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08 きれいな着物を朱に染めて(2)

「畜生め! 舐めくさりやがって!」

「こけ脅しだ! 恐れるな!」

「やってやるぞ! ぶった斬ったる!」


 炎にも怯まず、庭に飛び出し、隊列の中心にめがけて歩んでくる侍が10人。

 彼らに続いて来るやつらがいたら厄介だ。


「かかっておいで!」


 紗絵は隊列の前に出て、決まり文句になった言葉を怒鳴る。一段と強い憎悪をかき立てるまじないを乗せて。そして、棒を小脇にかかえ、さらに跳躍して前に出る。


「皆殺しにしてやる!」


 この叫びは、にやりと下卑た笑顔とともに……火災に照らされた表情は、近寄ってくる男たちを挑発する。紗絵の心から、人情が消えうせる。今は命のやり取りを楽しむ、ただの殺し屋だ。

 2間の六角棒の中央を小脇にかかえたまま、紗絵の方から10人のど真ん中へ向けて駆け寄る。

 憎悪に判断力を失った男たちは、扇形に紗絵を取り巻こうとする。


……ヒュン……


 紗絵は扇の真ん中に入り込む1間手前で急に制動をかけ、右に飛んだ。紗絵の目の前には、紗絵から見て扇型の一番右端にいた甲冑姿の男……。

 紗絵は腰を落とした状態で、両手で持った棒を右から左へ真横に薙ぎ払う。重い鉄棒が目にも留まらない速さで、風を切る。


「ぐあ!」


 鉄の小札をびっしり貼った甲冑が、男の左脇腹のところで嫌な形で曲がる。筋の断裂と内臓の破裂を思わせる水っぽい音を立てながら、男の脇腹に六角棒が食い込んだ。刹那、男は口から血を吹き出し、紗絵はそのまま棒を左へと振り抜く。男は紗絵の左へ弾き飛ばされた。

 紗絵は男たちの反応を待たず、そのまま一歩前に出て、今度は逆に左から右へ棒を薙ぎ払った。

 すぐ隣にいた男の右脇腹に鉄棒が食い込み、今度は紗絵の右へ弾き飛ばされる。 

 ざーーーーっという音とともに、その2人は地面を滑って停まる。どちらも事切れたのか、ぐったりして動かなくなった。

 あと8人は?


「くそっ!」

「何だこれは!」

「く……まずい」


 残りの男たちは、紗絵が跳んだ方向へ動こうとした。しかし、その場で必死で足を止め、身を守らねばならなかった。

 自分たちの顔めがけ、尖った狐の尻尾の先が飛ぶように伸びてきたのだ。

 不定形の槍も同様の尾を、慌てて自分の得物で弾き飛ばす男たち……。身を守れたのは、人並みに武芸が優れていたからだ……人並みに。

 そのうちの1人の腹をめがけ、残った1本の尻尾の先が、地面の方から飛ぶように迫った。人並みの武芸では守れない不意の一撃。不運にも、その男は甲冑を着ていなかった。鋭くとがった尻尾が、槍というよりは杭のように男の腹に吸い込まれていった。


「うぎゃあああああああああ!」


 皮膚と肉と内蔵が破れるような音とともに串刺しに……人に非ざる者のような不吉な絶叫をあげ、槍を取り落とし、手足をじたばたさせる男。

 刺さった尻尾は背中に突き抜けていた。周りから血が吹き出している。体はすぐにぐにゃりと脱力……それを尻尾が持ち上げ、しなるように動いて、館の廊下に投げ込む。


……どん! ぐちゃ!……


 屍の周囲から、兵たちが小さな悲鳴とともに飛び退すさる。

 兵たちは息を飲み、また紗絵たちの方を見ると……。

 紗絵に挑んだ残りの7人の男たちは、ある者は六角棒に殴り飛ばされ、ある者は尻尾に体を貫かれ……その場でことごとく惨殺された。

 さらに火災に算を乱す者、旗本の弓兵が射かける弓で倒れる者……

 兵たちの頭のなかには、逃げたい……逃げるしかない……という言葉が明滅していた。


「すごい……これ、美味しい」

[でしょう? あたしたちにとって至高の味よね。人の恐怖。これがまじないの器を広げてくれる]


