第12節 目覚めないで
「この匂い嫌いかな……いや、好きみたいだね。揺りかごは……大きいのを買わないと 」
優しげな声が聞こえた。
誰かは知らないが……涙腺が緩むほど懐かしい。
「子守唄は……ごめんね、私が歌うと大変なことになりそうだから。だから今は、これで我慢して 」
ひとりでに進む会話が終わると、オルゴールの音が聞こえ始めた。
優しい、優しい音。
誰かの鼓動のように落ち着き、水溜まりを踏むように楽しく、肉が繋がっているように暖かい。
「おやすみ、誰のものでもないハルト。今は……いや、ずっと目覚めなくていい。私はただ……君の寝顔を見るだけで十分だから 」
頭を撫でられた。
細くて……冷たくて……心地がいい手から。
妙に心地がいいせいか、まぶた裏の闇は更に深くなる。
だが怖くない。
誰かが……一緒にいてくれるから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハルトぉぉぉぉ!!? なんでお前そんなとこ居んだよ!! 」
「っ! 」
誰かの大声で目が覚めた。
寝起きなのも相まってクソ不愉快だが、とりあえず右目を開ける。
すると中央広場の奥から、変な臭いのする男がやってきた。
「……誰だ? 」
「あっ、ヤマトだヤマト。じゃなくて! なんでお前こんな所で寝てんだよ!? 」
「……? 何言ってんだ? 」
「だーかーらー! なんで2週間近く行方不明だったのに、広場で寝てんだよ!? 」
不愉快ではあるが、流石に無視できない単語が聞こえた。
試しに横腹に手を当てる。
痩せた肝臓……餓死寸前の体……ヨダレがでない。
どうやらヤマトが言う通り、2週間くらいは経っているようだ。
「……つか2週間って、個人戦は? 」
「それが今日! てか開会式始まってる!! 」
「……そか 」
「そかじゃねぇよ! ほら行くぞ!! 」
体をあっと言う間にだき抱えられ、ヤマトは走り始めた。
反射的に抵抗しかけたが、餓死寸前の力なんざたかが知れてる。
今は大人しく、熱い体に揺られよう。
「なぁ、どこに向かってんだ? 」
「ヘレダントの共通広場だ! あとしっかり捕まってろ……飛ばすぜ 」
間近にあるヤマトの笑みは濃くなり、背中に感じる体温は一気に上昇した。
瞬間、内蔵が歪むほどの圧がのしかかる。
(……馬車より便利だな )
寝心地は最悪だろうが、走るヤマトは馬車より有能だ。
いっそヤマトを馬変わりにした方が、この世は便利になるだろう。
「見えてきたぞ!! 」
そんなことを考えてると、いつの間にか巨大な建物が目に入り込んだ。
全容は見えないが、一部の構造で円形状だと理解できる。
人が住むどころか、村を3つ4つ収納できる程の巨大建築物。
だが屋根は存在していない。
魔術師が全力を出せるような構造なのだろうが、それでもここまで巨大にする必要性は?と考えてしまう。
「ハルト選手〜? 1回戦始まりますよ〜? ……えぇ、1回戦目から棄権? 」
建物の中からは、不自然に響く男の声が聞こえる。
その内容によれば、どうやら俺が1回戦に出なければならないらしい。
……だからどうした。
そんな楽観的な言葉が思い浮かんだが、間近にあるヤマトの顔からは強い焦りが感じられた。
「お前が初戦かよ! 」
「なんでそんな急いでんだ? 」
「名前呼ばれて30秒で入場しねえと失格なんだよ! つかこれ、絶対30秒はかか……なぁハルト、お前って高い所からの着地は得意か? 」
「……? 多分な。てかそれを今聞く必要せっ!!!! 」
突如、強烈な圧と衝突した。
そのせいか一瞬意識がなかったが、ふと気が付けば……建物内の様子が眼下に見えた。
……どうやらぶん投げられたようだ。
(つかこれ、死なね? )
壁を越える高度に投げられたはいいが、こんな高さから落ちれば間違いなく死ぬ。
そんな事を考えている間にも、浮遊感が体にまとわりつき、足は地を探してバタつき始める。
(後であいつ蹴るか )
『元素』で風を纏い、落ちる角度を調整。
氷で腰と肩を補強し、『力』で足を強化。
顔を両手で守り、迫る地面に足から着地する。
