第31節 現実
「あー…………気持ちぃな 」
下半身が壊れ、地を這う人間。
頭が砕け、力尽きる人間。
潰された喉をどうにかしようと悶え苦しむ人間。
そんな肉どもの上で快楽に浸ってると、死にかけの人間がなにか喋っていた。
「どんな魔術……あんな…… 」
「俺の魔術か?『 血楽魔術』っていう痛みを快楽に変えるもんだ 」
「それだけで……なぜ…… 」
「快楽を感じると体温はあがんだよ。人間なら限界があるんだがゲシュペンストなら別。体温が50度を超えても生存できるし、その心拍と血圧にも耐えきれる。結果、身体能力が爆上がりっていう単純な話だが……もう死んだか 」
動かなくなった人間にため息を吐き、血の上でへたり込む、ピンク色の髪をした少女へ気さくな声をかける。
「よっ、大丈夫か? 」
「ヤマト……ホルテンジエさん? 」
「あぁ、なんでお前も名前しってるんだ? こいつらも知ってる風だったが 」
首に枷をはめられて少女と目線を合わせ、静かにそう聞いてみる。
すると少女は恥ずかしそうに笑った。
「あはは……あなたは有名ですからね。ゲシュペンストの話になれば、ヤマトさんの名前はよく聞きます 」
「なるほどな 」
頷きながらも枷に手を伸ばす。
けれどその手は弾かれ、少女の赤い瞳からは涙が流れはじめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……この枷は人間を守るための物なんです。だから外さないで…… 」
「……… 」
「ほんとおかしいですよね!! 人を傷付けたくないのに殺したくて堪らないなんて。この人たちは大好きなんです! 私を守ってくれたから!! でもあなたを恨んでないし、この人たちが死ぬざまを見ててもおかしくて堪らないんですよ!!! あはは……はは……どうして普通に……人と生きられないんでしょう? 」
「……さぁな 」
叫ぶように笑い、絶望するように涙を流す少女。
その両腕はすでに崩れ落ち、黒いヘドロが垂れ流しになっている。
(もう……崩壊しかけてるのか )
長いこと欲求を押さえ付けていたんだろうな。
人の形を保てなくなってる。
(ヒカゲなら治せ……いや )
「どうして人を愛する心があるんですかね? どうして人を傷付けたい欲求があるんですかね? どうして私たちは人と似たような姿をしてるんですかね? どうして私たちは……私は……生まれて」
「なぁ 」
自分の心臓を指先で貫き、引き抜いた指先で少女の心臓も貫く。
「……へ? 」
「……ゲシュペンストはな、心臓を潰されたくらいじゃ死なねぇ。でもお前はこれから死ぬんだ。だからお前は……人間だ 」
「わだし……が? 」
「あぁ、俺みたいなのがバケモンで……お前は人。ただ人との出会いに恵まれなかっただけの人間なんだよ 」
「そう……なんですね…… 」
我ながら下手くそな嘘だなと呆れてしまう。
けれど少女は……安心したように目を閉じた。
「ふふっ……そうなんですね。なら……なら!!! 次は……優しい人間に……出会いたい、です……………… 」
「あぁ、きっと出会えるだろうよ。目が覚めたらきっとな 」
「……………… 」
どこか儚げに笑う少女、指先に伝わる鼓動はもう止まっている。
「さて……生き残ったお前はどう思った? 」
「っ!? 」
死体のふとんを蹴り飛ばし、その下に隠れていた金髪の女を見下してみる。
そうとう怯えてるらしい。
手足は震え、唇まで青くなっている。
「な、なによ……殺さないの? 」
「ちょっと聞いてみてぇ事があるんだわ。お前……さっきの少女を見てどう思った? 」
「どう……って? 」
「同じ学年くらいの女がさ、精液臭かったんだぞ? まして両足を折られて首輪まではめられてよォ、可哀想だと思わないのか? 」
「……なんでゲシュペンストを可哀想だと思うのよ? 」
「はぁぁ……聞いた俺が悪かったな。とりあえずお前殺すわ 」
怒りというか、呆れてしまった。
こういう奴が生きてるから世界はなにも変わんねぇだろうな。
「頭おかしいんじゃない!!!? 物を物として使っただけで殺されるなんてただのりぶっ」
うるせぇ女を踏み潰す。
けれど胸には、穴が空いたような感覚が残っている。
「ハハッ!! 穴は物理的に空いてたな…………はぁぁぁ、次だ 」
から笑いをし、ため息を吐く。
ゲシュペンストを保護してくれる人間。
そんな居るかも分からないやつを探しに、学園中を手当り次第に捜しまわる。
けれど探す度に……現実を目にした。
「物として使ったんだ!! それだけでなぜ殺されないどッ」
「……次だ 」
人間どもの死体の上で髪を掻きむしる。
