06 依頼の理由
「実は――ダンジョンに異常が発生したことが、スキル選定教まで伝わってしまっている」
グアンはそう前置いてから話を続ける。
「以前より、ノースフォリアはスキル選定教の影響が低く、冒険者が活動しやすい土壌もあって、教会よりもギルドの方が高い立場を維持することが出来た。だが、今回の異常な魔物が発生する件は話が大きく、冒険者ギルドだけの力では早期解決が望めそうになかった。その結果――スキル選定教が、事態解決に必要な戦力を教会本部から派遣する可能性を提示してきたのだ」
グアンは難しそうな表情を浮かべて語る。
「恐らく教会の狙いは、冒険者ギルドへの影響力を持つことだ。他の都市のギルドでは、スキルを理由にしたパーティ構成への口出し等も普通に行われている。それと同様の仕組みを、ノースフォリアにも組み込みたいのだろう。……今回の事件を奴らに解決でもされたならば、確実に現行の体制に不備があるからだ、と批判してくるだろうな」
グアンの言葉を聞いたシクロは、アリスの方を見る。
アリスは頷いてから、シクロの視線、疑問に答える。
「ほんとのことだよ、お兄ちゃん。王都のギルドでも、教会が普通にパーティ構成に口出しすることがあったから。私も勇者パーティに入れとか色々言われたけど、もちろん拒否したわ! こっちだって賢者様だったもの!」
「なるほどな」
拒否してやった、の部分を鼻高々と主張するアリスに苦笑いを漏らしてから、シクロはグアンの方を向き直る。
「グアンさんは、そういう事態を避けたいんですね?」
「ああ。スキルの適性が、冒険者としての才能に大きく影響することは認める。しかし、教会基準だとスキル偏重が過ぎるのだ。冒険者に実際に必要なのは、スキル以上に経験であり、パーティに必要なのは人としての相性だ。これらを軽視する教会に、冒険者の活動をいじくり回され、弱体化を招くような事態は避けたい」
グアンの主張は、シクロにも納得できるものであった。
もしも教会の口出しで、今のパーティメンバー以外と強制的に組まされるようなことがあれば、間違いなく反発する。
「それに――ノースフォリアは冒険者の街だ。教会なんぞに上に立たれるのは、政治的にも困った事態になる」
その言葉で、シクロは勘づく。もしかすると――グアンもまた、デイモスの計画について知る者の一人なのではないか、と。
しかし、ここでそれを問うわけにはいかない為、黙っておくことにした。
「以上の理由で、諸君には早急にこの事件を解決してもらいたいのだ。遅くとも、教会が戦力を派遣してくるよりも先に」
「なるほど。早いほどいい、というなら最高戦力であるボク含むパーティに依頼するのが合理的、というわけですか」
シクロの言葉にグアンは頷く。
そして、グアンは頭を下げる。
「……君の過去の境遇について、私個人で良ければいくらでも謝罪しよう。だが……ギルドとしての謝罪は不可能であり、賠償もありえない。その上でなお、頼み事をするというのが都合の良い話だとは理解している」
そういえばグアンに勘違いをされているのだった、と思い出すシクロ。
ただ、たしかに恨みがあるか無いかで言えばあるので、言葉に困り即座に否定も出来なかった。
「我々には、より多くの人を救う為に通すべき筋がある。犯罪者に甘い対応をしてはならないし、奴隷が存在することで冒険者たちは同じ場所に落ちるのを恐れ、慎重になる。君に限らず――今後も我々は犯罪奴隷を預かり、最低限の待遇で扱う。それが、このノースフォリアで、冒険者の増長を防ぐ役割の一端を担っているのも事実なのだ。君が過去に正式な犯罪奴隷であった以上、扱いが不当であったと認めるわけにはいかない」
グアンの主張に、シクロは眉を顰める。だが……言っていることは理解できた。
ギルド側から見れば、シクロが冤罪で奴隷に落ちたのかどうかは分からない。故に、シクロだけを特別扱いしてしまえば――犯罪奴隷の現在の境遇そのものが不当である、という主張にも繋がりかねない。
そして――スキル選定教という明白な敵が存在することも分かっている今、そんな弱点を作ってしまえば、間違いなく利用されるだろう、というのも想像に難くない。
「すまない、シクロ君。私からは……この場で個人的に頭を下げることしか出来ない。だが、この依頼はどうか受けてくれないだろうか」
グアンの謝罪を受けて、シクロは考え込み――そして、慎重に口を開く。
「……まず、グアンさん。一つ誤解を解くなら、ボクは別に依頼を受けたくないわけじゃありません」
シクロは言ってから、自分の心境を語る。
「確かに、ギルドで受けた仕打ちは記憶にも新しいですし、恨みはあります。ですが、それをこの場で持ち出す気も無ければ、依頼を受けないという選択肢もありません。ボク達が適任であるというのなら、なおさらです」
「……そうか。それは、ありがたいことだ」
グアンはシクロの言葉を受けて、ようやく頭を上げる。
「であれば――もう一つ。こちらから謝罪しなければならない」
言うと、グアンは自分と一緒に部屋に入ってきた受付嬢を見る。
「こっちに来なさい」
部屋の隅に控えていた受付嬢は、恐る恐る、といった様子で近寄ってくる。
「シクロ君。彼女のことは覚えているかね?」
言われたシクロは受付嬢に目を向け、首を傾げ、少し考え込んだところで――思い出す。
「ああ、あの時の」
そう。その受付嬢は……ミストが冒険者として登録に行った時、驚きからミストの職業が邪教徒であると声に出してしまい、周囲にバラしてしまった人物であった。
シクロに気づかれたことで、受付嬢は怯えからか身体をビクリ、と震わせた。
そんな受付嬢をよそに、グアンは話を続ける。
「当初の予定では、シクロ君が依頼を受けてくれなかった場合、彼女の処分について君の意見を聞き入れる、という条件を提示する予定だった。君は結果、依頼を受けてくれたのだが――それでも通すべき筋はあると思い、彼女の失敗に関して謝罪させてもらう。申し訳なかった」
「……申し訳、ありませんでした」
グアンが再びシクロに頭を下げ、それに合わせて受付嬢も頭を下げた。
「……頭を上げて下さい。確かに彼女の失敗は、ミストにとって良くない結果を招くものでした。ですが、だからといってボクが不当な復讐を目論むようなことはありませんし、過剰な処分を望むこともありません。もし望むとしても、その権利があるのはミストだけです」
言って、シクロはミストに視線を向ける。
ミストは首を横に振ってから口を開く。
「私から言うことは、何もありません。いつでも、ご主人さまが守ってくれますから」
「――と、いうわけです」
ミストの言葉も受け、シクロが視線をグアン側に向け直すと、グアン頭を上げてからが言う。
「分かった。では、彼女にはギルド職員としての規則に乗っ取り、正しい処分を下すと約束しよう」
「それは、重い処分になりますか?」
「いいや。厳重注意と再教育にはなるが、特別重い処分とは言えないだろう」
これでようやく安心したのか、受付嬢も頭を上げる。
「……本当に、ご迷惑をお掛けしました」
そしてその言葉を言い残すと、グアンの合図を受け、部屋を出ていくのであった。