第11節 また会ったね
「おやハルト。こんなところで会うとは奇遇だね 」
いきなり人が吹き飛んだことに困惑している中、ユウトが吹き飛んだ方から、女の声が近付いてきた。
顔は分からない。
だがやせ細った体格と腐った海のような臭いを感じ、そいつが誰かはすぐに分かった。
「エリカか 」
「覚えてくれてたのかい? それは嬉しい限りだね 」
「つうかお前、さっき俺の後ろに居たよな? なのになんで前から来てんだよ 」
「ふふっ、女は秘密を抱えた方が魅力的なんだよ 」
(……? )
わざとらしい口調も、淀んだ海色の瞳も、全てエリカの物だ。
けれど何故か、あの時であった奴と同一視することができない。
「……誰だお前? 」
「それはどういう意図の質問かな? 私は私だよ 」
「……? 」
「……へぇ、君は人を見る目が無いねぇ 」
「おいお前ら何して……エリカか 」
エリカらしい女と会話にならない。
そんな状況に困っていると、右側から誰かが近付き、そいつは俺と女の間に入り込んできた。
顔は分からないが、鼻にこもる特徴的な火薬の臭いを嗅げばすぐに誰かは分かった。
「やぁヒカゲ、久しいね 」
「久しぶりだな。てかユウトは? 」
「無理してた様だからね、少し煽って情緒を崩しておいた。今ごろ君お手製の劇毒でも飲んだんじゃないかな? 」
「……はぁ、色々言いたいが感謝する。あいつ、毒好きな癖に飲むの渋るからなぁ 」
「ははっ、そういう所が可愛いんじゃないかい? 」
俺そっちのけで続く会話。
そのせいでかなり暇になってしまった。
(……そういえばあいつ、覇王とか言ってたな )
暇になった隙に、ユウトから雨のように浴びせられた言葉の数々を整理していると、何やら気になるものを思い出した。
覇王……契約……継承……そして勇者と黒い血。
聞いた事があるものばかりだが、どうもその言葉を産まれて8年の間に聞いた覚えがない。
「どうかしたのかい? そんなに可愛く首を傾げて 」
「気持ち悪い、触んな 」
「おや酷い 」
1人で頭を回してる中、不意に頬を触られた。
腕を弾こうと思ったが、頬に感じる手があまりにも痩せ細り、今にも折れてしまいそうだ。
大人しく言葉でやめろと伝えると、女は腕を引き、頬を撫でた指先を舐めとってみせた。
(……? )
不可解な行動をする女に首を傾げ、頬を舐めたいならそういえば良いのにと思っていると、ふと……気になる事が頭の中に浮かんだ。
ちょうど王国出身者がいるし、ちょうどいい。
「なぁ、ゲシュペンストの素材ってなんだ? ユウトは量産されてるって言ってたが 」
「おまっ」
「良いじゃないかヒカゲ、好奇心は小さいうちに摘んでおいた方がいい 」
女は何かを叫びかけたヒカゲを遮ると、さっきまでユウト座っていた場所……俺の隣にそのか細い腰を置いた。
俺はヒカゲに質問したつもりだったが、何故か女が教えてくれるらしい。
まぁ、答えを知れるならなんでもいいか。
「じゃあ結論から言ってしまおう。ゲシュペンストの素材には大まかな制約はない。鳥やら蛇、なんなら石を軸にしても造れるからね 」
「……? なら永久的に製造すれば良いじゃねぇか。覇王の遺産とやらを宿せなくても、意志を持つ無限の兵器を使えんだから 」
「おいハルト、その辺に」
「言っただろう? 大まかな制約がないだけだと。私たちみたいなハッキリとした自我を持たせるためには、特別な遺産がいるんだ。だからゲシュペンストの量産はできても、質や機能性を考えれば量産する意味はあまりない 」
「ふーん、なら」
「ハルト!! 」
質問を分かりやすく返してくれる女と会話を楽しんでいると、横から突如として自分の名を叫ばれた。
そのせいか右の鼓膜が激しく疼き、鈍い痛みが脳にまで響く。
「それ以上聞くな。あとエリカもなんでも答えてんじゃねぇよ 」
「何故? 」
「何故ってお前…… 」
