P.07:〜×月◎日 中国某所にて〜
私は歩。
旅が趣味の人間である。
旅の相棒は大きな革のトランクひとつ。
気の向くまま、時間の流れるまま、私はどこまでも行く。
そんな旅の途中の話である・・・。
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久しぶりの外国だ。
ホテルで過ごしていたとき、いきなりドアが開いた。
男3人が足音もなく部屋に入ってくる。
私はとっさに警棒型スタンガンを取り出した。
青白い火花をスパークさせたとき、男は慌てた素振りを見せた。
彼らの話を要約すると。
「あなたを襲いに来た訳じゃない、『城主』が外の国の話を聞きたがっている」とのこと。
私は眉をひそめる。
"ナゼ私がここにいるってピンポイントでわかったの・・・?"
男の話によると、この辺りの区画は「城主」の管轄らしい。
旅行者の入出国の管理もされているとの事だった。
城主は、近くの安宿に泊まった旅人にとても興味を持ったと。しかも女性で。
"え?私はここの辺りはごはんが美味しいからって勧められたんですけど・・・。
実際美味しかったですし"
「は?・・・それがここに来た動機・・・?ですか?」
私、頷く。
男、固まる。
曰く。
ここはとても治安が悪く、普通の旅行者なら近づかない所だとの事。
ここまで来て。
ようやく己の身の危険を感じ、身体中に冷や汗をかいたのだった・・・。
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念の為スタンガンを構えながら男達に着いていくと。
すえた悪臭、澱んだ空気・・・。
ここ、めっちゃスラム街じゃん。
顔を上げれば、どう考えても違法としか思えない高さのビル郡が密集し、アンダーグラウンド的な城のように聳えている。
城主はそこにいるのだろう。
ここはいわゆる、一つの負の王国なんだ。
通りを埋め尽くすバラック小屋。
配水管の修理が行き届かないためか、汚水避けのシートが頭上でぼぼぼぼっと音を立てている。
あまり陽が差さず、とても暗い。
案内人曰わく「国の法律も届かない無法地帯」とのこと。
・・・て言うか、めちゃめちゃおピンクな看板があからさまに出ていたり、露店でいかにも「人間やめますか?」的な粉末やパイプが売られていたりしてたら、イヤでも気づきますってばぁ!
うん。私の認識間違ってなかった。
めっちゃ怖いです。はい。
私はへっぴり腰で、男達のあとを付いて行ったのだった・・・。
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ビル群の最上階・・・と思いきや、地階に「城主」はいた。
私は目を丸くする。
ビロード張りの玉座めいた一人掛けのソファーに、足を組んで座っていたのは女性だったからだ。
彼女は明らかに私より年下。
下手したら少女と言ってもいいかもしれない。
彼女には名が無く、「アノニマス」と名乗っていると言う。
漂っている雰囲気と言うか、オーラと言うか・・・。カリスマ性がある。
足元には靴底が沈み込むような質も品もいい絨毯が敷かれている。
まさしく「謁見の間」。
旅の土産話と各国の写真ポストカード引き換えに、謁見する事を許された。
彼女はポストカードをとても喜び、私とふたりで話したいと人を払った。
「峡谷に、海辺の街、水の都・・・。あなたは色々なところを見てきているのね」
"あはは・・・放浪癖は昔からあるので・・・"
彼女曰く・・・。
生まれたときからここに住んでいてここから出ることもできず、外の国にも行くことができなかった。
住民からは「城主」と呼ばれているが、そんなの肩書きだけでしかない。
私は、「一人の女の子」として自由に生きたかった。
と・・・。
「あなたは色々なことや物を見て触れている。私は井の中の蛙。自由なあなたが羨ましい」
"私は自由ではありません"
私はきっぱりと言い切った。
"本当に自由な人間なんて、誰もいません。
私だけでなく、色々な人が、大小問わず様々なしがらみに縛られて生きています。
極論を言ってしまえば、一番大きくて避ける事の出来ない「倫理」(モラル)に"
"本当の「自由」を手に入れたいのなら、「倫理」を捨てなければ得ることはできません。
でも「倫理」を捨てちゃったら、人でなしになっちゃうでしょう?
「自由」って結構「不自由」なんですよ"
「・・・よく、わからない」
彼女はつぶやく。
私は微笑むと、更に続けた。
"それに私の母国には、「井の中の蛙」という言葉に続きがあるんです"
「?何ていうの?」
"井の中の蛙、大海を知らず"
"されど空の青きを知る"
「・・・・・・」
"確かにあなたは閉鎖的な環境で育ってきたと思います"
"でも、その中で暮らしてきたあなたにしか知りえない何かがあるはずですよ?"
「・・・そうね・・・」
つぶやくと、いきなり立ち上がり、私の手を引いた。
「見せたいものがあるの」
あっけに取られた私にそう言い、壁に手を這わせる。
目の前に、エレベータが設置されていた。
エレベータに乗り込んで操作盤をいじると、静かな音を立ててエレベータが動き出した。
およそ1分後。
「・・・私の、とっておきの場所です」
"うおおおおおぉぉぉ!?"
私が目にしていた景色は、普通では見られる物ではなかった。
違法建築を繰り返した結果、ありえない高さからの絶景。
ビル郡の隙間には、ロープを渡した洗濯物干しが国旗のように連なっている。
住民の、生活の匂いがする。
学校、老人ホーム、公園・・・。
外で遊ぶ子供達。
その土地の人達の生活が、見えるんだ!
ステキじゃないですかここ!
きいいいいぃぃぃぃん!!
爆音に驚いてそちらを見ると・・・
すごい!飛行機があんなに大きい!空港が近い!!
無邪気に喜ぶ私を見て。
「さっきのあなたの言葉の意味って、こういうことなの?」
"そうです!すげええええぇぇ!!"
私は思わず喜びを含んだ雄叫びを上げたのだった。
その後。
彼女は食事会を開いてくれた。
旅の話を喜んで聞き、私は彼女の話を喜んで聞き・・・。
楽しい夕餉はあっという間に過ぎていき・・・。
宿までボディーガードつきで送って頂いたのだった・・・。
ボディーガード曰く
「城主が幼い頃から付いていましたが、あんなに楽しそうに笑う城主は初めて見ました」と。
感謝の言葉を私に言うと、ボディーガード達はスラム街に消えていった・・・。
怖い思いをしたけど、とてもいい「国」だったなぁ・・・。
月夜に聳える城を眺めながら、私は「城下町」で買ったほかほかの桃まんをほおばったのだった。
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・・・後日。
風の噂によると、あのお城は取り壊されたと言う。
取り壊しの際、かなり大規模な反対デモ運動が行われたらしい。
壊されたあと、彼女らがどうなったのか、彼女が「自由」を手に入れられたのかは。
私にはわからない。
fin...
*城主の住む城
香港の、九龍城砦がモデルになっています。
現在は公園になっていますが、結構カルト的な意味で有名な場所でした。ここをモデルにした作品も沢山あります。
作品名を挙げるのであれば、攻殻機動隊とか、Get Backersとか・・・。
何か惹きつけられる魅力があるんでしょうね。
この旅日記シリーズは、歩の願望でもあります。
世界中、あちこちを見て回りたい。
その目で見て、感動してみたい。
そういう思いが込められています。
私自身も、城主と近い考え方は持っているかもしれませんね。
旅行代理店から、大量の冊子を頂いてきた歩でした。
店員さんの視線が痛かったです。