第4節 再開
広場を静寂がつつむ中、アルベの腕を振りほどく。
「急になんだ? 」
「ん? あぁごめん、すこし感極まったというかね 」
かがみ込むアルベと目を合わせる。
青い目……宇宙のような瞳と。
それを見ていると、頭の奥にパキパキとした頭痛が走る。
「……どこかで会ったことあるか? 」
「いいや、初対面だよ。それとも私によく似た人にでも会ったのかな? 」
白々しく笑うアルベから、また頭を撫でられる。
すると頭痛は引き、頭の中がバラバラになるような感覚に襲われる。
(……何を考えてた? )
「これでよしっと 」
よく分からない感覚に襲われる中、今度は頭が割れるような爆音がひびいた。
(なんの音!? )
「おー……派手だね 」
ズキズキと痛む耳をおさえ、爆音の方に目を向ける。
そこには長い赤髪の女がいた。
その右手からは赤い雷がはじけ、青いオーロラが地面に広がり、その中心にあるクリスタルには『9641』という数字が出ている。
「へー、彼女には期待できそうだね 」
(……なんでこっちを見てるんだ? )
口を隠しながら笑うアルベと、じっとこっちを見る、桜色の目をした女。
その二つに首を傾げていると、背後から飛んできた拳がアルベの顔面をえぐり、また人が吹き飛んでいった。
「なぁリューク、お前らは殺し合う趣味でもあるのか? 」
「……これで死んでくれた楽なんだけどな 」
いつの間にか背後にいるリュークは優しく笑い、頭を撫でてきた。
(よく頭を撫でられるな……嫌じゃないし心地いいけど )
「なぁハルト、お前はあれに攻撃しないのか? 」
撫でられる心地良さを感じている中、ふいにそんな事を聞かれた。
「別にいいけど、俺の魔術って広範囲攻撃だぞ? ここら中の人間、全員巻き込むことになる 」
「気にすんな。あのクリスタルは魔術を吸収してくれる、思い切りぶっぱなしても問題ない 」
「……そうか。じゃあやってくる 」
手の内を見せるのはアレだが、この魔術の有用性を示せればもらえる金も増えるはずだ。
金はいくらあってもいい。
それがあれば美味いものが食える、薬を買える、雨風しのげる家が買える、不要なトラブルを避けられる、死ぬリスクを減らせる。
金があれば……普通に生きられるんだ、
「すぅ 」
誰もいないクリスタルに手を伸ばし、ノイズが走る脳から言葉をつむぎだす。
「目覚めはまばゆく、衰退は暗く。ある者は光をもとめ、ある者は罪をもとめる 」
脳からはブチブチと悲鳴が聞こえ、記憶にない映像が心に溢れていく。
「すすり泣くは暗きの湖、水面に沈むは魂の火。けれども彼女らは終わりの果てに、希望を見つめる 」
いつからか手のひらにある、青と赤の小さな炎。
それが混じり合い、黒い炎となると、世界そのものが震えはじめた。
「人ならぬ手で人にすがり、人ならぬ足で人道を歩み、死が待つ輪廻の果てを……狂い、迷いて、巡りゆけ 」
詠唱が終わるとともに、黒い炎は収縮し、弾けとぶ。
その余波は世界をえぐり、クリスタルはすべて砕け散った。
「……それが『詠唱魔術』か、やっぱすげぇなぁ〜。俺の一撃でもこうはならねぇよ 」
いつからか背後にいるリューク。
その目線の先には見たことの無い光景が拡がっていた。
えぐられた地面には底が見えず、割れた空からはポロポロと青い破片が落ちている。
その隙間から見える宇宙は、どこまでも果てがなく、気を抜くと吸い込まれてしまいそうだ。
「なんだあれ……次元がちげぇ 」
「すげぇな、『天陸宇下』レベルじゃねぇか 」
「ハハッ、ゲシュペンストじゃなくて人間がそんなことをしますかぁ 」
「……うん、相変わらず綺麗だ 」
(相変わらず? )
棒立ちの生徒たちから気になる声が聞こえた。
それに振り返る間もなく、リュークは手を叩いて視線を集めた。
「よしお前ら、見たいもん見れたしもう帰っていいぞ。今日の授業は終わりだ 」
(……まぁはやく帰れるのはいいな )
めちゃくちゃだが正直ありがたい。
あの魔術を使うと、死ぬほど疲れてしまうからな。
「でもお前は残れ 」
「……なんで? 」
「まずはその腕治してもらってこい 」
「腕? 」
指さされた右腕を上げてみると、その肘から先には何も着いてなかった。
しかも腕の断面は、焦げてるのか壊死してるのか分からないほど損傷している。
「……あっやべ、服焦がしちまった 」
せっかく作ってもらった服が焦げた。
腕を失うよりも、正直そっちの方がショックだった。