03 勇者の処分
ダンジョンから脱出したレイヴンは、とある部屋に呼び出されていた。
「のうのうと顔を出せるとは、随分と良い身分だな?」
そう言って、レイヴンへと鋭い視線を向けるのは――最前線のダンジョンの確保、管理を務める冒険者ギルドのギルドマスターである。
また、ギルドマスターの他にも対魔王軍の総司令官、スキル選定教から派遣された司祭も同室に集まっている。
全員が――勇者であるにも関わらず、十分な結果を示すことの出来ないレイヴンに対して、苦言を呈する為に集まっていた。
「ふん、だったらどうするんだよ? さっさと前線送りにしてくれて構わないぜ? ちまちまダンジョンなんか周るよりも、大技ぶっ放して敵を殺す方が楽だからなァ」
だが、この期に及んでなお、レイヴンは不遜な態度をとっていた。
「そこまで言うなら、望み通り最前線に送ってやろう」
不遜な態度のレイヴンに、対魔王軍の総司令官が答える。
「魔族共をぶっ潰してやるから、期待してくれてていいぜ? ああ、けどなァ? 万が一のことがあっちゃいけないだろ? 前線なら人手不足なんて言い訳もきかねえ。しっかり冒険者共と兵士共を使って俺達を守ってくれよな?」
嫌味っぽく言って、したり顔になるレイヴン。だが、総司令官は動じていなかった。
「ふむ。何やら勘違いしているようだな」
顎のヒゲを撫でながら、総司令官は無慈悲に言い放つ。
「貴様が送られるのは最前線。冒険者も兵士もおらん。戦果次第で恩赦を与えるという餌を条件に、安い命を使い潰す犯罪者共と同じ立場だ」
「なっ!?」
総司令官の言葉に、レイヴンは怒りの声を上げる。
「ふざけんなッ! そんなクズ共と一緒になんて戦えるかよッ!」
「だが、貴様が望んだ通り最前線で魔族共を最も多く殺せる配置だ」
「くそがッ! 何かあったらどうしてくれるんだよッ!?」
レイヴンの言葉に、ピクリと眉を動かす総司令官。
「何かあったら、とはどういうことかね?」
「俺が大怪我だとか、最悪死んだりしてみろ! 俺の家が黙っちゃいねぇぞッ!?」
脅し文句として、レイヴンは最大の一言を告げたつもりであった。
だが、総司令官はそれを可笑しそうに鼻で笑う。
「フン、貴様の実家がどうしてくれるというんだ?」
「俺は勇者だぞ? クロウハート家も黙っちゃいないし、場合によっちゃあ、そこの司祭の上からも何かしらの罰が下るだろ」
レイヴンが巻き込むように言うと、スキル選定教の司祭である老人が声を上げて笑う。
「ホッホッホ。確かに、勇者様が亡くなられるとなれば、一大事ですなぁ」
「ほら見ろ! 俺は唯一無二の存在、勇者なんだよッ! それが分かったら俺を守る為の人員を――」
「ですが、貴方はもう勇者ではありませぬ」
レイヴンが調子づいたところで、司祭の老人が裏切るような言葉を口にする。
「……は?」
「残念ながら、クロウハート家の嫡子は悲惨な戦場での光景を目の当たりにして改心するのです。これからは我々スキル選定教の望む理想の勇者様として働いて下さる予定なのです」
「何言ってんだ? 俺がそんなことするわけ――」
「貴方がどうするかなど、関係ありませぬ。勇者ではなく、クロウハート家の嫡男でもない、どこぞの某殿よ」
司祭の言葉の意味が理解できず、レイヴンは困惑のあまり声を上げられなかった。
「察しの悪いやつだな。――入ってこい」
ここでギルドマスターが声を上げる。
そして、入ってこいという言葉と同時に――部屋の扉を開き、二人の人間が入室する。
その二人を見た途端――レイヴンは驚きの声を上げる。
「はぁッ!? なんだよコイツはッ!?」
レイヴンは、二人のうち片方を指差して声を荒げる。
何しろ――その人物は、レイヴンと瓜二つの顔立ち。髪と瞳の色まで一致する、さながら兄弟のようによく似た姿をしていたのだから。
「ソイツがクロウハート家の嫡男、レイヴン=クロウハートだ」
「ハァッ!? 俺がレイヴンだろッ!! 意味わかんねぇよッ!!」
「まだ分かんねぇのか、このクソガキは」
ギルドマスターはため息を吐いてから、レイヴンへと説明する。
「要するに、替え玉だ。役に立たねぇ実子よりも、そこの男をお前の代わりに勇者として立てることに決めたんだよ。クロウハートも、教会もな」
「……は?」
その言葉で、レイヴンは一瞬にしてどん底へと叩き落される。
「い、いや。だって、俺が勇者だぞ? 勇者のスキルを持ってるのは俺だけで、唯一無二で、代わりなんか用意できないはずだッ!」
「本当ならそのとおりなんだがな。残念ながらお前自身が証明しちまったんだよ。ダンジョンの攻略もまともに出来ない無能っぷりを晒すことでな」
「ほっほ。そもそも、代えの効かぬ人材などそうそう存在しませぬ。それこそ、真の勇者と呼ぶべき突出した実力者――近頃現れたと噂に聞く、SSSランクの冒険者のような傑物でなければどうとでもなりますな」
つまり――レイヴンの能力が低かったせいで、替え玉の用意が可能になってしまった、ということである。
「つーわけでそっちの金髪が、表向きに勇者として顔役をやる。そっちの茶髪の男が、勇者としての仕事をこなす。まあ、兜でもかぶってりゃあ誰にも分かんねぇからな」
「二人共、我々スキル選定教から選ばれた優秀な人員ですからな。『勇者レイヴン様』に至っては、顔を似せる為に皮膚を裂き、張り合わせて治癒魔法を掛けるという施術で元の顔を捨ててまでこの役割を全うしてくれるのです」
「恐縮です、全ては我らが神の為ですから」
金髪の――レイヴンの替え玉となる男が、司祭の老人へと頭を下げる。
そして司祭の老人もまた、替え玉の男に向けて敬意を払うような仕草を見せる。
同様に――総司令官も、ギルドマスターも替え玉の男を勇者として敬うような態度をとっていた。
そんな様子を見せつけられ、レイヴンは頭の中が真っ白になっていた。
「……う、うわああぁぁぁぁあああっ!!」
声を上げ、癇癪を起こしたように暴れ始めるレイヴン。
「取り押さえなさい」
しかし、司祭の老人の一言で、替え玉と呼ばれた男二人が動き、レイヴンを取り押さえる。
勇者が暴れたというのに、取り押さえるのは一瞬。二人がレイヴンに飛びかかると、まるで無力な子供のようにあっさりと抑え込まれるレイヴン。
「う、うぐっ……嘘だ……こんなの……」
呻くレイヴンは取り押さえられたまま、さらに追い打ちをかけるような言葉を司祭の老人から投げかけられる。
「ふむ。どこかに拘束しておきなさい。それと、念の為に髪を刈って、頭皮と顔を焼いておきなさい。勇者そっくりの男が戦場で奴隷扱いを受けていた、というのは不要な醜聞ですからな」
「なっ!?」
「仰せのままに」
司祭の老人の言葉にレイヴンは驚愕し、替え玉の二人は頭を下げ、了承する。そうして、二人はレイヴンを拘束したまま部屋を後にする。
「やっ! やめてくれッ!! 謝るッ! 反省したからッ!! 頼むぅッ! やめてくれぇぇぇええええッ!!」
連行されるレイヴンの惨めに弁明する声が、虚しく響く。