第7節 何処かの誰か
「21番の人〜 」
「はいはい! 俺! 俺!! 」
「元気がいいね〜。沢山食べなよ 」
「おう! 」
マスク越しに笑う調理師のお姉さんから銀のトレーを受け取り、人がならぶ列から離れる。
木のテーブルの隙間でトレーに目を移すと、肉汁が鉄板の上で跳ねるハンバーグが見えた。
香ばしい肉と油の匂いは食欲をそそり、今すぐにでもかぶり付きたい衝動が胸の奥から湧き上がってくる。
「ヤマトさーん! こっちですよ〜!! 」
「んお? 」
不意にユウトの声が聞こえ、ヨダレを啜って辺りを見渡す。
辺りの話し声が多いせいで、何処から声が聞こえたのか分からなかない。
けれどユウトがわざわざ手を振って居てくれたお陰で、席はすぐに見つけられた。
人にぶつからないようテーブルの隙間を通り、ユウトが座る席にトレーを置く。
「よっ、待たせたな 」
「いえ、僕が早かっただけですよ 」
気を使う様に笑うユウトの隣へ座り、さっそく料理を食べようとしたが、隣から黄色い眼光を感じ、食事よりそっちに気がいってしまう。
「……なんか用か? 」
「あっ……えっと、少し聞きたいことがありまして 」
「んじゃ食いながらでもいいか? 肉は熱いうちに食べてぇんだ 」
「はい、もちろんです 」
ユウトが遠慮しているうちに、拳2つ分くらいあるハンバーグの真ん中を切り、その片割れにフォークを突き刺す。
白い湯気に息を吹きかけ、少し冷めた肉を口の中へと押し込むと、熱さと美味さが一気に広がり、多幸感が口から胃へと流れ落ちた。
(うめぇ…… )
続けざまにもう1つの肉へとフォークを突き刺し、それを口に押し込もうとした瞬間、ユウトから優しい微笑みを向けられている事に気が付いた。
「えっと、てか聞きたい事って? 」
「えっ……あっ! す、すいません。あまりにも美味しそうに食べてるので…… 」
頬を赤らめて慌てるユウトは、どう見たって女にしか見えないが、そこを気にすると話が進まない。
とりあえずハンバーグを口に押し込み、喉から出かかった言葉を腹に戻す。
「それでえっと……聞きたい事なんですけどね。ヤマトさんって、僕に嫌悪感とか抱かないんですか? 」
「…………んぐっ。なんで? 」
「だって僕……ケルパー王国の貴族ですよ? 」
(あー、なるほど )
唐突な問いに少し動揺したが、その一言だけで……ユウトが気にしてる事をすぐに理解できた。
「……んじゃもしさ、お前を嫌ってるって俺が言ったらどうするつもりなんだ? 」
「……そう言われたのなら距離を置こうと思ってます。無闇に溝は作りたくありませんから 」
「そっか 」
誠意のこもった気品ある表情は、言葉に嘘はないと物語っている。
そんな表情を向けられれば答えはすぐに決まり、両手に持ったフォークとナイフを置いて口角をあげる。
「別に気にする事ねぇよ。国同士が戦争してるからって、国民が不仲で居ろなんて法はねぇ。てか俺は……そういう考えを持ってる奴とは仲良くなりたいと思ってる。お前が不仲で居たいなら別だけどな 」
「いえいえ! そんな事は思ってませんよ!! 」
「んじゃま、これからは友達だ。改めて……5年間よろしくな、ユウト 」
「っ……えぇ。5年間だけですが、よろしくお願い致します 」
ユウトに右手を差し出すと、その手は力強く握りしめられた。
こちらを見つめるユウトの顔は涙ぐんでいるようにも見え、どうも気まずくなってしまう。
(ほんとコイツ……気の毒なほど優しいな )
握られた白い手を離し、気まずさを紛らわそうとパンをかじった瞬間、ある存在を忘れている事を思い出した。
