10 イッケーメン伯爵
シクロが工房を片付けている間に、気配は扉の前まで来ていた。
コンコン、とノックの音が響く。
「はい。どうぞ、開いてますよ!」
シクロは荷物を片付けながら、扉の向こうの誰かに応えた。
すると、その誰かはすぐに返事を返してきた。
「そうか。では遠慮なく、失礼するよ」
そう言って――シクロの工房に入ってきたのは、どう見ても貴族、といった風貌の男であった。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「私がこの時計修理の依頼人、イッケーメン伯爵本人だよ」
「えっ!? は、伯爵様ですかっ!? し、失礼しましたっ!」
慌ててシクロは、何か貴族に対する礼儀を見せようとする。
が、あいにくそうした作法には平民であるがゆえに疎い。
「かまわんよ。今回も、ただ噂の時計職人の腕前に興味があって見に来ただけなのだ。連絡もなしに押しかけたのだから、気にせずこのまま修理を続けてくれたまえ」
そう言って、気前よくシクロの作法不足を許してくれるイッケーメン伯爵。
それに安堵しながらも、シクロは言うべきことを言うつもりであった。
「ありがとうございます、伯爵。ですが、申し訳ありません。修理をお見せすることは出来ません」
「ほう、それはどういう意味かな?」
「実は、もう修理の方は終わっていまして」
「なんと!? こんなに早くかねっ!?」
驚くイッケーメン伯爵に、シクロは頷いて応える。
「はい。すでに動作確認も済んでいますので、すぐにでもお渡しが出来る状態です」
「ううむ、なるほど。せっかく君の修理する様子を見てみようと思っていたのだが、遅かったか」
「あー……それでしたら、もう一度同じ作業をやってみせますので、そちらをご覧になりますか?」
「ふむ? そんなことが出来るのかね?」
「はい。――『時計生成』!」
シクロはスキルを使い、預かっていた時計と同じものを生成する。もちろん、修理前の状態で。
これにはイッケーメン伯爵も驚き、目を見開く。
「な、何がおこったのだね?」
「ええと、ボクのスキルで修理する前の状態と同じ時計を生成しました。魔力で作ったものなので、時間がたつと消えてしまいますが。修理の再現をする間は大丈夫だと思います」
予想もしなかったシクロのスキルに、イッケーメン伯爵は驚きっぱなしだった。
けれどこれも好機。せっかくだから、修理の様子を見せてもらうことにする。
「そ、そうか。では、せっかくなのでな。どのように修理をしたのか、様子を見せてくれたまえ」
「はいっ! わかりました!」
こうして、シクロによる時計修理の実演が始まるのであった。