P.14: 〜◎月◎日 イタリア某所にて〜
私は歩。
旅が趣味の人間である。
旅の相棒は大きな革のトランクひとつ。
気の向くまま、時間の流れるまま、私はどこまでも行く。
そんな旅の途中の話である・・・。
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いい時期にここを訪れた。
以前から興味を持っていたカーニヴァルと重なったのだ。
マスケラをかぶった仮装行列で有名な街なので、今私は仮装パーティーを堪能しているのだが・・・。
どうやら明日、オレンジ投げとやらをするらしい。
以前訪れた国の、トマト投げ祭りみたいなモノなんだろうか?
(トマト好きの友人は、『なにぃぃぃぃ!?農家が一生懸命育てたトマトを(以下略)』って小一時間ほど憤慨してたっけ)
怪我しないのか?
謎は深まるばかりである。
マスケラの下で、私は眉根を寄せた。
・・・ちなみに私は今、黒いマントを羽織って赤い羽飾りの付いた、顔の上半分を覆うマスケラを着けている。
マスケラは、目の部分が金色のアラベスク模様に縁取られている
断っておくが、ウケ狙いではない。
決してびっくり人間の人ではない。
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スタンドバーでレモネードを片手に、バーのオーナーと話していたところ。
本当に、丸のままの生オレンジを投げあうとの事。
"けが人は出ないんですか?"
「いえ。けが人は毎年出ますよ」
そんなきな臭い事、笑顔で言わないで下さい。
私は少し身を引いた。
"・・・さぞかし、凄いんでしょうねぇ・・・"
何とか相槌を打つ。
「もう壮観ですよ!通りは一面オレンジ色!飛び交うオレンジ!すっきりしたオレンジの香り!」
確かに非日常的な光景であるとは認めます。掃除の人が大変だろうなぁ。
つか、「オレンジ」連呼しすぎです。
何故か気圧され、更に半歩後ずさる。
「旅人さんも、ぜひ参加されてはいかがでしょうか」
ボーイの口調と笑顔で、きな臭くて血生臭い事を言わないで下さーい!
"は、はぁ・・・"
完全に私はドン引きし、部屋に戻った。
無論、夕食のデザートのオレンジは残したのだった。
あんな話しを聞かされたあとじゃあ、ねぇ・・・?
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翌朝。
フェスティバルのスタッフの声で目が覚めた。
カーテンを開け、外を見る。
うぉ・・・。
トラックから運ばれてくる木箱には、オレンジの山、山、山・・・。
(あれを投げるのかぁ・・・)
私は思わず、感心のため息を漏らした。
会場では、参加しない観客には赤いかぶり物の着用が義務付けられている。
私は赤いバンダナを装着した。
今年は様子を見て、面白そうだったら来年参加しようと思う。
「無いよりはマシ」程度の装備で、最前列に陣取る。
何でも観客にも被害が及ぶほど危険らしい。
オレンジ合戦の背景としては・・・
中世の独裁主君の圧政に苦しんだ、英雄率いる庶民達が一揆するシーンを再現したお祭りらしい。
悪役の馬車が会場にたどり着いた瞬間・・・
うおおおぉぉ!という掛け声と共にオレンジが飛び交う。
うおぁ・・・こりゃ確かに一面オレンジ色!すっきりしたオレンジの香り!
何か故郷の冬場の豆投げに似てるけど、怖ええぇぇぇ!!
観客もヒートアップして、歓声と野次が混じった声援を参加者に飛ばす。
うわぁぁぁ・・・お兄さん鼻血出てるよ!
あわわわ・・・オバサマ!エキサイトしないで!つか素手は反則でしょ!?
ひゃああ!リーダーのお姉さん、額割れてるから!美人が大無しですよ!?
きな臭くて血生臭さ全開な会場とは裏腹に、立ち上るオレンジの爽やかな香り。
カオス過ぎますってばぁ!?
絶対に参加しない。
そう心に決めた瞬間。
ごす
後頭部に鈍い衝撃。
足元に転がるオレンジ。
・・・けが人が出るって理由が、身を持って分かった。
痛いよこれ。
ただ、私は変な方にスイッチが入ってしまった。
"誰だぁーっ!?私にオレンジぶつけてきたやつはぁー!?"
私は一気にヒートアップ。
バンダナを剥ぎ、奇声を上げて群集に特攻していったのだった・・・。
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結果。
頭にたんこぶ2つ。
腕と肩、背中に青あざ6個所。
全身から立ち上るオレンジの香り。
私の被害状況だ。
オレンジ投げが行われたストリートも、アスファルトの部分を探す方が難しい程に、オレンジの残骸で埋めつくされている。
さすがのホテルマンも、私の様相に驚いていた。
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部屋に入り、服と全身の洗濯をする。
しっかし、この国で妙にすっきりしたなぁ。
ここの所、物書きがスランプ気味だったし、仮装行列は、前から興味があったイベントだったし、友人達に教わったダンスが役に立ったし・・・。
いいリフレッシュになったかも。
"彼と友人達に、報告がてらに手紙でも書こうかな?"
湯舟に浸かり、痛む頭をさすりながら私は思ったのだった。
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余談。
夕食のデザートのオレンジは、しっかりと残したことを追記しておきます。
あんなオレンジ色の凶器、当分見たくないやーい!!!
fin...
あとがき
旅日記シリーズ14弾、最後までお読み頂きありがとうございます。
歩大暴走の巻です(笑)
それもそうですが、一度は訪れてみたい国のお話を書くことが出来ました^^
オレンジ合戦>>
イタリアのイブレアで、カーニヴァルの締めとして行うそうです。
作品内では歩が特攻していきましたが、実際には観客席にはケガ防止のための網が張られます。
それでも観客が巻き込まれる事もあるって・・・。
相当エキサイティングなんでしょうねぇ・・・。怖っ!
仮想行列>>
ものすごく興味のあるイベントです。
マントを羽織って、仮面をかぶって、踊ってみたい・・・←ただのアホです。
実際に箱根でマスケラ(仮面)を見たことがあるのですが、どれも美しい。
本場イタリアに行けば、一点ものの貴重なものもあるそうです。
まさに芸術品です。