「んぐ。そういやユウト、ハルトは何処だ? 」
「あれ? 言われてみれば確かに…… 」
何処かへ行ったハルトを見つけようと、2人して当たりを見回す。
人混みでも目立つ黒髪と幼い顔のせいで、トレーを持つハルトは簡単に見つかったが、その場所は窓辺の長椅子の上だった。
「何してんだあいつ? 」
「日向ぼっこ……ですかね? ちょっと迎えに行って」
「いや俺が行くわ。ユウトは飯でも食ってな 」
ユウトが椅子を引く前に立ち上がり、さっさと窓辺に座るハルトの方へと走る。
「おーい、何してんだ? 」
「……… 」
「ハルト? 聞こえてんのか? 」
「………? 」
声が聞こえたのか、ハルトは黒い目をこっちに向けてきた。
けれどその目線は俺ではなく、何処か遠い所を見つめている。
「誰? 」
「寝ぼけてんのか? ヤマトだよ 」
「……あぁ、お前か。何処に居るか分かんなかった 」
「何処にってお前、ずっとあそこに座ってたぞ? そんなに俺ら特徴ないか? 」
「いや、こっちの問題だ。単に人の顔が覚えられないだけ 」
ため息混じりにそう語られるが、そんな事を言われたこっちとしては、気まずいったらありゃしない。
だがほっとく訳にもいかず、ハルトが人波に飲まれないように手首を掴み、ユウトが待つ席へと腕を引く。
「あれ……お二人共、いつの間に仲良くなったんですか? 」
「あー……まぁそう見られるよな。ほいハルト、適当に座ってくれ 」
「分かった 」
淡白な返事を返すハルトに席へ着くよう促し、周りに聞こえないよう、パンをちぎっているユウトに耳打ちをする。
「あいつ人の顔が覚えられねぇんらしいんだ。だから最初に話す時は名乗ったりしてやってくれ 」
「あっ、分かりました 」
予想はしていたが、気の利くユウトはすんなり俺の言葉を受け入れ、パンを置いて耳打ちなどなかったように振舞ってくれた。
後は俺が気を使えば、ハルトが自分の負い目をわざわざ説明しなくても済むだろう。
「えっと……ユウトです。それでは3人揃った事ですし、親睦会を始めましょうか 」
「そだな。んでユウト、親睦会って何すんの? 」
「えっ、知らないで始めようとしたんですか? 親睦会というのは他者との交流を図るものでして、まぁ……ワイン片手に自慢話や経営が順調かどうかを話したりしますね 」
「えー……じゃあ俺らする事ないな。自慢話できるほどの経験はねぇし、まだ距離感よく分かんねぇし 」
「そう……ですね 」
聞きかじっただけの親睦会は始まる事は無く、ただ食堂で食事をするだけの時間になりそうなだなと思っている中、不意に……ハルトの隣にトレーが置かれた。
「よぉ、ここ座るぞ 」
最近聞いたことのある声。
それがアイツであると分かった瞬間、変な声が口から溢れてしまう。
「げっ、リュークかよ 」
「おうリュークだぜ、ヤマト。お前俺のこと苦手なの? 」
「いや苦手っつうか……最後のあれがな 」
率直に聞かれた言葉のせいで変に口ごもってしまうが、席に座ったリュークは何かを理解した様にケラケラと笑い始めた。
「ハッハッハ、そりゃあ嫌われるわな。だって俺、アルベが止めなかったらお前殺す気だったもん 」
「うぇぇ、やっぱりか 」
すぐにでも脳裏に浮かぶ、リュークとの戦闘。
と言ってもこっちが殴り続けただけの戦いだが、リュークが最後に放とうとした攻撃は、明らかに殺意がこもっていた。
しかもあれには、ガードしようが後ろに飛ぼうが確実に死ぬと断言できるほどの圧があった。
(……どうやったら勝てっかな )
「そういやこいつ、そんなに強いのか? 」