「あぁ、私もゲシュペンストだからね。彼なりに気を使ってくれているんだよ。でもまぁ、余計なお世話だよ 」
話を遮るヒカゲへと、女は笑みを浮かべた。
けれどその笑みはわざとらしいものではなく、心底……楽しそうなものだ。
それが逆に不気味さを醸し出しており、ヒカゲは震えるように唾を飲んだ。
「それで? 何が気になったのかな 」
「……製造にデメリットはないのか? 」
「あぁ、作る側にデメリットはないね。作られた側は問題だらけだけど 」
「例えば? 」
「そう……だねぇ。劣化が早いとか五感が消失しやすいとか色々あるけど、1番は欲求かな 」
言葉が理解できず、首を傾げて頭を回す。
先に出てきた劣化と五感の消失は、人でいう寿命と老化だろうが、それよりも欲求が問題となる意味がわからない。
「君は顔に出やすいね。欲求というのが分からないのかい? 」
「あぁ、大雑把過ぎる 」
「そうだね……なら君に質問だ。人は喉の乾きはどうやって治す? 」
(……? )
質問が当たり前過ぎるせいか、すぐに答えが出てこない。
けれど何度考えても答えは1つしかないため、結局その答えを口に出してみる。
「何か飲めばいいだろ 」
「うん、それじゃあもう1つ質問だ。液体を飲めず、水分を吸収できない生物は、どうやって喉の乾きを潤せる? 」
「……不可能じゃねぇのか? 」
「うん、それじゃあその生物が突然……人と同じ自我と欲求を持ったらどうする? 喉が渇いた時に何をすればいいのかな? 」
「……なるほど 」
話は少し回りくどかったが、女の言いたい事はなんとなく理解できた。
ゲシュペンストとは、人外を無理やり人の枠に当てはめた存在らしい。
故に、人外の欲求が人の姿では解消できないという問題があるということか。
そう考えればヤマトがいい例だろうか?
性欲を発散できず、その反面暴力性に欲求が偏っている。
(あいつ……大丈夫かな )
「所で、君って幾つだい? 」
「……? 多分16 」
「そうかいそうかい。では、君は婚約者とか居るのかな? 」
「…………はっ? 」
段階を5段くらい吹っ飛ばした質問を喰らわされ、素で声が漏れてしまった。
何故をそれを聞く必要があるのか?
そもそもどんな言葉を返せばいいのか?
数多もの疑問が脳裏を浮き沈みし、上手く言葉が出てこない。
「沈黙という事は居ないのかな? なら私と婚約者になってくれたまえ。私が迎えるのか君が迎えるのか……それはどちらでもいいからさっ! 」
(……? ?? ??? )
不味い、言ってる事が分からなくなってきた。
さっきまでなら機能していた脳が、今や何故?という言葉しか思い浮かばなくなっている。
「流石にそれは口挟むぞ 」
混乱の中、隣から誰かの手が女の頭を掴んだ。
多分ヒカゲだ。
「おやヒカゲ、邪魔しないでくれるかな? 今私は造生最大のプロポーズをしているんだから 」
「あのなぁ、お前がやってんの『借金を隠したままプロポーズ』すると同義だから? 無知に漬け込んでんじゃねぇよ 」
「ふふっ、ここには優秀な番兵が居るようだ。でも私の気持ちは変わらない! さぁ! 私と婚約者になって」
「おーい 」
女の興奮気味な言葉を遮るように、聞き覚えのある声が聞こえた。
その声色を聞いた途端、凄ぶる嫌な予感が背筋を駆け上がり、咄嗟に女の腕を引いて頭を守る。
瞬間、乾いた跳躍音と共にヒカゲへとドロップキックが打ち込まれた。
ヒカゲは左腕でガードしていたものの、最近見たドロップキックの威力を抑えることはできず、頭が窓ガラスをぶち破った。
破片で切れたのか、その頭からは赤い血が滴っている。
「っう……おい、クソ痛てぇんだが? 」
「うっせぇ!! 処刑道具に入れられたこっちの身になれ!!! 」
怒鳴る白髪の男を尻目に、胸に抱えた女へと視線を落とす。
飛び散ったガラスの破片は俺の両腕と頬に突き刺さっていたが、とりあえず女は無傷だ。
……なぜ俺は、こいつを庇った?
