第一節 語り手
「ん? 」
馬車のゆれで目が覚めた。
ぼやける視界の中を、慌てる大人たちが騒いでいる。
(うるさい…… )
寝起きで頭がぼーっとする。
けれど外からあの臭いがし、脳をたたき起こして幌をひらく。
『ウガァァウ!!!! 』
そこには数百を超える獣がいた。
朝露をちらしながら迫る獣は狼の形をしており、数メートルは超える体でピッタリと馬車に迫ってきている。
(追われてたんだ。というかまずいなぁ、タックルでもされたら簡単に横転する )
人の足で獣から逃げるのは不可能だ。
馬車が壊れれば、数と牙で蹂躙され、全員仲良く腹の中。
(……ここで殺すか )
「あぶねぇからどけ!! 」
「やめて!! 離して!!! 」
右手を前に出した瞬間、急に座席に突き飛ばされ、俺を押した大人は泣き叫ぶ女の子を外に蹴り飛ばした。
「いっ」
獣につぶされて死んだ女の子。
けれど名も知らない大人は不機嫌そうに眉をひそめた。
「肉が足らねぇ!! おい立て!! 女子供は後ろに行って身をかがめろ!! 力あるやつは武器を持て!!! 守るぞ!!! 」
「ねぇ……なんであの女の子を見捨てたの? 」
「『ゲシュペンスト』だからだ!! んなことはどうでもいいからお前も後ろに行けって!!! 」
ゲシュペンストという意味不明な存在。
それは人にとって、死んでも構わないもののようだ。
けれどそれを見捨てる人間の方が……ただ気持ち悪く感じた。
「あっ? 」
掴まれた腕をはじき、帆の外に身を乗り出す。
「おい危ねぇぞ!! 」
「志鉄を変ずは名も無き鋼打ち 」
後ろの声を無視し、獣の群れに手を伸ばす。
「清廉なる炎をともし、頑固たる人徳をゆがめ、悲哀の海にて怒りをしずめる。そうして生まれた銀鎖……打ち手の怒りを継いだ物、それ即ち、獣の意を止めるもの 」
詠唱とともに、空から産まれ落ちた千の銀鎖。
それらは自らの意思で獣たちに突っ込んだ。
「ギャオ!!? 」
鎖は頭骨を貫き、腹を貫き、獣の息の根を止めまわる。
何匹かは躱したが、鎖は追尾するようにうなり、獣の足を消し飛ばす。
するとさらなる鎖が降り注ぎ、獣は血肉となって飛び散った。
「……あっ 」
蹂躙される獣の肉。
その中に人の手のようなものがあった。
けれどそれは進む馬車のせいで次第に見えなくなっていった。
「すっ……すげぇよお前!!!! 」
「助かった……ありがとう……ありがとう!! 」
「ありがとうお兄ちゃん!!! 」
「ありがとう!! お前のおかげで犠牲者はゼロだ!!! 」
声をだして喜ぶ人間たち。
その誰もが少女が死んだことに触れていない。
(外じゃこれが普通なのか? )
「そう、どういたしまして 」
異分子にならないよう適当に同調する。
すると全員が嬉しそうに笑い、大歓喜が巻き起こる。
「そういや兄ちゃん! お前って魔術師か? 」
「うんん、今から魔術学園に入学するとこ 」
「あー、この時期は入学生多いもんな 」
少女を蹴落とした爽やかなおっさん。
そいつは前の幌を開けると、その向こうにいる御者の青年に声をかけた。
「命の恩人様が学園にお急ぎだとよ!!! 」
「ヘイ了解!! お任せ下さいませぇ!!! 」
うるさい会話とともに、馬車は加速した。
どこに向かうかは誰も話してない。
けれど学園といえば、みんな分かったように同じ名を口にする。
「これより魔術学園『ヘレダント』に向かいまぁす!!! 」