P.17:~○月○日 ブラジル某所にて~
私は歩。
旅が趣味の人間である。
旅の相棒は大きな革のトランクひとつ。
気の向くまま、時間の流れるまま、私はどこまでも行く。
そんな旅の途中の話である・・・。
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予告通り、私は海岸へと足を運んだ。
まだまだ残暑もカーニバルの疲れも厳しいが、私はパラソルをレンタルし、海岸へと赴いたのだった・・・。
メッセンジャーバッグからビニールシートを取りだし、砂浜に敷くと親の敵と言わんばかりにパラソルを砂浜に突き刺す。
周りは青い空と海。
内陸側を見れば、ブティックやヤシの木の列。ハイソな住宅街。
なかなかにおしゃれな街である。
ビーチには、これまたカラフルなビキニ姿の女性達。
Tシャツ・Gパン姿の私は、さぞかし浮きまくっている事だろう。
バッグを枕にして横になったものの、小型飛行機がぶんぶんと飛びまわっていて、エンジン音で眠れなかった。
少々イラついたが、よくよく見ると飛行機の末尾に垂れ幕が下がっていて、何かの宣伝をしているようだ。
何度も何度もビーチを往復するものだから、子供が必死に何かを訴えているような気がして私は思わず吹き出し、飛行機に向かって手を振ったのだった。
そして、飛行機のエンジン音とは別に、かすかに優しげなヴィオランの音色が私の耳に入ってきた。
私は起き上がり、後片付けを済ませると、
ヴィオランの音の発信元を探し、歩き出した。
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パラソルを返却し、5分ほど砂浜を歩いた頃だろうか。
ひとりの青年が、堤防に腰かけてヴィオランを奏でていた。
おひねりの箱が見当たらない所を見ると、商売をしているわけでもないらしい。
あ、時々ペンを走らせている。作曲をしているのか。
思わずしげしげと眺めていた私に気づき、男性は「やあ」と軽く手を挙げたのだった。
"こんにちは"
「やあ。旅行者さんかい?」
"ええ。先日のカーニバルに合わせて来ました"
「ああ!そうだったのか。カーニバルはエキサイティングだっただろう?」
"ええ。ものすごい迫力でした。ところであなたはこちらで何をされてるんですか?"
「ああ・・・。僕は『彼女』の為に歌を作っているんだ」
"彼女・・・?"
どうやら彼は、マドンナ的存在の女性に恋をしているようだ。
彼女は勤めている喫茶店のアイドル的存在。
男性だけではなく、女性にも好かれている美女だとか。
・・・興味が勝った。
彼が彼女のいる喫茶店に、私を案内する事になったのだった。
その喫茶店は、ブティックストリートの一角にあった。
ログハウス風の店内には、ボサノヴァの有線が流れ、天井には送風ファンが回っている。
カウンターには、大きなサイフォンがボコボコと音を立てていた。
コーヒーを入れている真っ最中のようだ。
私は、アイスコーヒーを。
彼はルートビアフロートを注文した。
その時に来た彼女が、きっと彼お目当ての人なのだろう。
彼の表情に緊張が走った。
「あら、こちらの方は?」
彼女は少々含みのある笑顔を浮かべた。
「え・・・えっと。ついさっき知りあったばかりで・・・」
「え〜?本当に?ナンパしたんじゃなくって?」
「ほ、本当だってば・・・」
そんな軽い問答をしながら彼女はオーダーを取り、カウンターへと向かった。
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"確かに、素敵な方ですね"
ブルネットの緩い癖のかかった長い髪。
こんがりと焼けた、小麦色の肌。
「絶世の」と付けてもいいほどの整った美しい顔には、エメラルドグリーンの瞳が納まっている。
「だろう?彼女は街中のアイドルなんだ」
"むぅ。だろうなぁ・・・。ライバルが多そうだけど?"
「それなんだよなぁ・・・」
「なぁにこそこそと話してるの?」
「うわ!」
"ひゃあ!"