 紗絵と男たちの場の後方で、涼が恍惚とした表情を浮かべていた。童だが、童の浮かべられる顔ではない。快感に狂う女の顔……。人の恐怖は、九尾の狐の呪いの器を広げる最高の餌……。


「お姉さんたちや紗絵様も……」

[ずっと味わってきたのよ]

「もっと欲しい」

[あれほど強くなくても、紗絵ちゃんみたいなことはできるわよ。ああすれば、もっと味わえる。わたしが尻尾を使って助けてあげる]

「うん、やるわ」


 涼は紗絵に並び立ち、太刀を八相に構える。4尺足らずの普通の太刀だが、切れ味は鋭いし、肉厚で重みがある。男の武者でもなかなか使いこなせない。だが、自分と紗絵の呪いを重ねかけして筋力を強くし、力強く振り抜ける。


「かかって来なさい! こんな童が怖いの?」


 涼の呪いは紗絵よりも強かった。何より男たちの恐怖は頂点に達していた。そこに呪いで憎悪を煽られた……すべての兵の感情のたがが飛んだ。


「この餓鬼共を倒せば、逃げられる。周りの兵も100程度しかいない」


 目の前で惨劇を見ているのに、前方への脱出というあり得ない選択……兵たちは一人また一人と、喚きながら2人を目がけ突進した。だが、誰も統制していない、烏合の衆だ。一人ひとりの腕前は確かでも、ばらばらに攻め寄せる格好になった。


「弓兵! 狙って射ろ! 矢の続く限り、敵兵どもを射続けろ! 槍兵! 第1組から第4組、前に出ろ! 2人の左右に出て敵を挟め! 2人に左右から向かう者の背を叩け! 突け! 第5組の10人はわたしに続け! 2人の背後を固める!」

「おうっ!」

「呪い師は治癒・回復に全力! 誰も死なすな!」

「はっ!」


 紗絵が敵と斬り結ぶなか、そう兵たちに指示を飛ばしたのは茉だった。呪いは使えるし、武術も坂東武者が舌を巻く……だが、茉には狐の力はないし、今まで指揮したこともなかった。

 それでも旗本たちは、紗絵と同じように茉の言葉に従った。一郡を束ねた領主の娘の威光……大沢宿での修業でそれが強くなったのかもしれない。

 紗絵と涼を敵兵が取り巻く、その周りを左右から旗本の槍兵が襲う。2人の真後ろには茉と10人の槍兵がいて、2人の背後に回り込もうとする兵をことごとく屠る。

 ばらばらの攻めでも、密になれば、紗絵と涼でも押し切られるかもしれない。槍兵が背後を見せる敵を討つので、それが防がれた。


 呪い師は茉の背後に列をつくり、傷ついた兵を見ては、治癒の魔法を飛ばす。なかには火球や雷鳴を呼ぶ呪い、法力、式、物の怪を使いたがっている者もいるのだが、ここは我慢した。こちらの槍兵が傷つけば、遠隔からの呪いで傷を治していく。


 茉はさらに紗絵に代わって指揮を取り続けた。敵兵の動きを見て、槍兵に指図し、矢の尽きた弓兵に太刀を抜いて戦列に加わるように鼓舞し……それらが状況を見ての的確なものだったというのは、四半刻後にははっきりした。

 紗絵と涼の周りに築かれた、屍山血河……100名ばかりの上杉の旗本衆はこの攻防で、500以上の足利勢を討ち果たした。3人の揃いの薄紅の着物と濃い紅の袴は、べっとりと返り血であけに……というよりは赤黒く染まっていた。


陣形の変化

▲=弓5人 ■=槍5人 □=呪い師5人


【最初の10人を倒す】

   紗

▲▲▲▲▲▲

■■■■■■

  涼茉

 ■■■■

  □□


【涼が前に出て挑発】

  紗涼

■■■■■■

▲▲▲▲▲▲

   茉

 ■■■■

  □□


【茉が陣形を整える】

敵敵敵敵敵敵敵敵

■■↓↓↓↓■■

■■→紗涼←■■

   ■茉■

 ▲▲▲▲▲▲

   □□

(矢印は敵の向かおうとする方向)

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