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いずれ覇王と成る君へ  作者: エマ
臥薪嘗胆編
12/73

第12節 目覚めないで



「この匂い嫌いかな……いや、好きみたいだね。揺りかごは……大きいのを買わないと 」


 優しげな声が聞こえた。

 誰かは知らないが……涙腺が緩むほど懐かしい。


「子守唄は……ごめんね、私が歌うと大変なことになりそうだから。だから今は、これで我慢して 」


 ひとりでに進む会話が終わると、オルゴールの音が聞こえ始めた。


 優しい、優しい音。

 誰かの鼓動のように落ち着き、水溜まりを踏むように楽しく、肉が繋がっているように暖かい。


「おやすみ、誰のものでもないハルト。今は……いや、ずっと目覚めなくていい。私はただ……君の寝顔を見るだけで十分だから 」


 頭を撫でられた。

 細くて……冷たくて……心地がいい手から。


 妙に心地がいいせいか、まぶた裏の闇は更に深くなる。

 だが怖くない。

 誰かが……一緒にいてくれるから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ハルトぉぉぉぉ!!? なんでお前そんなとこ居んだよ!! 」


「っ! 」


 誰かの大声で目が覚めた。

 寝起きなのも相まってクソ不愉快だが、とりあえず右目を開ける。

 すると中央広場の奥から、変な臭いのする男がやってきた。


「……誰だ? 」


「あっ、ヤマトだヤマト。じゃなくて! なんでお前こんな所で寝てんだよ!? 」


「……? 何言ってんだ? 」


「だーかーらー! なんで2週間近く行方不明だったのに、広場で寝てんだよ!? 」


 不愉快ではあるが、流石に無視できない単語が聞こえた。

 試しに横腹に手を当てる。


 痩せた肝臓……餓死寸前の体……ヨダレがでない。

 どうやらヤマトが言う通り、2週間くらいは経っているようだ。


「……つか2週間って、個人戦は? 」


「それが今日! てか開会式始まってる!! 」


「……そか 」


「そかじゃねぇよ! ほら行くぞ!! 」


 体をあっと言う間にだき抱えられ、ヤマトは走り始めた。

 反射的に抵抗しかけたが、餓死寸前の力なんざたかが知れてる。

 今は大人しく、熱い体に揺られよう。


「なぁ、どこに向かってんだ? 」


「ヘレダントの共通広場だ! あとしっかり捕まってろ……飛ばすぜ 」


 間近にあるヤマトの笑みは濃くなり、背中に感じる体温は一気に上昇した。

 瞬間、内蔵が歪むほどの圧がのしかかる。


(……馬車より便利だな )


 寝心地は最悪だろうが、走るヤマトは馬車より有能だ。

 いっそヤマトを馬変わりにした方が、この世は便利になるだろう。

 

「見えてきたぞ!! 」


 そんなことを考えてると、いつの間にか巨大な建物が目に入り込んだ。

 全容は見えないが、一部の構造で円形状だと理解できる。


 人が住むどころか、村を3つ4つ収納できる程の巨大建築物。

 だが屋根は存在していない。

 魔術師が全力を出せるような構造なのだろうが、それでもここまで巨大にする必要性は?と考えてしまう。

 

「ハルト選手〜? 1回戦始まりますよ〜? ……えぇ、1回戦目から棄権? 」


 建物の中からは、不自然に響く男の声が聞こえる。

 その内容によれば、どうやら俺が1回戦に出なければならないらしい。


 ……だからどうした。

 そんな楽観的な言葉が思い浮かんだが、間近にあるヤマトの顔からは強い焦りが感じられた。


「お前が初戦かよ! 」


「なんでそんな急いでんだ? 」


「名前呼ばれて30秒で入場しねえと失格なんだよ! つかこれ、絶対30秒はかか……なぁハルト、お前って高い所からの着地は得意か? 」


「……? 多分な。てかそれを今聞く必要せっ!!!! 」


 突如、強烈な圧と衝突した。

 そのせいか一瞬意識がなかったが、ふと気が付けば……建物内の様子が眼下に見えた。

 ……どうやらぶん投げられたようだ。


(つかこれ、死なね? )


 壁を越える高度に投げられたはいいが、こんな高さから落ちれば間違いなく死ぬ。

 そんな事を考えている間にも、浮遊感が体にまとわりつき、足は地を探してバタつき始める。


(後であいつ蹴るか )


 『元素(エレメント)』で風を纏い、落ちる角度を調整。

 氷で腰と肩を補強し、『(イスクス)』で足を強化。

 顔を両手で守り、迫る地面に足から着地する。


 そのまま腰と肩をぶつけて衝撃を分散。

 転がりながら両手で地面を押し上げ、落下の衝撃を完全に殺す。

 が、投げられた勢いは止まらない。


 足と手で石の地面を擦り、勢いを殺そうとする。

 だが流石に距離が足らない。

 なら止まることを諦めて頭を庇い、そのまま硬い壁へと衝突する。


(……いてぇ )


