09 不死を殺すには
何度も、何度も身体を破壊され、ブジンの心は完全に折れた。
逆らう気力も無く、されるがままシクロの拷問を受けた。
十や二十では済まない程の、無数の手段で苦しめられた。
結果――ブジンの心は壊れ、何の反応も示さなくなってしまった。
「おい、よく聞け」
シクロは反応の薄くなったブジンを蹴り倒し、頭を踏みつけながら言う。
「ボクはお前を絶対に許さない。これだけやっても、お前を許してやろうと思う気持ちなんて塵ほども持っていない。たとえお前が生まれ変わって、どんな善人に変わって、どれだけ人の為になっていようが、必ず見つけ出して殺してやる」
シクロの言葉が、ブジンの心を揺さぶる。
死ぬことが出来れば――このまま拷問を耐え抜いた先で、楽になる時が来るだろう、と思っていた。
だからこそ心が、防衛本能的に自ら壊れることを選択していたのだ。
だが――たとえ死んでも終わらない。
死ねばまたどこかで生まれ変わって、それを見つけ出されて……次はアンデッドでもない、痛みや苦しみに何の耐性も無い、一般人として拷問を受ける。
考えるだけで悍ましい未来であった。
「う……うぅ……」
ボロボロの姿となったブジンは、ついに涙を流し嗚咽する。
「許して……許して下さい……」
「許す許さないじゃない。何があろうとも、ボクは必ずやる。お前を何度でも殺す。この世に存在することを後悔して、消滅を願っても、まだ殺し続けてやる」
「あ、うあぁ……」
無慈悲なシクロの宣言に、何の希望も無いと感じたブジンは、顔をぐしゃぐしゃに歪めて涙を流した。
「い、嫌だぁ……もう嫌だぁ……ッ! 俺を殺してくれぇ……俺の全てを消してくれぇ……ッ」
懇願するブジンを、シクロは冷たい表情のまま睨み続ける。
だが――やがて思い至ったかのように足を上げ、ブジンの頭を開放する。
「だったら消えて無くなれるよう、神にでも祈ってろ」
言って、シクロは『時計生成』を発動。
「――せっかくだ。テメェの不死身の肉体とやらで、火力テストでもやらせてもらおうか」
言いながら――シクロは、自らの身体を覆うかのように、次々と時計生成を続けていく。
それらはさながら鎧のようで――だが、身を守る鎧にしては不自然な構造、装甲をしており。
まるで筋肉や骨格を、身体の周りに付け足していくかのような形で構築されていく。
「――強化外骨格型魔導鎧『アイギス・オブ・クロックワークス』、起動」
鎧が完成すると、シクロが一言呟く。すると、シクロを覆った鎧が、魔道具としての機能を発揮し始める。
各種部位に複雑に組み合わされた魔道具が、相乗効果を起こしながらシクロの能力を補助、底上げしていく。
それは身体能力だけではなく――瞬間的に扱える魔力の最大量や、魔力操作のスムーズさ等に至るまで。
あらゆる面で、シクロという個人の能力を一段階、あるいは二段階も底上げする魔道具。
それが強化外骨格型魔導鎧、AOCである。
さらに、AOCの機能はシクロの能力を強化するだけに留まらない。
これまでにシクロが設計した魔道具――ミストルテイン等の武装と接続し、性能を大幅に向上させることも可能となっている。
シクロ自身の強化に加え、武装そのものの強化も同時に発生する。
その相乗効果により――シクロの攻撃能力は飛躍的に向上する。
「ミストルテイン、来い」
シクロは言って、時計創造のスキルでミストルテインをその手に生み出す。
現れてすぐに、ミストルテインはAOCから伸びてくるケーブルと接続された状態でシクロの手に収まる。
そしてシクロは――銃口をブジンへと向け、呟く。
「消し飛べ、クズ。細胞の一つも残さずに」
同時に、シクロの指がミストルテインの引き金を引いた。
ミストルテインの銃口から――ブジンへと目掛けて光弾が発射される。
これはシクロが日時計の生成の際に生み出す光源を、魔道具により発生させた物理障壁にて極点にまで圧縮し、打ち出したものである。
通常のミストルテインでは到底扱いきれない熱量、威力の弾丸だが、AOCの補助により銃身の堅牢性や出力も向上。
強烈な圧力と同時に反発力も生み出す、高性能の物理障壁による圧縮が可能となった。
こうして圧縮された光弾は射出され、標的に向かって飛来し、着弾。
すると障壁が崩れ――内側に封じ込められた、超高温、超高密度の光源が開放される。
発生するのは爆発。そして、圧縮され通常よりも遥かに高熱化した光弾による熱放射。
熱量は数万度にも達し――それほどの高熱が、着弾した対象を、つまりブジンを襲う。
金属すら容易に融解させる高熱に、ブジンが耐えられるはずもなく。
強烈な熱線により、文字通り細胞一つ残さず焼き尽くされ、炭に変わってゆく。
突如発生した強烈な光を正面から受けたブジンは――だが、自らの肉体が消えていく感覚に安堵していた。
(ああ――なんという光だ。これで、ようやく俺は終わるのだ……)
再生するなど到底不可能な速さで、瞬時に肉体が消し炭となっていく。
それすらも、ブジンには有り難いことのように思えていた。
(ありがとう……ありがとう、俺を、消してくれて……)
そうしてブジンは――自らの肉体が、確かにこの世から一切合切存在しなくなることを確信しながら、燃え尽きて消えていった。
やがて、僅か数秒にも満たない超高熱の光による攻撃が収まると、後には何も残っては居なかった。
ブジンが存在したはずの場所には何も――本当に塵一つ残っておらず。
そして、ダンジョンの床までもがドロドロに融解し、直径数メートル程のクレーターのような穴を形成していた。
「……なんだ、まだ三割も稼働させてねぇのに死んだのかよ」
シクロは、自身の攻撃により発生した痕跡を眺めつつ、そんなことを呟く。
「こんな奴に……なんで、奪われなきゃいけなかったんだよ。なんで、ミランダ姉さんは――」
そこまで言ってから、シクロは言葉を噤む。
これ以上言っても仕方のない事と考え――構え続けていたミストルテインの銃口を、下げた。