私と彼は、驚いて顔を離した。
彼とこそこそと話している間に、彼女がアイスコーヒーを運んできたようだ。
「やっぱりラブコールなんじゃなくって?」
「だから違うってば!」
「ふふ、冗談よ。あ、ラブコールと言えば・・・」
ふと思いついたように、彼女は言った。
「あなた、好きな人に歌を作ってるんですって?」
「え・・・?」
男性は目を丸くした。
「ね、ね、どんな歌なの?聞かせて!いつもあなたの作る歌、とてもいいんだもん」
「え・・・えぇ!?」
彼も驚いていたが、私も相当驚いていた。
「4時で仕事が終わるから、ね?お願い!」
・・・「棚からボタもち」と言うことわざの実例を、私は今この瞬間目にした。
「あ・・・うん・・・」
彼女の勢いに気圧される形で、彼は頷いたのだった。
私は複雑な面持ちで、その様子を眺めていた。
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4時を回って。
「お待たせ」
彼女は私服に着替え、店から出てきた。
少しずつ日は傾いてきている。
「それじゃあ、いくよ」
彼女の首肯を合図に、彼はヴィオランを掻き鳴らした。
♪青い空とエメラルドグリーンの海。
美しきかな 海辺の風景
でもそんな風景も 君が歩くだけで
全て霞んでしまう
君はダンスのように軽やかに ストリートを歩いていく
そんな姿を誰もが振りかえり 君に魅了されている
僕もそのひとり
君の周りには人が溢れているのに 僕はいつもひとりぼっち
いつも一緒にいられたら どれだけ幸せだろう
君は近づく事ができない高嶺の花。
それでも愛してると伝えたい、伝えられない
僕はいつもひとりぼっち♪
歌を終えると、彼は軽く一礼した。
私も彼女も拍手喝采。
私は曲もそうだが、「よく頑張った!」という意味合いを込めて。
彼女は・・・
「素敵な歌ね!この曲と歌なら、きっと好きな人にもあなたの気持ちが通じるわ」
最高でいて、とても残酷な感想を述べたのだった。
「・・・ありがとう」
彼は笑っていた。
そして、日が沈むまでしばらく3人で話したのだった・・・。
彼女と別れて。
私は、彼の恋が片思いに終わる事は充分すぎるほど予感していた。
だって私は喫茶店で席を立った時に、彼女が恋人と会っている所を目撃していたから。
「いいんだ。」
"え?"
私の思考を読んでいたように、彼はつぶやいた。
「ずいぶん前からわかっていたよ。彼女に恋人がいる事は」
"・・・じゃあ、どうして・・・?"
「いいんだ。僕は、彼女を本気で好きになれただけでも嬉しいんだ。誰かを想える事ほど、幸せな事はないよ」
"・・・・・・・・・・"
「例えそれが、実らない恋だとしてもね」
彼は寂しそうに微笑んだのだった。
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"ぬぅ。よくぞあそこまで彼女を想えるモノだ"
感心とも、じりじりとした気持ちにもなりながら滞在先のホテルに帰ると、私宛に手紙が届いているとボーイが手紙を差し出した。
差出人は彼だった。
やっぱりなー、と思いつつ、ほくほくしながら開封する。
手紙には私の状態を心配している事と、彼側の近況が書かれていた。
そして。
「一度帰ってきてくれないか?」
そうだよなー。しばらく留守にしていたし、マリアと子犬クンを見てたから久々に会いたくなってた所だし・・・
「大事な話があるんだ」
・・・・・・何だか様子が変。
いつもの彼の文章じゃ、ない。
シリアスな雰囲気を感じ、嫌な事でない事を祈りつつ、私は電話の受話器を取った。
fin...
旅日記シリーズ第17弾。 最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。
舞台はブラジルのリオ・デ・ジャネイロ市にある、イパネマ海岸周辺です。
話のモチーフは、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「イパネマの娘」の作成エピソードを参考に書いています。
学生時代に惚れた女の子に、実際に作曲した猛者がいた事を思い出したのと、前回のブラジル編で恋が実ったマリアと子犬クンとは対照的なお話にしてみました。
少ーし不穏(?)な空気が漂ってまいりました。
次回が最終話となります。
歩の旅はどうなるのか。
最後までお付き合い頂けたら幸いです。