P.12: 〜※月?日 日本某所にて・前編〜
私は歩。
旅が趣味の人間である。
旅の相棒は大きな革のトランクひとつ。
気の向くまま、時間の流れるまま、私はどこまでも行く。
そんな旅の途中の話である・・・。
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訪れた土地で、偶然お祭りに出くわした。
訪れた先の土地で何かしらのイベントに出くわすと本当に驚く。
「お祭りは誰もが童心に帰る事ができる」
昔からそう言われているが・・・私も例外ではなかった。
・・・小さい頃、お祭りの日って朝からワクワクしてたよなぁ・・・。
それが偶然出くわしたとなれば、サプライズも加わって、ワクワクドキドキ度数150%ですって!
祭り会場に一歩足を踏み入れると、香ばしい香りと明るい喧騒に包まれる。
移動舞台で演奏されるお囃子。
お祭りは始まったばかりのようだ。
近くにあった、食堂を兼ねた民宿に交渉してみた所、部屋が空いているようなので一泊泊めてもらうことにした。
荷物を置いて、部屋の窓からお祭りの様子を見ていると。
「失礼いたします」
と、控えめにふすまがノックされた。
私が返事を返すと、ふすまが開く。
そこにいたのは、私と歳が近そうな女性だった。
長い黒髪がよく似合う、美人さんだ。
少し危なっかしい手付きでお茶の準備をはじめる。
"えーと・・・。女将さんですか?"
「え?あ、いーえー。違いますよー」
彼女は私の問いに、リズミカルな返答をくれた。
"えーと、じゃあ・・・"
「ここの娘です。両親の手伝いをしてるんですよー。母は今お囃子の本部に出張中です」
娘さんは一度地元を離れて別の仕事をしていたけど、仕事が行き詰っていた事と、やっぱり家業を継ぎたいという思いから、帰郷したらしい。
帰ってきたときのご両親の反応が怖かったとか、笑いながら話してくれた。
「でも、やっぱり小さい頃から両親の姿を見てきたからかなー?って思って」
"なるなる。将来は女将さんですか"
「はいー!まだまだ『女将見習い』ですけどねー」
娘さんは笑顔でVサインを向けた。
そう言われるのが嬉しくてたまらないようだ。
「お婿さんが来てくれれば、なおさら嬉しいんですけどねー。これで4代お店を継げるんですよー」
頬に両手を当て、今にも踊りだしそうな勢いだ。
止めた方がいいのだろうか?
「はー、がんばろ。ところでお客さんは何をされてるんですか?」
"え?私?"
いきなり話しの矛先を向けられて、私は驚いた。
「はいー。何か旅慣れてる感じなんで、もしかして旅行雑誌のライターさん?」
"えーと・・・。似たようなモノです"
返答に困ったが、何度か手記を出した事があるので嘘ではない。
「えーすごい!世界中を飛びまわる女性、かっこい〜!」
"あははは・・・"
私が苦笑していると、階下から娘さんを呼ぶ声が聞こえた。
「はーい。すいません。ちょっと失礼しますね。ゆっくりお祭りを楽しんで来て下さい」
娘さんは一礼すると、ぱたぱたと階段を降りていった。
ふむ。ユリさんね。
きっとこの民宿の看板娘なんだろうな。
階下のお店で、いろんな人から声をかけられてる。
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食堂で海鮮丼を食して、突撃準備OK。
漁港ならではの安さとうまさに納得し、お祭りにいざ突入〜!
今年2度目の屋台めし。
食後のデザートにはリンゴ飴。もちろん特大サイズ。
落書きせんべいに夢中になって、射的でお菓子をごっそりゲット。
飴細工職人の腕に思わず唸り、からから回る風車も目に美しい。
小さい頃に集めていたお面の数々。
喉が乾いたら、かちわりで喉を潤す・・・。
これだから故郷のお祭りは好きだ。
何歳になっても、楽しさが変わらない不思議。
だけど・・・。
今日はちょっと違った。
さっきの娘さんとの会話が頭から離れなかった。
しっかりしていたなぁ。
同じ歳で、ちゃんと将来見据えていて。
私は何をしてるんだろう。
当てもなく、ぶらぶらとあちこちを歩き回って。
ちゃんと将来の事を考えていた?
これからどうやって生きていくの?
いろんな事が頭を巡る。
最初の方はかする程度にしか感じなかったけど、時間が経つにつれ、この思考は重みを増していった。
前方に集中できずに、何度か人にぶつかった。
これはまずい。
少し人混みから離れた。
しゃがみこんだ通路の先には、下町のような裏路地が顔を覗かせている。
こういう所、一度来てみたかったんだよなぁ・・・。
何かに呼び寄せられるように、私は裏路地に入っていった。
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車一台すらも通れない裏路地を、私は歩く。
家々から漏れ出る笑い声。
風鈴の涼しい音色。
時折すれ違う、水鉄砲を持った子供達。
夏の夕暮れを感じさせる、ひぐらしの鳴き声。
裏路地を彩る、真っ赤な夕日。
夕日と影が織りなす、赤と黒のコントラスト・・・
考えを振り切りたくて、私はひたすら歩いた。
東西南北どこを歩いているのか。
どこへ向かおうとしているのか。
何もわからないまま、ひたすら歩いていた。
気が付くと。
私は右も左もわからなくなっていた。
路地裏の入り口も出口もわからない。
軒にぶら下がっていた提灯もなくなっている。
お囃子の音も聞こえない。
林立する家屋の壁には、夕日が差している。
オレンジ色の壁面を時折素早く駆け抜ける、黒い影。
人のようでいて、人にあらず。
影はそんな形をしていた。
きゃはははは!
私のすぐ後ろを、子供の笑い声が通りすぎた。
振り向いても、姿が見えなかった。
形の見えないモノに急かされている気がして、ものすごい焦燥感に駆られた。
小さい頃、道に迷って家に帰られなくなったときの、あの感覚。
妙に赤い景色の中に置き去りにされ、全身に鳥肌が立った。
冷や汗が背中を伝う。
やだ・・・やだ・・・!!
「もしもし」
問いかけと共に肩を叩かれ、私はぎゃっ、と飛びあがった。
私の背後にいたのは、浴衣姿のおじいさんだった。
おじいさんの優しげな目を見た瞬間・・・
私はその場で腰を抜かしたのだった。
To Te Continued...
旅日記シリーズ史上初(大げさ?)。
前後編の作品になりました。
久しぶりに文章を書いたので、かなり粗があるかと思います。
舞台設定等は、後編に書こうかと思います。
もう少し、お付き合いください・・・。