「あの〜、ハルト選手ですかね? 過激な入場お見事ですが戦えます? 手と頭から血が出てますけど…… 」


 響く声につられて顔を上げる。

 そこには階段状に並べられた観覧席と石の試合場があり、その席からは試合場を見下ろせる形になっている。

 ……なんだが見世物にでもなった気分だ。


「あの〜、意識あります? 死んでません? 」


「……生きてるぞ。てか俺、参加できんのか? 」


「もちろん出来ますとも。30秒以内に入場しましたし、使用武器も事前に用意されていましたからね 」


「……? 武器? 」


「えぇ、勝手ですが武器だけは入場させておきましたよ 」


 畏まった様子の赤髪の男。

 その指先が示す黒い箱に近付き、簡単なロックを外して中を確認する。


 中には準備した覚えのない、白い斧と八本の黒塗りのナイフ……そしてベルトを改造して作ったナイフホルダー。

 そのどれもは、俺が故郷(くそだめ)で使っていたものだ。


「あれ、もしかして不備がありました? 」


「いや、問題ない 」


「そうですか、それでは……大変ながらくお待たせしました!! ここに死合う者が2人!! 退屈の時を終わらせる者たちです!!! 」


 男は頬を釣りあげて、息を大きく吸う。

 すると畏まった様子から一変し、耳を塞ぎたくなるような声を空に響かせた。


 うるせぇとしか言いようがないが、なぜか観客にはウケがいいらしい。


「1人目はこちら!! 永久(とわ)なる氷結を持ち! その冷徹を持って屍の氷山を作り上げた血筋の1人! 『永遠の冬(エテル・シター)』 シーク・ハクネ選手です!!! 」


「君……とりあえずよろしく 」


「…… 」


「無視……はぁ、まぁいいや 」


 観客の目が集まる方には、襟足だけを伸ばし纏めた白髪の女がおり、星夜のような目をこちらに向けていた。

 多分よろしくと言っていたはずだが、誰に言ったんだあれ?


「それでは2人目!! 生まれは世界の底辺。だがその血に宿す奇跡は天地をも揺るがすもの! 彼は『道化(ジェスター)』か? 『番狂わせ(ジョーカー)』か? それは皆さんの目でお試しください!! 『全てに成る者(ワイルドカード)』 ハルト・ディアナ選手です!! 」


 長ったらしい口実の末にディアナと言われ、苛立ちと吐き気が体を襲う。

 ……憂鬱だ。


「それでは試合……開始です!!! 」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 シーク・ハクネ。

 私の名を呼ばれ、血筋の件や先人が犯した罪やらも一緒に叫ばれてしまった。

 別に隠す気はなかったけど、ここまで(おおやけ)にされると良い気分にはなれない。


「君……とりあえずよろしく 」


「…… 」


「無視……はぁ、まぁいいや 」


 ハルト・ディアナ。

 相手の名を呼ばれた。

 

 挨拶を無視されたのは(いささ)か腹が立つけど、私たちは今から殺し合うんだ。

 不満はそこで発散すればいい。


 髪留めを力強く結ぶ。

 息を整える。

 持っている白弓(しらゆみ)を握り込む。


「それでは試合……開始です!!! 」


 閉じた目を開き、静かに弦を摘む。

 相手の動きに反応できるよう、相手の動きを潰せるように。

 だが……相手は動かない。


 嫌なことから意識を遠ざけるように、空を向いている。


「……何してるの? 」


「……ん? もう始まったのか? 」


「っ!! 」


 思わず声をかけてしまったが、ハルトから帰ってきた一言は身体中に怒りを張り巡らせ、冷たい血が頭に登る。


「こっちを……見ろ!!! 」


 弦を弾き、怒号を軸に冷気を生み出す。


「おっと!? 」


 邪魔な道化を冷気で退かし、未だこちらを見ぬハルトに六本の氷矢を飛ばす。

 ハルトはこちらに目を移すと、すぐさま赤いヒビを足に走らせ、上へ逃げた。

 が、それは愚策だ。


(馬鹿ね!! )