「ゲシュペンストには枷がないんだぞ!? そんな危険な物を排除するのはとうぜッ」
「……次 」
クソみたいな人間を殺す。
「助け……助けて……足の感覚がないんだ……目も見えないんだ……助けて…… 」
「……あぁ、助けてやる 」
死にかけのゲシュペンストを殺す。
「殺してくれませんか? もう……人の汚い部分を見たくない……理想を抱いたまま……死にたいんです 」
「……分かった。目を閉じてろ 」
殺してと頼むゲシュペンストの頭を潰す。
「なんでだよ!! なんで物を壊したくらいで仲間を殺したんだよ!!! コイツらはなにもしてッ」
「うるせぇよ 」
当たり前のようにゲシュペンストを殺した人間どもを殺す。
殺す、殺し尽くす。
でもなにも変わらない。
探しても探してもゲシュペンストを保護してくれる人間は見つからず、増えるのはポイントと死体だけだ。
(チッ……二年は全滅か )
覚悟はしていたが、人間とゲシュペンストの関係は思ってたより悪い。
というかヒカゲとハルトが異常なだけで、俺たちを奴隷以下と思ってる人間が普通なんだよな。
(まぁヒカゲは上手くやってるだろうし、俺も頑張らなきゃなぁ )
「失礼します!!! すこしよろしいでしょうか!!!! 」
ベンチで休憩していると、すげぇ声が前から聞こえた。
顔をあげれば、見覚えのある灰色の髪が見える。
そいつは敬礼しており、その顔には……めちゃくちゃに明るい笑みが張りついていた。
「えぇっと……たしかお前、サクラにボコられてた 」
「はい!! ワミヤ・セキリョウであります!!! ヤマト様に用事があって参りまし
た!!!!! 」
「とりあえず声を抑えてくれ。うるせぇ 」
「申し訳ございません! 」
たしかに声量は抑えられているが、耳が痛くなる程度には声がでかい。
……つーかなんの用だ?
「んで用事って? いま返り血まみれだから手短に頼みたいんだが 」
「自分は『犯穢の悪魔』の一員であります!! なのでヤマト様を殺しに来ました!!! 」
「……ハハッ、本当に手短で助かるわ 」
指の骨を鳴らし、敵を笑いながら睨みつける。
けれどワミヤは何もせず、ニッコニコなまま動かない。
「……殺しに来たんじゃないのか? 」
「その予定だったんですけど貴方に興味が湧きました!! という訳で反人間軍抜けます!!! なので守ってください!!!! 」
「…………はい? 」
まるで会話が成立しないワミヤのせいで、頭がうまく回ってくれない。
殺しに来ました、抜けました、守ってください。
話に一貫性が無さすぎて意味不明すぎる。
「えーっと……何に興味を持ったんだよ 」
「あなたの生き様です!!! 」
「生き様? 」
「はい!! ゲシュペンストでありながらゲシュペンストを殺し!!! ましては人間を愛してると豪語しながら反人間軍以上に人を殺し回ってるその行動!!!! あまりにもイカれすぎてて…………あなたがどこに行き着くか、見てみたいのです 」
ワミヤは笑っていた。
どこまでもさわやかに、まぶたが裂けるほどに目を見開いて。
「……イカれてる自覚はあるけどよぉ、それに興味をもつお前もイカれてんな 」
「はい!!! 自分もイカれているであります!!! 」
狂った同族がいる。
ただそれが嬉しくて、頬がつり上がってしまう。
「ところでヤマト様は何を目的に動いているのでしょうか!!? 」
「俺? 単純に、ゲシュペンストを保護してくれる人間を探してんだよ 」
「ではどうして人間を殺しているのでしょうか!!? 」
「……欲求を満たすためだ 」
「ヤマト様はバカなのでしょうか!!? そんなことをしたら人間と会話なんて出来るわけありませんよね!! 」
「……うん? 」
ワミヤの言ってることは正しい。
だがいきなり馬鹿と言われたせいで、納得よりも怒りが湧き上がってくる。
「……んじゃお前にいい案はあんのか? 」
「それはあなたで考えてください!! 自分ができるのは情報提供くらいです!!! 」
ワミヤは腕にまいた金のブレスレットにスイッチを入れた。
すると薄い青色の光が浮かびあがり、その中を四色でわけられたマーカーが動いていた。
「生印魔具か? つーかこれって……ヘレダントの地図? 」
「はい! そしてその状況ですね!! 緑色が反人間軍!!! 赤いのがゲシュペンストにたぶん友好な人間!! 黒はゲシュペンスト狩り!! 白は無所属の人とゲシュペンストです!!! 」
たしか生印魔具は、生物にマーカーをつけてその場所を把握してくれるというものだった。
マーカーをつけるにはその生物に接触するという手間がいるはずなのに、ここまで細かに分別されているとなれば、相当な時間をかけたはずだ。
