P.13: 〜●月※日 アメリカ某所にて〜
私は歩。
旅が趣味の人間である。
旅の相棒は大きな革のトランクひとつ。
気の向くまま、時間の流れるまま、私はどこまでも行く。
そんな旅の途中の話である・・・。
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地元の方に「是非」と言われて来たけれど・・・。
こりゃ、すごいや・・・。
現在は暦の上では真夏。
でも、私の目の前は白一色。
万年雪かと思ったら、ざらりとした感触が靴越しに伝わってきた。
何とも驚いたことに塩の平原だと言う。
・・・さすがに口にはしませんよ?興味はあるけど・・・。
ざく ざく ざく ざく
少々重たい足音を立てながら、私は真っ白な平原をひたすら歩いていた。
視界の端に、何かを捕らえる。
そちらに目を向けると、一軒の小屋があった。
私は進路を変え、その小屋へと向かった。
・・・・・・・何においてもそうなんだけど、私の思考って、危険より興味の方が勝っちゃうんだよなぁ・・・。
危ないことに遭遇するたびに、いつも彼や友人達から「いい加減その癖を直せ!」って怒られるくらい。
でも、私は快楽主義者で自称・開拓者なのだ。
ふはははは。
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小屋には男性がいた。
小屋の中は、キッチン・リビング・本棚。そして、エアコン。
必要最低限の物しか置いていなかった。
「ここまで来る人は珍しい」と言われた後、冷えたミネラルウォーターを頂いた。
何せ外は50℃近い炎熱地獄。喉もカラカラである。
普通の人なら、この時期に来ないとの事だ。
"なら何故、あなたはここにいるんですか?"
私は聞いた。
「え?」
私の問いに、彼は不思議そうなイントネーションの声を上げた。
"・・・いえ、食料の買い出しとか不便そうじゃないかなぁ、って思って・・・"
「はは。食料に関しては、業者さんの定期便が来るんだ。おかげさまで不自由していないよ」
ああ、なるほど。
私は納得し、頷いた。
彼はミネラルウォーターのおかわりを私に注ぐと、話を始めた。
「ここに住み始めたのはね、"彼女"の面影を探しているからなんだ」
"・・・はい?"
突然話が飛んで、私は首を傾げる。
「彼女とは、雪の舞う冬に出会ったんだ。お互いに本当に一目惚れだった。もう、即座に永遠を誓ったくらい」
・・・やはり興味が勝った。
男性の話に耳を傾ける。
私、意外と恋話が好きなのよねぇ・・・。
「でも、彼女は冬の終わりに亡くしてしまった。持病が急激に悪化したんだ。身体が弱いのは知っていた。でも突然すぎたよ・・・」
・・・・・・
「もちろん私はショックだったさ。神様を恨んだよ。でも・・・」
"でも?"
「彼女との思い出に浸れる場所を見つけられたんだ」
"・・・それがここだったと"
「そう!管理人さんに必死に頼み込んで、管理者として住まわせてもらったんだ!」
"・・・この、炎熱地獄的な場所に・・・?"
「うん。それは承知の上だったさ。でもさ・・・」
彼は一拍置いて口を開いた。
「ここは一年中『冬のような風景』だろう。溶けない雪に囲まれて、好きなだけ彼女との思い出に浸れる。あの頃に戻れるんだ」
・・・・・・。
私は外を眺めた。
確かに、一面の「冬景色」。
「ああ、つまらない話を聞かせたね。済まなかったよ」
"いいえ。素敵なお話しをありがとうございました"
男性からミネラルウォーターを分けてもらい、丁重に礼を言ってから小屋を後にした。
塩の平原を「溶けない雪」と彼は例えた。
きっと彼の時間も、彼女が亡くなった時に止まってしまったんだろう。
過去の思い出を大切にしているのか。
それとも
届かなかった思いに、ずっと繋がれたままなのか。
私には判断できなかった。
どっちもありなような気がしたし、どちらにしても、私には否定する権利はなかったから・・・。
でも・・・。
何とも複雑な心境で、私は塩の平原を後にした。
旅日記シリーズ13弾。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
今回の舞台>>
デスバレー国立公園です。
その中の塩湖が舞台となっております。
あまりの暑さに塩水湖が干上がってしまい、砂漠一面が真っ白に見えます。
作中の歩は夏にここに訪れたのですが、これは自殺行為なのでやめておきましょう。
57℃という最高気温を叩き出した場所でもあり、水分があっても塩辛くて飲めない。
このような経緯から「デスバレー(死の谷)」と呼ばれるようになったのです。
観光シーズンは1月〜3月くらいがいいと言われています。
私なら>>
恋人を亡くしたことを受け入れ、気が済むまで泣いたら、また前を向いて歩いていくと思う。
歩けないほどの悲しみにあるのなら、その場に留まっていてもいいと思います。
ただ、前だけは向いていてほしいと。
辛い境遇にある人に対して、いつも思う事です