05 飛び散る火の粉がとってもきれい(1)
【鴻巣館、芳春院周辺図】
「石火矢は用意できた?」
「いつでも撃ち方を始められます」
紗絵が尋ねると石火矢衆の侍大将が答える。
石火矢……直径3寸の鉛玉や鉄缶を射出する、大型の銃……いや、小型の砲である。元々は、西洋から銃砲の原理が伝わった、明の攻城砲を縮小して複製したものだ。
この小型の砲の構造を再現することに成功したのは、大沢宿の製鉄所だ。西国の豊かな大名は、西洋と同様の青銅製で実用化しているという噂もある。
堀部が作ったのは鉄と銅の合金製で、やや小型である。ただ、手に持って撃つわけにはいかない。
今、この小砲は台替わりに盛った土の上に載せてある。筒先が斜め上に向くように、盛り土には斜面をつけてある。
紗絵たちは寺の南西に陣取り、砲口は北東に見える寺の山門に向いている。
芳春院の外観は見事なものだ。土塀の向こうに、本殿、書院、宿坊などの建物が星空を背景に浮かび上がる。周囲と敷地内は木が疎らで見通しは良い。
寺には殺生石が封じ込められていたが、外敵に対する霊的な守りはない。侍たちも鴻巣館の守りに集中している。まったくの無防備だ。
渡良瀬川を先に渡った一行は、まず、この寺を破壊する用意を整えた。
紗絵は無言のまま、少女が持つには不似合いな2間(3.6m)の六角棒の中央を握りしめ、頭上に振りかざす。
旗本衆には、石火矢を放つまで声を出すなと命じてある。将兵たちは同様に無言のまま、槍や弓を天にかざして紗絵の鼓舞に応える。無言でも兵たちの気持ちは高ぶり、荒ぶる。
紗絵は指南役の信綱でさえ舌を巻く剣術・槍術・体術で、すべての旗本を心服させている。まさに「今巴」と呼ばれるにふさわしい。半人半狐の姿の神秘性と相まって、将兵たちの信仰の的である。今回は甲冑を身に着けていない。派手な色の着物をまとった若衆のように見えるその姿は、戦場に不似合い過ぎて、存在感を引き立たせる。
紗絵を左右に挟んで、緒江、於佳津、茉、涼が呪いを念ずる。将兵の士気をさらに高揚させ、身体の反射の速度を上げる呪いだ。無防備な寺に大げさかもしれないが、鴻巣館の兵が出てくるかもしれない。時間を無駄にはしたくない。
事前の取り決めの通り、呪い師と弓兵は、南の鴻巣館に対して警戒する。
紗絵は剣呑な鉄の棒を降ろし小脇に抱えると、凛とした小声で石火矢衆に命ずる。
「火を灯せ」
着火している火縄を収めた火口箱が開けられる。種火を藁に燃え移らせ、さらにその火を2人の兵が持つ松明に燃え移らせる。
暗夜の炎は、かなり遠くまで見える。鴻巣館の将兵たちが騒ぎ始めるだろう。
だが、もう準備は終わっている。石火矢は斜め上に砲口を向ける形で、盛り土に固定されている。
この砲口の角度で、この火薬の量なら、これだけ弾が飛ぶ……というのは、領内で何度も試し撃ちをして確認済みだ。十分な火薬を袋に詰めて予め用意。その袋と鉛玉が、砲には装填済み。
紗絵は間を置かず、指図する。
「第一組、放て」
松明を持つ兵が、無言のまま、松明の炎を石火矢の尾部に設けられた火皿に近づける。
……シュッ……
火皿の上の少量の黒色火薬に火が灯り、燃え移った火が小型の方の尾部に走って消える。
その刹那……
……ドーーーン!!!!
猛烈な爆音。
砲口と砲尾から派手な火炎と煙が噴き出す。
砲尾に穴を開けない方が、威力が倍化することはわかっている。しかし、砲の強度がもたない。反動も小さくなるから、狙い目を再調整する手間も防げる。これでも十分な威力があるはずだ。
……バキッ! ズドン!……
撃った次の瞬間、山門の分厚そうな扉の片一方が、木端微塵になり、後方に土煙が上がる。
「狙い、このままでよし!」
石火矢衆を率いる侍大将が叫ぶ。
第一組は、その着弾の成果をよそに素早く次の作業に移っている。石火矢の尾部に近い砲の上部の蓋を開ける。水に浸した幣で尾部を冷やしながら火薬の滓を拭き取る。そして、火薬の入った袋、今度は火薬と鉛玉の詰まった缶を詰めていく。
その作業の傍らで紗絵がまた号令を降す。もう遠慮はない。周囲にもはっきり聞こえる大声だ。
「第二組、放て!」
……ドーーーン!!!!
今度は、残った扉が蝶番のところから千切れ飛び、山門の上部の楼も衝撃で崩れ落ちてしまう。
崩壊した山門の奥の暗がりに、内に灯りをともしてほのかに明るい本堂が見える。
「急げ、第二弾の用意だ!」
今度は第二組が大忙し。その傍らで、侍大将と第一組の組頭が作業の完了を確認する。
「障害物なし。そのまま撃てば本堂に当たる」
「火縄に着火。上蓋閉じろ……」
見つめる紗絵に、侍大将が頷くと、紗絵が再び大声で命ずる。
「第一組、放て!」
……シュッ……
その音とともに、今度は、火縄から火の粉を飛ばしながら鉄器が飛んでいく。
それはそのまま、本堂の横の障子を突き破った。
一拍……二拍……間を置いて、今度は本堂の中から……
……ドン!……
短い破裂音。同時に、壊れた障子の影から火の手が上がる。人の悲鳴らしきものも聞こえたから、山門の様子を見に、僧が出て来ようとしていたのかもしれない。
「第二組、放て!」
……シュッ……
……ドン!……
さらに本堂のなかで、炎が高く上がる。
「一気に燃やし尽くすぞ!」
紗絵の号令で槍兵が松明を持ち、山門へと向かう。紗絵たち5人もだ。
弓兵と呪い師たちは、南の鴻巣館の方を向いて警戒を続ける。
石火矢衆は、新しく南西の鴻巣館に向けた盛り土を始める。
どの兵たちにも、予め夜目の効くようになる呪いを於佳津たちがかけている。昼間と変わらぬ様子だ。
ここまでの行動の上出来に、於佳津も、緒江も満足そうに会話している。
「火球を飛ばす呪いの力を使わなくていいなんて楽ね」
「いっそすることがなくなって、ずっと気持ちいいことをしていられればいいのに」
「怠けたら、力が衰えるわよ。少しは働かないとね」
「はぁ…お姉さん真面目すぎ。それにしてもきれいね。舞い上がる火の粉が、星空に重なって……」
そんなやり取りを背後に紗絵は苦笑しながら先頭を切り、山門前に達すると、兵たちに号令する。
「寺じゅうに火を点けて回れ! 柱一本残すな!」
「おう!」
紗絵の持つ六角棒は、これを2間(3.6m)に引き伸ばし、真ん中あたりを持ち、槍のように構える感じ。
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石火矢は、これより大型で、木製銃床がなく、地面に土を盛って斜面に据え付けるという感じ。
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