そのまま腰と肩をぶつけて衝撃を分散。
転がりながら両手で地面を押し上げ、落下の衝撃を完全に殺す。
が、投げられた勢いは止まらない。
足と手で石の地面を擦り、勢いを殺そうとする。
だが流石に距離が足らない。
なら止まることを諦めて頭を庇い、そのまま硬い壁へと衝突する。
(……いてぇ )
「あの〜、ハルト選手ですかね? 過激な入場お見事ですが戦えます? 手と頭から血が出てますけど…… 」
響く声につられて顔を上げる。
そこには階段状に並べられた観覧席と石の試合場があり、その席からは試合場を見下ろせる形になっている。
……なんだが見世物にでもなった気分だ。
「あの〜、意識あります? 死んでません? 」
「……生きてるぞ。てか俺、参加できんのか? 」
「もちろん出来ますとも。30秒以内に入場しましたし、使用武器も事前に用意されていましたからね 」
「……? 武器? 」
「えぇ、勝手ですが武器だけは入場させておきましたよ 」
畏まった様子の赤髪の男。
その指先が示す黒い箱に近付き、簡単なロックを外して中を確認する。
中には準備した覚えのない、白い斧と八本の黒塗りのナイフ……そしてベルトを改造して作ったナイフホルダー。
そのどれもは、俺が故郷で使っていたものだ。
「あれ、もしかして不備がありました? 」
「いや、問題ない 」
「そうですか、それでは……大変ながらくお待たせしました!! ここに死合う者が2人!! 退屈の時を終わらせる者たちです!!! 」
男は頬を釣りあげて、息を大きく吸う。
すると畏まった様子から一変し、耳を塞ぎたくなるような声を空に響かせた。
うるせぇとしか言いようがないが、なぜか観客にはウケがいいらしい。
「1人目はこちら!! 永久なる氷結を持ち! その冷徹を持って屍の氷山を作り上げた血筋の1人! 『永遠の冬』 シーク・ハクネ選手です!!! 」
「君……とりあえずよろしく 」
「…… 」
「無視……はぁ、まぁいいや 」
観客の目が集まる方には、襟足だけを伸ばし纏めた白髪の女がおり、星夜のような目をこちらに向けていた。
多分よろしくと言っていたはずだが、誰に言ったんだあれ?
「それでは2人目!! 生まれは世界の底辺。だがその血に宿す奇跡は天地をも揺るがすもの! 彼は『道化』か? 『番狂わせ』か? それは皆さんの目でお試しください!! 『全てに成る者』 ハルト・ディアナ選手です!! 」
長ったらしい口実の末にディアナと言われ、苛立ちと吐き気が体を襲う。
……憂鬱だ。
「それでは試合……開始です!!! 」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シーク・ハクネ。
私の名を呼ばれ、血筋の件や先人が犯した罪やらも一緒に叫ばれてしまった。
別に隠す気はなかったけど、ここまで公にされると良い気分にはなれない。
「君……とりあえずよろしく 」
「…… 」
「無視……はぁ、まぁいいや 」
ハルト・ディアナ。
相手の名を呼ばれた。
挨拶を無視されたのは些か腹が立つけど、私たちは今から殺し合うんだ。
不満はそこで発散すればいい。
髪留めを力強く結ぶ。
息を整える。
持っている白弓を握り込む。
「それでは試合……開始です!!! 」
閉じた目を開き、静かに弦を摘む。
相手の動きに反応できるよう、相手の動きを潰せるように。
だが……相手は動かない。
嫌なことから意識を遠ざけるように、空を向いている。
「……何してるの? 」
「……ん? もう始まったのか? 」
「っ!! 」
思わず声をかけてしまったが、ハルトから帰ってきた一言は身体中に怒りを張り巡らせ、冷たい血が頭に登る。
「こっちを……見ろ!!! 」
弦を弾き、怒号を軸に冷気を生み出す。
「おっと!? 」
邪魔な道化を冷気で退かし、未だこちらを見ぬハルトに六本の氷矢を飛ばす。
ハルトはこちらに目を移すと、すぐさま赤いヒビを足に走らせ、上へ逃げた。
が、それは愚策だ。
(馬鹿ね!! )
自ら逃げ場を狭めたハルトへ、手元に生み出した巨大な氷槍を投げつける。
逃げ場のない空中への一撃。
