P.05: 〜△月×日 日本某所にて〜
私は歩。
旅が趣味の人間である。
旅の相棒は大きな革のトランクひとつ。
気の向くまま、時間の流れるまま、私はどこまでも行く。
そんな旅の途中の話である・・・。
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彼の家から出て、早3日。
私は日本を南下していた。
トンネルを抜けた先に見えた、素晴らしい桜並木。
もうそんな季節かぁ・・・。
私は車掌さんに詳しい場所を聞き、次の駅で降りることにしたのだった・・・。
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緩い坂道をひたすら登る。
頭上には桜のトンネル。日本でしか味わえない風景。
近くに学校があるようで、チャイムの音が聞こえた。
間を置かず、制服姿の女の子達がすれ違う形で坂を下ってくる。
まだ制服に「着せられている」感じ。新入生なんだろう。
不安いっぱい、期待いっぱい。
そんな心情なんだろうなぁ。
私は遠い昔の事を思い出した。
あれからウン年かぁ・・・。
私は思わずため息をついた。
思い出すんじゃなかった・・・。
坂を上った先は、開けた野原になっていた。
そこに大きな桜の木が一株。
その木の下に、一人の青年が佇んでいた。
"こんにちは"
私は声をかける。
青年は不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
「・・・どうも」
不機嫌そうな目が私のトランクを捉える。
「おねーさん、旅人?」
"そうだよ"
「日本中旅してるんだ」
"日本どころじゃないよ。世界中だよ"
「マジっすか!?すげぇ!」
不機嫌そうな表情が一変。
まだまだ幼さを残した、と言うよりも好奇心旺盛な子供そのものの表情に変わった。
"あなたはここで何をしているの?"
逆に私が質問する。
「あ。俺、ある人を待ってるんです」
"ある人?"
「友達。またここで会おうって約束してて・・・」
"ほうほう"
彼によると・・・。
彼の友達は年上で、学生時代に出会った。
お互い複雑な家庭環境に育ったふたりは、お互いに励ましあいながら学生時代を過ごした。
バカな事をしたり、お互いに愚痴りあったり。
ケンカをすることもあったけど、それでもずっと仲良くしてきて。
「卒業する時に、『また来年の今日、ここで会おう』って約束したんです」
"ほほぅ。ロマンチックですなぁ。男同士の友情ですか"
「友情」という単語を出した時、彼の表情が曇った。
「でも、来ないんですよ。連絡も取れなくなっちゃって」
彼はその場にしゃがみこむ。
「もう、5年ですよ?」
"あなたは毎年ここに来てるんだ"
「うん。でも、あいつ来ないんだ・・・」
"うーん・・・。でもさ、何か都合があったのかもしれないじゃん"
「うん。俺もそう思いたい」
"でもって、まだ午前中でしょ"
「うん」
"もう少し、待ってみようよ。暇つぶしには付き合いますよ?"
「・・・じゃあ、旅の話を聞かせて」
"OK!"
私はトランクに腰かけ、旅先でのエピソードを話し始めた。
彼は興味深そうに、旅の話を聞いてくれたのだった・・・。
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夕方。
「・・・結局来なかったなぁ」
まだ日が暮れるまで時間はあるよ。
「・・・いつも、こんな感じなんです」
彼はうつむいた。徐々に湿っぽくなってくる。
「俺、勘違いしてたのかな・・・」
何を?
「俺が一方的に友達だって思っていて、向こうはそう思ってなくって・・・。俺、勘違いしていたのかな・・・?」
"どうしてそう思うの?"
「俺、ずっと友達がいなかったんです。だから、そいつが声をかけてきてくれたとき、ホントに嬉しくて・・・。ただ一人で舞い上がってただけなのかな。俺、バカみてぇ・・・」
だんだん嗚咽混じりの声になり、彼は泣き出してしまった。
"友達同士でも、すれ違う事だってあると思うよ?人間だもん。完璧なんてありえないでしょ?
逆にあなたが友達の立場だったら、どう思う?"
「・・・・・・・・・」
彼は答えない。きっといろんなことが頭の中を巡っていて混乱しているのだろう。
"私だったら、すごく焦るよ。
連絡が取れなくなっちゃって、居場所もわからない。
大事な友達と会える唯一の場所で、唯一ののチャンスなんだもん。
このチャンスは逃したくないって。私だったらすごく気が焦る。"
普段だったら絶対に答えは言わないけど。私なりの答えを彼に言った。
「じゃあ、何でっ・・・?」
私を睨みつけた瞳が見開かれる。
私は彼の視線を追った。
一人の男性が、息を切らしながら立っていた。
彼がきっと「友達」なんだろう。
「よかった、間に合った・・・」
「・・・っ!」
彼はの瞳からは、とめどなく涙が溢れ出す。
「バカぁ!俺の事、忘れちゃったのかと思ったよぉ・・・」
「忘れるわけねぇだろうが、アホ。ごめんなぁ。ずっと連絡せんで・・・」
「友達」曰く、家庭の事情からうかつに連絡を取ることが出来なくなっていたとの事。
号泣する彼の頭を、友達はわしわしと撫でる。
彼らは友達以上だ。
「心友」「信友」
そういう言葉があってもいいんじゃないかって、誰かが言ってたっけ。
彼らにはその言葉が当てはまるんじゃないかな?
私はそう思った。
袖で涙を拭きながら、彼が私に振り向いた。
「旅人さんの言うとおりだった。待っててよかった・・・。ホントにありがとう・・・」
"私は何にもしていませんよ。
あなたが友達を信じてここで待っていた。
友達も彼がここにいるって信じていて足を運んだ。
単なる、必然の出来事なんですよ?"
それだけ言うと、私はトランクを担ぎなおした。
「もう行くの?」
"もちろん"
「また会える?」
"・・・気が向いたらね。またここに来ますよ"
私はニコリと笑い、そのままふたりを顧みずに坂を下った。
「あの人、誰?」
「俺の『友達』」
その言葉、しかと心に受け止めましたよ。
来年の今日。
私はここに来よう。そう心に決めたのだった。
fin...
旅日記シリーズ第5弾。
今回は「友達」をキーワードにして書いてみました。
最近、友達って何だろう?って考える機会がありました。
*友達
親しく交わっている人。(広辞苑より)
*親友
信頼のできる親しい友。仲のよい友人(広辞苑より)
こうやって言葉を並べてみると簡単なようなんですけれど・・・実はとっても難しい。
歩自身、この歳になるまで「友達」というものがどういうものなのかわかりませんでした。
色々考えることはあったけど、結局理屈じゃないんだなぁって。
言葉抜きでも分かり合える、許しあえる人達が、私には出来ました。
それは共通の趣味を持つ人達であったり、同じ職場の仲間であったり。
本当に「その人」と分かり合いたいのなら、傷つくのを恐れずにぶつかっていくのも一つの手なのではないかな?と、アグレッシブな歩は思うのでした。
(もっと器用なやり方を知っている方!歩に教えてください・・・)
*登場人物設定
彼
「友達」を待つ青年。
転校を繰り返していた為、友人が出来ずにいた。
その時に「友達」と出会い、他人と触れ合う事を知る。
友達
「彼」の友達。
一応留年生という設定があったりします。
だから「彼」より年上。
最後の方にしか出てこなかったけど、気さくでユーモアセンスあふれる面白い人。
行方をくらませないといけないほど危険な状態にありながらも、「彼」と再会したいという思いを持ち続けた、心根の強い人だったりします。
次の舞台はどこにしようかな?
旅行代理店の前に立ち止まる機会が増えた歩でした。