11 これからは
ミストは驚くシクロに向けて、さらに続ける。
「復讐って、意味がないって言われることもありますよね。もしかしたら、ご主人さまも――私怨だけで人を傷つけるようなことはしないのかも、って思っていました。でも、ご主人さまも私と変わらない。同じなんだって思えて、安心しました」
「……それって、安心、なのか?」
シクロはミストの言葉の真意を知る為に問う。
「はい。私にとっては」
「それは、どうして?」
「えっと……許せないとか、恨みとか、怒りとか。そういう感情に流されて、身勝手に振る舞うのは良くないことだと思います。でも、それが分かっていても、溢れる感情の行き場が無くなって、理屈よりも自分の気持ちが先に来てしまうことってあると思うんです」
ミストは丁寧に、自分が感じたままのことを、考えたとおりのことを語る。
「復讐も、多分それと同じものだと思います。良くないことだって分かっていても、でも止められない。私にも――どうして、なんで、って許せない気持ちがあります。ご主人さまも、これと同じ気持ちだったのかな、って思うと、親近感というか、不思議と理解できたような気がして」
そこまで言って、ミストは一度言葉を区切ってからまとめる。
「つまり、私はご主人さまのことが今までよりもずっとよく理解できた気がしたんです。だから、安心しました。何もおかしくなんかない。普通の、当たり前のことをしただけの、私と同じただの一人の人間。私にとっての大切な人なんだって」
ミストの言葉が、シクロの心に染み渡る。
自分と同じだと。仲間として、復讐心に囚われた醜い姿さえ受け入れてくれるミストの言葉が、シクロには何よりも嬉しかった。
「そうか。なんていうか……ありがとう、ミスト」
心が軽くなったシクロは、寝ずの番をしながら考えていたことを言葉にする。
「復讐をして……アイツを殺して、思ったんだ。別に達成感があるわけでも、何かが得られたわけでもない。かと言って後悔も無い。何かが無くなって、空っぽになったような、そんな虚しさがあるんだよ。人を殺して――それが悪人だったにしても、ボクの個人的な恨みで、あれだけ苦しめて殺したのに、本当に何にも無いんだ」
悩みを吐き出すシクロの声には、苦悩の色が見て取れた。
そんなシクロにミストは寄り添い、背中に手を添えて話を聞く。
「ボクはそれが、何か自分が異常なものになった証のような気がして、ムカムカしてた。うん、喉に小骨が刺さったみたいな、そんな感じの不快感があったんだ。考えれば考えるほど、ボクはもう普通の人間じゃない気がしてきて、嫌気が差してた」
言うと、シクロはミストの目を見つめる。
「そんなボクでも――ミストは、受け入れてくれるのか?」
「はい。もちろんです」
ミストは一切躊躇わずに答える。
「きっと復讐って、心の重荷を捨てるためにあるんだと思います。富や栄誉の為でもない。心を癒やすことも、潤わせることも出来ない」
自身の考えを、シクロに語って聴かせる。
「それでも人が、復讐って言葉を作ってまで伝え引き継いできたのは、やっぱり無くならないから。ありふれてしまうほどに、みんな求めているものだから。そして――得られるものが無くても、ずっと求められてきたのは、それで心が楽になってきた歴史があるからだと思うんです」
「心が、楽に」
シクロはミストの言葉に疑問を浮かべる。
「でもボクは、楽になったのかな」
「はい。きっと今は、ずっと抱えていた重荷が無くなって……重さに歪められてしまった心が違和感を訴えているだけだと思います」
ミストは言うと、シクロの頭を抱き寄せた。
「だから――時が経てば、きっと元に戻ります。失ったものは戻らなくても。傷が治らなくても。軽くなった分、ご主人さまの心は自由になります。今までよりも、もっと自分の思い通りに生きて行けるんです」
だって――と、ミストは考える。
(だってご主人さまが――私の心を自由にしてくれたのだから。私にも分かる。ご主人さまの心も、きっと自由を取り戻せるんだって)
そこまでは、言葉にしなかった。
だが、シクロには十分に伝わっていた。
ミストの思いやり。シクロの不安を受け止め、共に分かち合おうとする心が。
「――そうだな。そうかもしれない」
シクロはミストの言葉を信じてみることにした。
「今はまだ、この復讐の先に何が待っているのか分からないけれど。それでも――ミストが信じてくれるような未来が、これからは待っているんだって、ボクも信じてみるよ」
「はい。ありがとうございます、ご主人さま」
感謝するならこっちの方だ、とシクロは思った。
だが言葉にはせずに、そのままミストの腕の中に抱かれたまま、暫く休息の時を過ごす。