けれどハルトは体を回転させ、槍の側面を滑るように攻撃を躱した。
だがそれは読んでいる。
槍が風を切る音を軸に氷を発生させ、一撃を躱したハルトの死角から氷剣を突き刺す。
「ん? 」
不意の一撃で胸と腹を貫かれたにも関わらず、ハルトは寝ぼけたような声を漏らした。
それは一層苛立ちを濃くさせ、湧き上がる怒りは右腕に赤いヒビを走らせる。
「っ 」
強化された足で地面を叩き、その音を軸に2本の巨大な氷柱を地面から空に突き上げる。
落下しているハルトは更に身を捻り、柱の側面を蹴って攻撃を躱そうとするが……それも読んでいる。
氷を蹴る音から更なる氷を生み出し、その左足を固定する。
身動きが取れず、迫るもう1本の氷槍は防ぐことは出来ない『永遠の氷』。
そんな状況を見て、頭の中に『勝利』という2文字が浮かんだ瞬間、ハルトは手に持つベルトからナイフを引き抜き、その刃で自分の左足を切断した。
でも……それは首の皮が辛うじて繋がった程度のこと。
本命は弦にかかる赤き氷。
それは不可避の一撃であり、罪を穢す懺悔の一矢。
「穢禊 涙 」
弦を引く指をそっと放す。
矢が宙を進む音は氷結へと変換され、音の波紋を破るそれはハルトの眉間へと迫る。
が、ふと気が付けばハルトの右肩が消し飛んでおり、空へと飛ぶはずだった矢は観客席を貫いた。
(……は? )
音速を越えるほどの一矢が逸れた。
そんな現実に思考が止まってる中、ハルトは『元素』の氷で新たな足を作り、そのまま地面に着地した。
「何を……したの? 」
「……? 」
「何をしたんだと聞いている!! 」
「んっ? 右腕の中を通して軌道をズラした。矢は真っ直ぐにしか飛ばないから簡単だったぞ? 」
「……」
正気じゃない。
そんな言葉が口から溢れそうになった。
けれど右肩を凍らせたハルトを見て、慌てて気を引き締め直す。
まだ……勝負は続いている。
「そういやさ、お前って退学したいのか? 」
「……はい? 」
「いや、誰かを殺害したら退学なんだろ? だから退学したいのかなって 」
(……何を言ってるの? )
あまりに常識的過ぎることを質問され、熱くなった心は素に戻ってしまう。
でもそのお陰か、ハルトが何を言いたいのか分かってきた。
「えっと……ね、この会場には特別な魔術がかけられてて、殺されても死なないの 」
「……つまり、相手を殺しても大丈夫なのか? 」
「うん、そのと」
突如、左目に衝撃が走った。
何が起こったのか分からず、何度も瞬きしてみるが、瞬きできるのは右目だけ。
左目は何も見えない。
(何が起こっ……て? )
混乱している最中、地面に何かが落ちた。
血を弾くナイフ……私の左目から……落ちてきた。
「……貴様ァ!! 」
「……? 殺していいんだろ? なんで怒鳴るんだよ 」
不意打ちを受けたのだと悟ると、 喉から怒りが溢れ、激情に身を任せて弦を引く。
それに合わせハルトは間合いを詰めてくるが、その速度は常識を越えてはいない。
(遅い!! )
弦が張り詰める音を軸に氷を作り、迎撃の姿勢を取ろうとした瞬間、ハルトは左手に持つナイフを少し傾けた。
「っ!? 」
目が眩むほどの閃光。
それが反射された日光であると理解する頃には、既に間合いを詰められていた。
「このっ」
声を軸に氷剣を生み、それを掴もうとする。
だがその一瞬で右足と右腕を切り落とされ、顔面には重い拳をぶつけられた。
「っぶ!? 」
景色が揺れ、鼻血が喉に落ちていく。
でも、これだけ動ける相手に目を閉じるのはダメだ。
そう自分に言い聞かせ、滲む右目を見開いた瞬間、ナイフの刃先が目の前に……
「……? 」
明かりが消された景色。
視覚が途切れたせいか、頬を伝う血の感触が鮮明に感じられる。
「っ!? 」
過敏になった耳の中に、鈍い鉄音が響く。
音がした方に見えぬ目を向けてしまった瞬間、背後から軽い風切り音が聞こえ、頭の中に鈍い音が響いた。
(……? )
体の感覚が消えた。
頬に砂粒がめり込むのを感じる。
……辛うじて聞こえる耳に、煩い道化の声が聞こえた。
「試合終了!! 勝者……ハルト・ディアナ選手です!!! 」