次リュークと戦う時、どうやったら勝てるかと考えている中、ずっと黙っていたハルトがそう声を漏らした。
「いや待て待て、お前マジで知らねぇの? こいつを知らねぇ方が稀だと思うが…… 」
「知らない 」
(あぁうん! こいつそんな奴だったわ!! )
無知過ぎる奴を相手すると、一周まわって笑顔になるんだなと思ってしまう。
けれど無視もできず、ハルトでも分かりやすいような説明を始める。
「そだなぁ。『天陸宇下第3位』っても分かんねぇだろ? 」
「あぁ 」
「んじゃ全生物の中で、上から3番目に強いって覚えてりゃいい 」
「ふーん、こいつそんなに強いんだ 」
「あぁ! だから言ったろ? これでも強い…………って 」
俺の説明を聞いてか、リュークは喜ぶような素振りを見せたが、ハルトの無表状な顔を見るや否や、その蒼い眼は鋭くなった。
それは何かを懐かしむような……何かを憐れむような眼で、リュークは長い右手をハルトの頬に添えた。
「お前にその眼は……似合わねぇよ 」
意味深な言葉と共に、灰の様な臭いが鼻に入り込むと、ハルトの眼の色が変わった。
文字通り、黒から紫へと……
「……んっ? リュークか? 」
「おぉ、そうだぜ。意識はハッキリしてっか? 」
「……多分。あと気持ち悪い、触るな 」
「ハッハッハ、すまんな 」
(……??? )
ハルト達のやり取りを最初から見ていた筈だが、終始内容が分からないまま話が終わり、手を弾かれたリュークは何事も無かった様に料理を食べ始めた。
が、こっちとしてはまるで恋人……いや家族みたいな距離感でいる2人が、奇妙を通り過ぎて不気味で堪らない。
「えっと……お二人方は昔からのお知り合いなんですかね? 」
(ナイスユウト!! よく聞いた!!! )
異色な雰囲気に呑まれず、今一番聞いて欲しい事を質問してくれたユウトへ内心ガッツポーズを決めたが、2人はお互いに指先を向け、全く同じセリフを返してきた。
「「今日会ったばっか 」」
(よし飯食お! )
一周まわって面倒くさくなったハルト達を置いて、少し冷めたポテトとパンを口に放り込むと、ユウトはパンを……リュークは少し周りを確認してから、ビーンズカレーを食べ始めた。
全員が咀嚼してるためか、口数は一気に消え、周りの話し声が聞こえるようになった。
だがそんな中、1人だけ食事に手を付けていない奴がいた。
「あー……ヤマトだが、お前飯食わねぇのか? 」
「飯? 」
ハルトは俺の言葉に反応し、魚の串焼きに目を落とした。
しばらく何かを考えた後、ハルトは魚を頭から丸かじりして咀嚼を始めたが、突如として顔を青くさせ、勢いよく咳き込み始めた。
「ゲホッゲホッ!! うっ……ゲホッ!!! ゴホッ!! 」
「おまっ、大丈夫か? 」
「だいじょゴホッ! ェッ……ゲホ!! 」
むせ方で誤嚥してると分かり、慌てて自分の水が入ったグラスを渡す。
グラスを受け取ったハルトはすぐに水を飲み込んだが、今度は水が気道に入ったのか、さっきより苦しそうにむせ始めた。
「お前さぁ、なんで飲み込むの下手なのに魚貰ってきたんだよ 」
「食ったことゲホッ!! ……なかったから 」
「だからって無理すんなって。死ぬぞ? 」
(なんかこいつ、飯食ってるだけで死にそうだな…… )
リュークから背をさすられるハルトは、咳き込み過ぎたのか涙を流しており、喉を抑えて苦しむ様は毒でも盛られたみたいに見える。
そんなハルトを心配ながらも、内心ではこんな事を考えてしまう。
(こいつと5年間、やってけっかな…… )
けれど心に漏れた弱音は、酷く咳き込む音によって掻き消されてしまった。




