌ててその方へと視線を向ける。
そこには――黒髪黒目の、興奮する民衆の中で唯一人、シクロを見定めるような視線を向けてくる男が居た。
黒髪の男はシクロが気付いたことも承知しているのか、視線が合った途端――ニヤリと笑い、そのまま雑踏の中へと姿を消した。
同時に、男の異様に強力な気配も霧散する。
「何者だ……?」
パレードという晴れ舞台の最中でありながらも、シクロは不穏なものを感じ、眉間に皺を寄せる。
「ご主人さま」
そんなシクロに、ミストは寄り添い、落ち着かせるかのように背中に手を当てる。
「――まあ、今ここで心配しても仕方が無いな。せっかくのパレードだし、街の人たちに応えてあげよう」
気を取り直したシクロは、英雄らしく求められる姿を演じるため、民衆に向かって悠々と手を振り、応えるのであった。