22 想いよ届け
――シクロが廃墟のような空間で闇に飲まれる頃。
現実世界の側でも、事態は動きつつあった。
「皆さんっ! 私が『再生魔法』でご主人さまを連れ戻しますっ! それまでの時間稼ぎをお願いしますッ!!」
ミストが宣言すると、カリムとアリスは頷く。
「任せや! 時間ぐらいいくらでも作ったるでッ!」
「お兄ちゃんのことよろしく頼むわよ、ミストちゃんッ!!」
二人は言うと、断罪神に向けて攻撃を繰り出す。
「オラァッ!!」
カリムは『紅焔剣舞』をともないながら、断罪神に三本の剣を利用した連撃を繰り出す。
だが、断罪神はこれを腕だけで弾き返す。
魔力を纏い、光を放つ腕で、カリムの剣戟を次々と防ぎ切る。
「無駄だ」
「まだまだァッ!!」
だが、カリムはそれでも尚連撃を続ける。
断罪神をその場に縫い止めるような連撃は――続くアリスの強烈な魔法による一撃の伏線となった。
「――『プラズマクラスター』ッ!!」
アリスが放ったのは雷の最上位魔法。
莫大なエネルギー量を持つプラズマの球体が無数に生み出され、標的へと群がるように飛来する。
「――ぬ」
カリムは咄嗟に後退し、魔法の標的となった断罪神のみがその場に残される。
プラズマの球体は断罪神を飲み込みつつ、そのエネルギーが局地的に集合しつつ開放されることで、超高圧の電撃となって弾ける。
これにより――断罪神は、僅かにダメージを受けたような素振りを見せる。
「……下らぬ」
口では言いつつも、苛立ちは隠せておらず、アリスを睨み付け、次の標的に定める。
だが、カリムがそうはさせない。
「させるかボケェッ!!」
断罪神が動き出すよりも先に、カリムが斬りかかる。
三本の剣を同時に振るい、最大限の一撃で断罪神を足止めする。
「――調子に、乗るな!」
次の瞬間、断罪神は苛立ちを顕にしながら、魔力を解き放つ。
純粋な魔力による圧力がカリムを吹き飛ばし、離れた場所に居るアリスまでよろけさせる。
「くっ、アホみたいな威力出しおって!」
「でもカリム姉! このままなら行けるわ!」
希望を見出す二人。
だが、それを否定するように断罪神が動く。
「諦めておけば良かったものを……貴様らに必要以上の力を使いたくは無かったが、仕方あるまい」
言って――断罪神はその手に魔力を集める。
魔力は光となって、武器を――死神が握るような大鎌を形作る。
「覚悟せよ。貴様らを『選定』する」
いよいよ本気で攻めてくる様子の断罪神に、二人は冷や汗を流す。
そんな攻防の裏で、ミストはシクロを呼び戻そうと挑戦していた。
(心に何か影響を与えて、ご主人さまを封じているのなら――私の再生魔法で『元に戻す』ことだって出来るはず)
虚ろな表情のまま棒立ちするシクロに向けて、ミストは再生魔法を発動する。
かつでシクロの心を再生した時の感覚を思い返しながら、慎重に魔力を浸透させていく。
すぐにシクロの心、魂とも呼ぶべき存在の感覚を捕らえる。
だが――何かが妙だった。
シクロの心が、まるで石か何かのように冷たく、固く感じるのだ。
シクロが断罪神に抵抗を見せているのなら、もっとシクロの心そのものに動きがあっても可笑しくないはず。
だというのに、ミストにはかつて再生した時と比べても――明らかに冷たく不自然に感じられた。
(これは……駄目、無理に再生は出来ない)
ミストはミランダの魂を再生しようと試みた時のことを思い出す。
自分の魔法では、死者の魂を呼び戻す程の再生は不可能。
それはつまり、それだけ魂とでも言うべきものが繊細な存在であるということでもある。
シクロ自身が自ら元に戻ろうとしてくれているならまだしも――冷たく固まってしまった魂を無理やり『元に戻した』時、どのような問題が発生するかも分からない。
最悪の場合――無理をした結果、魂が砕けて壊れてしまってもおかしくない、とミストは感じていた。
(ご主人さま――どうか、どうか反応をして下さい……ッ!)
強く祈りながら――ミストは再生の魔力でシクロの魂を包み込む。
そして――ここで偶然が起こる。
まず、ミストはこれまでシクロの心と魔力を通じて触れ合ってきた経験があった為、相性が良く、互いに馴染んでいた。
また、シクロが異空間や異世界ではなく、心そのものを閉じ込める精神世界のような場所に居たこと。
さらには――ミストの魔力が包み込む形で、シクロの心を攻撃していた断罪神の魔法も同時に取り込むような形になったこと。
これらの偶然が重なり――ミストの心もまた、シクロが閉じ込められた世界へと入り込むことに成功した。
目を閉じて祈りを捧げていたミストは、不意に周囲の気配が変わったことに気付き、目を見開く。
「……ここ、は……?」
ミストは辺りを見渡す。
そこは廃墟のような風景であり――また、足元を血のような液体が満たし、足首までが浸かるほどの深さになっていた。
明らかに先程までとは異なる場所に居るとわかり、ミストはここにシクロが居るに違いない、と直感した。
「……ご主人さまっ!」
こうして――ミストはシクロを探し、血色の液体に沈む廃墟の中を駆け出した。