第二節 2人の赤子
「んっ? 」
馬車のスピードが緩むのを感じ、まぶたを開く。
隣には御者の青年が座っている。
そういえば恩人だからともてはやされ、勢いのままこの席に座らせられたんだった。
「んだあれ? 」
「あれか? あれが魔学城郭都市『レエンカルシオン』だ。あんたの目的地だろ? 」
「あぁ 」
かなり離れたこの距離でも、城壁は巨大に見える。
まるでこの世界にあるのが異常みたいだ。
しかも城壁には、無数の文字が隙間なく描き殴られている。
(んだあれ、魔術か? )
「なぁ、なんであんな城壁があるんだ? 見たところ隕石でも防げそうだ 」
青年へそう聞いてみる。
するとなぜか、呆れた顔をされた。
「簡単な話、外と内側から勝手に出られないようにするためだ 」
「……? なんで内側から? 」
「なんでってあんた……知らねぇの? 」
「俺は逆推薦で都市に行くからな。詳しい事は全く知らん 」
「逆推薦ってのもすごいな……まぁ、俺でよければ軽く説明してやるよ 」
青年はもう必要ないと思ったのか、風避けのゴーグルを外し、わざわざ説明を始めてくれた。
「まず前提に、魔術と魔法の違いはなんだ? 」
「魔術が一個人にしか使えないもんで……魔法が誰でも使えるもんだっけ? 」
「そう。んで魔法は基本的に、『力』『盾』『元素』の3つしか使えん。ここまでは良いか? 」
「あぁ 」
「んで『ヘレダント』には、新たな魔法を覚えられる魔書が存在する 」
「……ほう 」
たしかにそれなら、あんな壁があるのも納得する。
魔書という存在はこの世の前提を覆すものだ。
それがどこかの人間らが悪用すれば、世界中のバランスが崩れてしまう。
「んでな、その魔書とやらを年に一度、全校生徒に配ってるらしいんだ 」
「……なんで? 」
「それはあの変人学長に聞いてくれ! 俺は知らん!! 」
「学長? 」
「えっ、学長も知らねぇの!? 」
「知らん 」
ハッキリそう言うと、また呆れた顔をされた。
「……なんでそんな顔をしてる? 」
「いや……まぁ知らねぇこともあるよな、うん。誰でも分かりやすく言えばこの世で最強のバケモノだ 」
「バケモノ? 」
「あぁ。50年くらい前まではな、この辺やらにはたくさんの国や人が居たんだ。でもそれは一瞬で消えた、あの学長のせいでな 」
「……つまり敵なのか? 」
「あー……まぁ敵だ。けどそれに刃向かったヤツら、国は一瞬で死んだ。だからあの学園はどの国だろうと攻めこめねぇんだよ 」
(それはいいな )
つまりあれだ、あの学園にいればどんな奴らも手を出してこない訳だ。
だったら何もしなくてもゆっくり過ごせる……まさに天国だ。
「てかあんた、さっき逆推薦って言ってたよな? 」
「あぁ 」
「なんで受けたんだ? あんな外から隔離されて、やべぇ奴らしか居ねぇ都市の推薦を 」
「……金が貰えっから。俺の魔術は前代未聞らしくて、研究させてくれりゃ学費も寮代も全部出してくれるらしい。しかも研究に手を貸した分だけ金は増える 」
「えぇっと? つまり自分を売ったのか? 」
「あぁ、それで一生遊んで暮らせるくらいの金が手に入る。安いもんだろ 」
楽して金が手に入るほどいい事ははい。
そういうニュアンスで話したつもりだが、青年はどうも嫌な顔をし、ため息混じりにうつむいた。
「えぇっと……他人がとやかく言うのはあれだけどよ、そういう生き方は辛いぞ? 」
「……? そうか 」
なんでそんな顔をしてるのか分からず、首をかしげる。
そんな事をしてると、ふいに……馬車に影が掛かった。
太陽が何かに遮られて生まれた影。
一瞬おくれて顔をあげると、そこには巨大な文字が描き殴られた壁が空高く反り上がっていた。
話に夢中になっていたからか、ここまで壁に近付いている事に気付かなかった。
「こんなにあるのか 」
想像よりも高い……というか壁の頂上が雲に隠れて見えない。
こうも高いと倒れた時や崩れた時が心配だが、まぁそこら辺は魔術やらでなんとかしてるだろう。
「はい、到着です 」
「ん? ここ? 」
「そこに門が見えるだろ? あそこがヘレダントに直通の門だ 」
指をさされた場所には、白い城壁にはよく目立つ、錆びた門がある。
壁は侵入者を拒んでいるのに、その門だけは何かを招いているようだった。
「あれ? この場所ってヘレダントから一番遠い門に止まるんじゃなかったか? 」
「まぁ命の恩人だからな、これくらいの事はさせろ 」
青年は気さくに笑うと、俺に手を振ってきた。
それに軽く手を振り返し、金貨を三枚置いて馬車から飛びおりる。
「じゃあ 」
「あーちょっと待て、あんたの名前は? 」
「……? 『ハルト・ディアナ』 」
「ハルトか。OK、次に馬車乗る時はタダにしてやるよ! 」
「……いいのか? 俺の性格上、赤字になっても遠慮なくまけてもらうが 」
「そのときは御者辞めてるから気にすんな!! 」
「えぇ……せこ 」
「冗談だ。お前は恩人だからな、商売だろうがなかろうが手助けしてやる 」
青年はそう言うが、この話は先のことになりそうだ。
この都市からは退学しない限り、5年は出られないからな。
「それじゃあ、良い学校生活を 」
だが……ここでそれを言う必要はない。
「あぁ、助かった 」
前を向いたまま後ろに手をふる。
すると馬の足音は遠ざかっていった。
「さて…… 」
そんな事を思っているうちに赤い門の前に着いたが、こんな場所にある門なんて何かあるに決まっている。
いや、逆になかったら不用心すぎる。
(……まぁいいや、開けよ )
考えても仕方ない。
そう思いながら、錆びた握りを掴んでそれを引く。
地面に面してるわりに、扉は抵抗なく開いた。
その先には森をぶった切ったような、雑な道があった。
そしてそのど真ん中に……赤髪の男が寝ている。
「んー? なぁそこのお前、侵入者? 不審者? 」
「いや、どっちでもないが…… 」
「そっか……じゃあもう一眠りする。あとで起こしてくれよ 」
男は猫のように丸まり、ぼやけた青い瞳をゴシゴシとこすり始めた。
(……関わらない方がいいな。よく知らねぇやつだし )
道を進もうとした瞬間、男は目が飛びでるほどに瞳を開いた。
「……どうした? 」
「お前……名前は? 」
「ハルト・ディアナだが? 」
「お前が……そうか 」
男は無音で立ちあがる。
その背は思いのほか高い、たぶん180はゆうに超えている。
「俺はお前を待ってたんだ……ようこそ、ヘレダントに 」
「案内役って感じか。じゃあ速くしてくれ、入学式に遅れちまう 」
「ん〜? 」
名も知らない男は唐突に眉を寄ると、妙に長い首をひねった。
「じゃまずいな。入学式ならもう終わった頃合だぜ 」
「……はっ? 」
突如放たれた言葉のせいか、一瞬で脳みそが真っ白になった。