「ちゃんと致命傷避けたろうが!! つうかそれはお前の落ち度だろ!? 」
「不意打ちで閉じ込めておいて、なーにが落ち度だ!! 納得いく訳ねぇだろ、 」
「不意打ちじゃねぇと勝てねぇんだよ! そもそも俺の魔術は不意打ちに特化したもんなんだよ!! 」
自分の不自然な行動のせいか、頭は困惑している。
だが意識は、自然と大声がする方へ向いてしまう。
硝煙香る男はヒカゲだろうが、もう1人は誰か分からない。
けれどそいつの全身からは腐った血の臭いがあり、ヒカゲと戦っていたであろう会話をしている。
多分……ヤマトだ。
「あぁ!? それなら悪かったけど納得行かねぇんだよ!! もっかい」
「やるのかい? なら、私も混ざっていいかな? 」
突如として懐かしい声が聞こえた。
月の香りにそそられ顔を上げてみれば、ヒカゲとヤマトの隙間に、アルベが立っている。
その存在に気が付いたのか、2人の顔を青ざめ、でかかった言葉と共に唾を飲み込んだ。
瞬間、男は別々の方向へ地面を蹴ったが、瞬きする間にアルベは2人の首根っこを掴んでいた。
「ヤマトく〜ん? 君は入学初日でも壁壊したよね〜? 今日は特別に反省室だよ〜? 」
「げっ 」
「いやちょ! 俺関係ない!! 全部ヤマトがやったから!!! 」
「まぁまぁ、お友達なんだから付き合ってあげなよ 」
「んな理不尽な話あってたまるか!! 」
硝煙香る男は悲鳴のように叫ぶか、アルベは何も気にせずに2人を引きずっていく。
人を誘拐でもしているような光景をじっと眺めていると、ふと……アルベの蒼い目が俺の紫色の眼を映し、心臓がギュッと縮まってしまう。
……やはりこいつの眼は嫌いだが、とりあえず平然を装ってみる。
「なんか用か? 」
「君ってさ、私の顔が分かるの? 」
「あぁ分かる 」
何故そんな質問をするのかと疑問に思うが、どうしてかこいつの問いを断りたくない。
「他に……誰か分かる奴はいるの? 」
「リュークと……誰だっけ? あの影の奴 」
「ユカリの事か…… 」
一瞬、その言葉からは殺意が感じ取れた。
恐ろしいと言うより、闇夜のように果てなき殺意。
だがアルベはすぐに笑みを浮かべ、その蒼い目を閉じて2人を引きずり始めた。
「ごめんね、時間取らせてしまって。さぁ問題児たち、行くよ 」
「だから俺は何もしてねぇぇぇぇ!!! 」
誰かの叫びが聞こえた。
けれどアルベは気にすること無く、人攫いのように2人の人間を校舎内へと持って行ってしまった。
(つうか、エリカはどこ行った? )
煩い奴らが消え、初めてエリカが消えている事に気が付いた。
けれど別段驚く事ではない。
おおかた、ユウトみたく遠距離を移動する魔術を持ってるんだろう。
(てか、一気に静かになったな )
自分に突き刺さったガラス片を抜きながら、思いを巡らす。
賑やかな雰囲気を、初めて楽しいと思った。
他人と会話をした。
他人との会話に興味をもった。
なぜかプロポーズされた。
何個か意味の分からないものもあったが、故郷では体験できない新鮮なものには変わりない。
ここには全てを捨てるつもりで来たが、案外……いや、全然悪くない場所だ。
(ここに来て、良かったかもな )
心残りは多々あるが、今はこの学園が心地よい。
死が無数に転がり、不穏が命の影で牙を研いでいる。
だが死にたい俺にとっては、死は揺りかごのようで、不穏は子守唄のようだ。
(…… ……… ………… )
いつの間にか目は閉じていた。
まぶたは開かず、頭の回転が落ちているのを感じる。
そこからしばらくすると、意識はまぶた裏の闇へと落ちていった。
…
……
………
闇の中に、顔が見えた……女の顔だ。
見覚えがある、見た事はない。
愛しき、愛しき、赤の他人。
美しき、醜き人。
「ダメ……ダメ……ダメ……ダメ…… 」
(……分かってる )
声なき声で言葉を返す。
うわ言は続く。
ピタリと止まる。
……笑った。
「生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて 」
(……あぁ、約束は守る )
「あはははなんでどして遊ぼおいでかえろ助けてねぇねぇねねぇねぇぇ………………ありがとう、またね 」
(……またね、知らないお姉ちゃん )
女の顔が消えた。
……憂鬱だ。
だがまぶた裏の闇は晴れることなく、胸は膿んだ傷のように気持ち悪いまま。
夢という檻に囚われたこの身にできる事は、せいぜい目覚めを待つ事だけだ。




