第6節 ここから……
「……お昼寝したい 」
窓から差し込む日差し。
それが暖かくて心地がいいから、歩くたびに睡魔がやってくる。
(寮……部屋の番号ってどこだっけ? )
朧気な記憶をかき分け、覚えていた『27』という数字を探していると、しばらく歩いてやっとその扉を見つけた。
すぐにその扉を開くと、中には本を読んでいる誰かが居た。
それは長い緑髪を胸に抱く、顔も仕草も女っぽい男。
けれどその目は驚くように見開いていた。
「えっと……何か用ですかね? 」
「……… 」
「あのー? どうかしましたか? 」
「寝る 」
「へっ? 」
床に寝そべると、冷たい木が心地よくてすぐに眠たくなってきた。
「……えっ、本当に寝てるの!? 」
「……… 」
「……待って待ってめちゃくちゃ怖いんですけど!? なに!? なんなんですかほんと!!? 」
「おーす邪魔するぞ〜……あっ? 早速人殺しか? 」
「いや違いますよ!!? というかあなたたち誰ですか!!? 」
耳にひびく大声のせいで、頭の中がガンガンする。
普通にイラつくし、めんどくさいし、寝たいし、寝たい。
(うるさい……殺すか…… )
「俺はヤマト・ホルテンジエ! ロジー王国の『ゲシュペンスト』だ、今日からお前らのルームメイトな!! 仲良くしようぜ!!! 」
「ロジー……ですか 」
「……? 」
男は読んでいた本を閉じ、ヤマトをじっと見つめているが、当の本人はなにも気にしないようにケラケラ笑った。
「で、お前は? 」
「あっすみません、自己紹介が遅れました。僕はユウト・カイナ……ケルパー王国の貴族です 」
「貴族……なるほどな。まっ、よろしく頼む 」
「はい、こちらこそ 」
(カイナ? )
ぎこち無く笑い合う二人はどうでもいいとして、ちょっと気になることがある。
カイナは確か、腕を意味する言葉なはずだ。
それを名前に組み込むなんて、少し珍しい。
「んでおめぇの名前は? えげつねぇ魔術ぶっぱなしてたから気になってんだよ!! 」
「……… 」
「おっ、無視か? 」
「……? 」
「寝てるお前の聞いてんだぞ? 」
「あっ、俺か 」
とりあえず体を起こすが、自己紹介と言うのがなんなのか分からない。
「何を言えばいい? 」
「名前とか出身国とか……だなぁ 」
「ハルト・ディアナ。出身は『人国』……それだけ 」
「「えっ!? 」」
自己紹介とやらをしただけなのに、ヤマトとユウトは肩を組んで向こうを向いてしまった。
「人国ってあれか!? 無法地帯、死体製造国みたいな場所か!!? 」
「でもなんか納得行きましたよ!? あの世間知らずというか、ヤバい空気は!! 」
二人は小声だが、ここまで近いとバリバリに話の内容が聞こえている。
その丸聞こえの内緒話を聞いてると、二人は作り笑いでこっちに振り返った。
「あー……うん、聞いた俺が悪かったな 」
「そうか 」
気まずそうにガリガリと髪を搔くヤマトを無視して、眠ろうとする。
だが今度はユウトに肩を叩かれ起こされた。
「あの……あなたって一体なんなんですか? あの魔術はいったい…… 」
「『詠唱魔術』、語った現象を顕現させる……これでいいか? 寝たいんだが 」
「待て待て寝んなって。俺もお前に興味があんだよ! 」
「うるさい 」
ヘラヘラ笑うヤマトの顔面を殴る。
しっかりと重さを乗せた拳なはずだが、ヤマトは無傷。
しかもヘラヘラと笑っている。
「いい拳じゃねぇか!! やっぱおめぇ強いな!!! 」
(……? 殴った感覚が人じゃねぇ、というか硬い )
「まぁ今は殺し合いしたい訳じゃねぇ。単純に質問がしてぇ 」
そう言われると、急にヤマトは抱きついて来た。
「お前そんなに強いのによぉ、なんでここに来た? 破滅願望でもあんのか? 」
「……どういう事だ? 」
「とぼけんなよ、魔法使いになる意味なんてねぇだろ 」
「いや、本当に知らん 」
「……ん? いやいやそんな訳 」
「俺、逆推薦で来たからこの学校のことなにも知らん 」
「……逆推薦!!? いやぁ、あんだけの魔術持ってたらそうなるか 」
ヤマトは驚いたように眉間にシワを寄せる。
が、こっちとしては何がなんだか分からない。
「えーっと、僕が魔法使いについて説明しましょうか? 」
「あぁ 」
首をひねってると、ユウトがそう話しかけてきた。
「では失礼して。まずこの学園、『ヘレダント』は世界唯一の魔法学校であり、ここを卒業したものを『魔法使い』と呼びます。魔法使いは基本、色んな国に雇われたり、危険地帯に行ったりするのですが……ちょっとでも命令に逆らったりすると、基本的に殺されますね。だからヤマトさんが心配してるのは……魔法使いが不自由な仕事だからです 」
「……? じゃあなんでお前らはここに居るんだ? 」
「……っ! ふざけ」
「よぉしお前ら!! 飯食いに行こうぜ〜!!! 」
急に腕を回され、ヤマトから肩を組まれた。
そのせいか、拳が放たれる前にユウトは止まった。
「暑苦しい 」
「あんま首突っ込んでやるな。殺し合いは好きだけど喧嘩は嫌いだ 」
「……? 分かった 」
「よーし!! じゃあ食堂行こうぜ〜、ここの飯もうめぇかなぁ!!? 」
あえて大声を出すようなヤマト。
それに渋々着いていくユウトと一緒に、部屋を出る。
「すみません、ヤマトさん 」
「ん、何がだ? 」
「いやさっきの……いえ、なんでもありません 」
「あぁ、何も無かったよな 」
(……誰だコイツら? )
親しげに笑う二人。
その見覚えのない二人に首をひねってると、白髪の男が不思議そうに近付いてきた。
「おうどうした? 腹いたか? 」
「……誰だ? 」
「えっ? ヤマトだけど……大丈夫か? 」
「あぁヤマトか、ごめん 」
謝りながらも、とりあえずヤマトの胸元に顔を埋める。
そして匂いを嗅いでいると、困ったような声とともに、顔を引き剥がされた。
「えぇっと……どした急に? 」
「臭い嗅いでた 」
「お……おぉそうか!! 聞いた俺が悪かったな!!! 」
変な震え声とともに、ヤマトは素早く振り返った。
その瞬間、小さな弱音がたしかに聞こえた。
『こいつと五年、やってけっかな…… 』