 自ら逃げ場を狭めたハルトへ、手元に生み出した巨大な氷槍を投げつける。


 逃げ場のない空中への一撃。

 けれどハルトは体を回転させ、槍の側面を滑るように攻撃を躱した。


 だがそれは読んでいる。

 槍が風を切る音を軸に氷を発生させ、一撃を躱したハルトの死角から氷剣を突き刺す。


「ん? 」


 不意の一撃で胸と腹を貫かれたにも関わらず、ハルトは寝ぼけたような声を漏らした。

 それは一層苛立ちを濃くさせ、湧き上がる怒りは右腕に赤いヒビを走らせる。


「っ 」


 強化された足で地面を叩き、その音を軸に2本の巨大な氷柱を地面から空に突き上げる。


 落下しているハルトは更に身を捻り、柱の側面を蹴って攻撃を躱そうとするが……それも読んでいる。

 氷を蹴る音から更なる氷を生み出し、その左足を固定する。


 身動きが取れず、迫るもう1本の氷槍は防ぐことは出来ない『永遠(とわ)の氷』。

 そんな状況を見て、頭の中に『勝利』という2文字が浮かんだ瞬間、ハルトは手に持つベルトからナイフを引き抜き、その刃で自分の左足を切断した。

 でも……それは首の皮が辛うじて繋がった程度のこと。

 

 本命は弦にかかる赤き氷。

 それは不可避の一撃であり、罪を穢す懺悔の一矢。


穢禊(けがれみそぎ) (るい)


 弦を引く指をそっと放す。

 矢が宙を進む音は氷結へと変換され、音の波紋を破るそれはハルトの眉間へと迫る。

 が、ふと気が付けばハルトの右肩が消し飛んでおり、空へと飛ぶはずだった矢は観客席を貫いた。


(……は? )


 音速を越えるほどの一矢が逸れた。

 そんな現実に思考が止まってる中、ハルトは『元素(エレメント)』の氷で新たな足を作り、そのまま地面に着地した。


「何を……したの? 」


「……? 」


「何をしたんだと聞いている!! 」


「んっ? 右腕の中を通して軌道をズラした。矢は真っ直ぐにしか飛ばないから簡単だったぞ? 」


「……」

 

 正気じゃない。

 そんな言葉が口から溢れそうになった。

 けれど右肩を凍らせたハルトを見て、慌てて気を引き締め直す。


 まだ……勝負は続いている。


「そういやさ、お前って退学したいのか? 」


「……はい? 」


「いや、誰かを殺害したら退学なんだろ? だから退学したいのかなって 」


(……何を言ってるの? )


 あまりに常識的過ぎることを質問され、熱くなった心は素に戻ってしまう。

 でもそのお陰か、ハルトが何を言いたいのか分かってきた。


「えっと……ね、この会場には特別な魔術がかけられてて、殺されても死なないの 」


「……つまり、相手を殺しても大丈夫なのか? 」


「うん、そのと」


 突如、左目に衝撃が走った。

 何が起こったのか分からず、何度も瞬きしてみるが、瞬きできるのは右目だけ。

 左目は何も見えない。


(何が起こっ……て? )


 混乱している最中、地面に何かが落ちた。

 血を弾くナイフ……私の左目から……落ちてきた。


「……貴様ァ!! 」


「……? 殺していいんだろ? なんで怒鳴るんだよ 」


 不意打ちを受けたのだと悟ると、 喉から怒りが溢れ、激情に身を任せて弦を引く。

 それに合わせハルトは間合いを詰めてくるが、その速度は常識を越えてはいない。


(遅い!! )

 

 弦が張り詰める音を軸に氷を作り、迎撃の姿勢を取ろうとした瞬間、ハルトは左手に持つナイフを少し傾けた。


「っ!? 」


 目が眩むほどの閃光。

 それが反射された日光であると理解する頃には、既に間合いを詰められていた。


「このっ」


 声を軸に氷剣を生み、それを掴もうとする。

 だがその一瞬で右足と右腕を切り落とされ、顔面には重い拳をぶつけられた。


「っぶ!? 」


 景色が揺れ、鼻血が喉に落ちていく。

 でも、これだけ動ける相手に目を閉じるのはダメだ。

 そう自分に言い聞かせ、滲む右目を見開いた瞬間、ナイフの刃先が目の前に……


「……? 」


 明かりが消された景色。

 視覚が途切れたせいか、頬を伝う血の感触が鮮明に感じられる。


「っ!? 」


 過敏になった耳の中に、鈍い鉄音が響く。

 音がした方に見えぬ目を向けてしまった瞬間、背後から軽い風切り音が聞こえ、頭の中に鈍い音が響いた。


(……? )


 体の感覚が消えた。

 頬に砂粒がめり込むのを感じる。

 ……辛うじて聞こえる耳に、煩い道化の声が聞こえた。


「試合終了!! 勝者……ハルト・ディアナ選手です!!! 」


 

 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘描写、ネーミング、地の文全体、どれもすごくかっこいいです! 読むと映像が鮮やかに浮かんできて楽しい! ハルトさんつよつよですね!! [一言] 語彙力なくてシンプルに失礼します! …
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