08 この温かいものは
視線を逸らしながらも、シクロは次の話題をすぐに思いつき、話を繋げた。
「ディープホールを攻略したらさ。――次は、何をしたい? ミストは、何かやりたいことはあるか?」
シクロが問うと、ミストは首を傾げながら考える。
「そうですね……私は、ご主人さまと一緒であれば、それ以上のことは望みません」
「う、嬉しいけどさ。それは。でも、ミストにも何かやりたいことの一つぐらいはあるんじゃないか?」
シクロがさらに問い詰めると、ミストは思い出したような素振りを見せ、途端に顔を赤くする。
「……その、本当に、できればでいいのですが」
「ん? 何かな、言ってみてよ」
「――デート、に行きたいです」
ミストは、恥ずかしさを堪えながら、思い切って言い切る。
「ご主人さまと、二人っきりで。恋人同士みたいな、デートがしたいです。……私みたいな奴隷女なんて、ご主人さまには釣り合わないかもしれませんけど――」
そこまで言ったミストの言葉は――突如、ミストを抱きしめたシクロによって遮られる。
「ふえっ!?」
「ミスト。それ以上は言わなくていい。奴隷でも、何でも変わらないよ。ミストが望むなら――デートぐらい、何度だってやってやるさ」
シクロはミストを安心させるかのように、優しい声で、背中を擦りながら語る。
「ミストの言葉で、ボクも分かったよ。胸の中にある、この温かいものは――君がくれた、君の為だけのものだ」
「ご、ご主人さまっ?」
困惑するミスト。
そんなミストに向けて、シクロは言い放つ。
「愛してる。ミスト。君のことを、掛け替えのない、大切な人として愛してる。誰にも渡したくない、二度と離れたくないって思うぐらい、愛してる」
ミストは最初、突然の展開に混乱していたが、次第にシクロに何を言われたのかを理解して、今まで以上に顔を真っ赤に染め上げる。
「えっ、あう、その、ご主人さま? あ、愛してるって……」
「本気だよ、ミスト。愛してる」
「ふわぁあっ!?」
「何度でも言えるよ。愛してる。二度と離さない」
シクロに抱きしめられたまま、何度も耳元で愛を囁かれ――やがて、降参したように、ミストも口を開く。
「……は、はいっ。私も、ご主人さまのこと、愛してますっ!!」
「嬉しい。ミストも、同じ気持ちだなんて、夢みたいだ」
必死に自分の気持ちをはっきりと言葉にしたミストを、シクロはたまらなく愛おしい存在だと感じていた。
そんなミストと離れたくなくて、体温を、存在を感じ続けたくて、より強く、ぎゅっと抱きしめる。
「こんな気持ちは、生まれてはじめてかも知れない。ボクは、世界で一番幸せな人間のような気がしてくる」
シクロは言うと、ミストの目を見つめる。
ミストは、そんなシクロに笑顔を浮かべ答える。
「間違いじゃないです。ご主人さまは――私が、世界で一番幸せにしますから」
自らの、ひたすらに献身的な愛情を、はっきりと言葉にして伝えるミスト。
その言葉に感極まったシクロは――自然と、ミストの方へと顔を近づけていた。
「――ミスト」
「ご、ご主人さま……っ!」
近づくシクロの顔に、ミストは緊張し、ぎゅっと目を瞑って身構えてしまう。
そんなミストのことがおかしくて、愛らしくて。
シクロはそっと――ミストの頬に、キスを落とした。
「――ふえっ!!?」
「緊張させて、ごめんなミスト。さすがに、いきなり過ぎたかな」
「えっと……はい。嫌じゃないですし、とっても嬉しいんですけど……ちょっと、これ以上は、なんだか色々と耐えられそうにないです」
ミストは頷き、シクロの言葉に同意する。
「あはは。ボクもだよ。これ以上のことをしたら、多分我慢できない」
「……ふえぇ」
シクロの言葉で、またミストは顔を真っ赤に染め上げる。
そんなミストの頭を撫でてから、シクロはミストを開放する。
「ほら、明日に備えてゆっくり休まないとな」
「あ、えっと、はい! おやすみなさい、ご主人さまっ!」
そうして開放されたミストは、恥じらいながら慌ててシクロの部屋を後にした。
そんなミストを微笑みながら見送ったシクロ。
「……これからは、もう失くさないように頑張らないとな」
そう言ってベッドに倒れ込み――宙に向かって拳を伸ばし、何かを握りしめるような仕草をする。
もう二度と、大切なものを失わない。その為に出来ることなら、なんだってやる。
シクロのそんな決意が、今まで以上に強く深まった夜であった。
――翌日。
シクロ達一行は準備を済ませ――ディープホールへと向かうべく、宿屋の外に集合していた。
「それじゃあ、皆。準備はいいな?」
シクロが問うと、全員が頷く。
「ウチは問題あらへんで。コンディションもバッチリや!」
カリムは言って、力こぶを作るような仕草を見せてアピールする。
「何か足りないものがあっても、大抵のものは私が調合出来るから、安心してねお兄ちゃんっ!」
アリスもまた、別の形でディープホールへ向かう意気込みを口にする。
そして――ミストもまた、力強く頷いてから口を開く。
「ご主人さまと一緒なら、どこまでも。どれだけでも頑張れます!」
どうやらミストは昨夜の出来事で妙に緊張している様子も無く、シクロはホッと一息吐く。
「それじゃあ――ディープホールの攻略、それに寄生虫問題の調査に出発するぞッ!」
シクロが言うと――三人は一斉に、おぉ~っ! と掛け声を上げて応えた。
こうして、いよいよシクロたち冒険者パーティ『運命の輪』による、ディープホール攻略が本格的に開始されるのであった。
少し短くなりましたが、このお話で第七章『決意と始まり』が終わりとなります!
次回からは第八章『ディープホール攻略』が始まります!
ここまでお読み下さった読者の皆様には、感謝するばかりです。
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それでは、これからもシクロ達の物語にぜひお付き合い下さいませ!