第三節 鬼
(間に合うのかこれ? )
全速力で森の中を走る。
ヘレダントは都市の最北部にあると聞いた。
とりあえず太陽で方角を確認し、その方向へ足を全力で回転させる。
「忙しそうだな!! 」
風が渦巻く音の中で、真横から声が聞こえた。
その方に顔を向けると、そこにはさっきの赤髪の男が居た。
「そういやあんた誰だ? 」
「俺? リューク・リンネ。この学校で新入生の教師してる 」
「ならなんでここに? 」
「サボった!! 」
(こんな奴が教師でいいのか? )
「俺強いからな〜、サボってもなんとも言われねぇんだよ 」
「ん? 」
すぐにリュークを睨みつけるが、本人はにんまりと気持ち悪く笑っていた。
「どうした? 心が読めるってのはそんなに珍しいか? 」
「あぁ、そんな奴は見たことがない 」
「…………そうか。まぁそう言う魔法ってことだ 」
「あー魔書の魔法か、便利だな。てうぉ!? 」
急に腰を捕まれると、そのまま抱えあげられた。
間近にあるリュークの顔はご機嫌そうに笑っている。
「運んでやる! 俺の方が速いからな!! 」
「……そりゃどうも 」
抱かれている現状にすこし困惑するが、運んでもらえるのなら楽でいい。
しかも俺の3倍ほど、リュークの足は速かった。
(…………ねむ )
急に眠くなってきた。
何だか分からないが……ねむい。
そのまま目を閉じると、スっと意識は溶けていった。
ーーーーー
(……やらかした )
気がつくと熟睡していた。
起きたときにはもう、入学式とやらは終わっていたらしい。
(とりあえず教室とやらに行くか )
てくてくと廊下を歩き、『23』と書かれた扉を開ける。
すると無数の目線が俺に集まった。
それはどうでもいいが、すこし困ったことがある。
(席はどこだ? )
「どうしたんだい? 」
キョロキョロと辺りを見渡してると、一番前の席から声をかけられた。
そいつは細い紫色の髪をした女だった。
「俺の席はどこだ? 」
「ここは自由席だからねぇ、適当に座っていいよ。ハルト 」
「……そうか 」
そいつの隣を通りすぎ、1番後ろの席に座る。
(……ん? なんであいつ俺の名前を? )
首をかしげ、後ろからあの女を見下ろす。
そうしてると全員の髪がよく見える。
(……あれ、黒い髪は俺だけか? )
辺りを見渡しても、黒い髪は自分だけしかいない。
それが原因か、すこし自分が浮いてるように思えてしまう。
(あとで髪染めるか )
「よォよォよォ!! 待たせたなー 」
そんな事を思ってると、教室の扉が開いた。
そこから入ってきたのは、赤い髪をした男、リューク・リンネだった。
「俺がお前らの担任な〜。んで今から外に行くぞ〜、お前らの実力が知りたい 」
めんどくさそうに髪を掻きながら、リュークは教室から出ていった。
(……何しに来たんだアイツ? )
心の中で小さくツッコミを入れてると、周りの生徒たちはゾロゾロと外にではじめている。
それに着いて行き、リュークが待つ中庭のような場所へ移動した。
その隣には、虹色に光るクリスタルが浮いている。
「はいちゅうもーく。知ってるやつもいるだろうが、これに攻撃すればその威力が数字として出てくる……こんな風にな 」
笑うリュークは、裏拳でそのクリスタルを殴った。
すると遅れて鈍い音がひびき、クリスタルの上には『9999』と浮かび上がった。
「まぁ最高がこのくらい、これ超えれたら俺よりつえ〜って事だ。とりまがんばれ〜 」
気だるそうにそう言うと、リュークの周りから10っ個ほどのクリスタルが現れ、それに向かって周りの人たちは魔術を放ちはじめた。
(……これが魔術か。自分以外の魔術とか始めてみた )
飛び交う氷や炎、水。
それをじっと見つめ、ゆっくりと情報を集めていく。
こいつらが敵になった場合、少しでも有利になれるように。
「なぁ、あんた。リューク・リンネだろ? 」
ふいに、背後から声がした。
そこには雲のような白い髪と、血のように赤い目をした人間が、リュークに引きつった笑みを浮かべていた。
「あぁ、んだお前? 」
「ヤマト・ホルテンジエだ。俺こんなまどろっこしぃの嫌いだからよ、今から殺しあって、お前に勝ったら俺が最強ってことで良くねぇか? 」
「そりゃいいな、俺も退屈は嫌いだ 」
ケラケラと笑い声がひびいた。
瞬間、ヤマトの膝がリュークの顔面をえぐり、その足は首に絡みついた。
(あっ、完全に入ったな )
そう思った。
けれどヤマトの足は引きちぎられ、バランスの崩した体にあの拳が叩きつけられた。
その体は大きくバウンドしながら、校舎に激突した。
(……あれ死んでね? )
「いってぇなぁ!!! 」
「ん、ゲシュペンストにしては丈夫だな 」
土煙の中から顔を出したヤマト。
その両足はうねるように再生し始め、ひしゃげた体からはバキバキと音が鳴っている。
「あー、やっぱ勝てねぇな 」
「伊達に3位やってねぇからな 」
「まぁそうだよなぁ〜。だからよぉ、お前を殺すのはやめだ 」
再生が終わった足で立ち上がると、ヤマトの左目からは赤いヒビが走った。
「死んでもてめぇの腕をもぐ。こっからはただの嫌がらせだ 」
「威勢のいいやつは好きだぜ〜。まぁ、耳障りだと殺したくなるがな 」
「ん? 」
ふと気がつくと、バチバチに殴りあってる二人の間に、背の高い女がいた。
白く長い髪、星空のような青い瞳。
それは透けて見え、世界から浮いているような異質を感じた。
(なんだアイツ? つーか気がついてないのか? )
二人が殴り合いを続ける中、女はリュークを指ではじいた。
それだけで体は吹き飛び、えぐれた地面だけが残った。
しかもヤマトの方も、頬を掴まれて宙ずりになっている。
「やぁ。入学早々元気だね 」
「おふぁ!? ほっからへへきたんだほっ!! 」
「単純に瞬間移動しただけだよ。それと、理由なく殺し合うのは規則違反だからね? 」
白髪の女はヤマトをポイッと捨てた。
すると何故か、こちらに歯が見えるほどの笑みを向けてきた。
「やぁ、君がハルトだね 」
「……誰だお前? 」
「私はアルベ、アルベ・ヴァニタスさ。この学園の学長をしてるものであり……この世でもっとも強いバケモノだよ 」
伸ばされた手から頬を触られ、頭を撫でられた。
初対面のヤツにそんな事をされているのに、なぜか嫌な気がしない。
なんというか……母親に撫でられているようだった。
(……どこかで会ったことがあるか? )
そう感じた瞬間、今度はギュッと抱きつかれた。