「すげぇな……ん? いや待て、なんでお前がこんな情報を持ってんだよ? 」
「自分は反人間軍の偵察担当であります!! なので殺戮部隊が動きやすいようにマーカーをつけるよう命じられていたのです!!! 学園中移動しまくりでめちゃくちゃ大変でした!!! 」
「あー……だから俺にも赤いマーカーがついてんだな? 反人間軍の敵だから 」
「はい!!! 」
(どこまで信用していいかしらねぇけど……情報は貴重だな )
ワミヤから魔具を受けとり、色々と調べてみる。
すると意外な情報が大量に見つかった。
まず反人間軍ってのはかなり少数だ。
あっても200そこら。
これから増える可能性もあるが、そこまでの規模がないことにほっとしてしまう。
ゲシュペンストに友好な人間を示す、赤いマーカー。
それは反人間軍よりも圧倒的に少ないが、しっかりとそれが反応を示しているのが嬉しくてたまらない。
だが気になるのはチラホラ見る黒いマーカーだ。
「なぁ、ゲシュペンスト狩りってなんだ? はじめて聞いたんだが 」
「先日くらいに『天陸宇下』のツムギ・コナエルとシグレ・アオギが結託しまして!! 学園のゲシュペンストを殺戮すると声明を出したんです!!! 」
「……かなりやばくねぇかそれ? 」
「はい!! めちゃヤバです!!! 仲間が数百人突っ込んで速攻でぶっ殺されてました!!! しかも数百人の卒業生も居ますからね!!! 国を落とすレベルの軍隊です!!!! 」
ツムギっていうとたしか……ゲシュペンスト嫌いで有名な人間だ。
年齢は60を超えるにも関わらずヘレダントに入学し、天陸宇下の1人でもあるのに、力を追い求める異質な人間。
(卒業生も色々やべぇけど……問題はあっちか )
『花紬』の二つ名を持つ、シグレ・アオギ。
会ったことは無いが、それなりにヤバい噂を聞いている。
16歳でヘレダントに入学し、その時の卒業生を全員半殺しにしたとか。
獣を素手で惨殺し、その血を大量に飲み干したとか。
やべぇ植物の肥料に人肉を使ってるとか。
体調が2m超えてるとか。
その中で群を抜いてヤバい噂は『天陸宇下殺し』。
たしか自分より上位の25位から30位を殺害し、かなり問題になってた話だ。
(ヒカゲのやつ……大丈夫か? )
「どうしました!? 眉間にシワが寄ってますよ!! 」
「あぁわりぃ、考えごとだ。情報はかなり助かった 」
「いえいえ!! それよりこれからの予定は決まりましたか!? 」
「とりあえずツムギ達を避けながら、友好な人間と接触して行きてぇんだけど……手当り次第はやりたくねぇな 」
赤いマーカーたちのどれもが、人気のない場所で止まったりウロウロしたりしている。
身を隠すためだろうが……そのせいで全員に接触となれば莫大な時間がかかっちまう。
「なぁワミヤ、赤いマーカーをつけたやつでめちゃくちゃ強い人間は居たか? 覚えてるかぎりで教えて欲しい 」
「なら飛びっきりに強い人が居ましたよ!!! 」
「てーと? 」
「セシル・カイバさんです!!! 」
「……セシルってあのセシルか? 」
「はい!! 21位のあのセシルです!!! 」
(あー……たしかにアイツならゲシュペンストは守ってくれそうだな )
急に知ってる名前がとびだし、思いっきりため息が出てしまう。
普通にアイツとは会いたくないが……四の五の言ってられねぇか。
「ため息ですか!? 情報が気に入らなかったのですか!! 」
「いや……セシルとはロジー王国の知り合いだ。居るとは知ってたけど……こんな所で名前は出て欲しくなかったな 」
「なら行き先は決まりましたね!! 知り合いなら交渉もうまく行きますよ!!! 」
「あぁ、とりあえずセシルと接触するか 」
(交渉は簡単だからなぁ……あとはどう逃げるかだけかん)
『そんな時間はないよ』
「っ!? 」
背後からどこからかエリカの声が聞こえた。
(なんの声!? 時間!? つーか……エリカって誰だ? )
急に思い浮かんだ誰かの名前。
なのにそいつに関しての記憶がなにもない。
(エリカ……? なんか聞き覚えが…… )
何度もその名をつぶやく中、嫌な予感が背筋をのぼった。
「どうかしましたか!? そこには誰も居ませんけど!! 」
「…………行き先変更だ。今から反人間軍を壊滅させに行く 」
「なぜでしょうか!!? 」
「今アイツらをほっとくのは不味いっていう勘だ。けど……俺の勘は嫌なほど外れてくれねぇんだよ 」
魔具を展開し、緑色のマーカーが集中する場所を確認する。
学園の地下にある死体安置所……そこが次の目的地だ。




