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26 金龍の守護する地で(2)【ダウングレード】

 3月6日の真夜中。浅草寺の近所の女郎屋の一間。広めの座敷に何人かの男女が正気を失うように寝ていた。

 武蔵国の最古の寺であり、神社並みに現生利益を与える場になっている。いろいろな人が集まり、行楽地でもある。

 その横丁や裏手、千束池の畔や隅田川の河原まで。芝居小屋・見世物小屋、食事処に呑処も多い。もちろん、色町もある。

 その日の早朝、紗絵たちは旗本の将兵を江戸城の南側の外城に移した。龍が寝ている姿に兵たちは仰天したが……何とか宥めて外城に駐屯させ、兵糧も運び込んで、城の修復と周辺警固を始めさせた。

 兵に指図した後の昼過ぎに、自分たち5人と憲政に将門、信然、小五郎たち足軽5人衆は、浅草寺界隈へ戻った。そして、横丁の小さな女郎宿を借り切った。8人いた女郎のうち、小五郎たち5人の足軽にはそれぞれ1人ずつを当てがった。自分たちの所には3人の女郎を呼び、死なさないように生気を吸い上げた。こっそり河童の禰々子も呼び込み、お互いに生気のやり取りもした。憲政や信然、将門とも交わった。

 乱痴気騒ぎ……それが終わって戦いの疲れを癒やすための眠りに、皆が落ちている。


 今は夜中……丑三つ刻(2時)頃。

 その中で茉と於佳津だけが目を覚ましていて、抱き合っている。

 全員が眠ってしまうと不意打ちに遭うかもしれない……と嘯いて起きているが……。体を合わせていたいことへの言い訳でしかない。


「茉っちゃん……ありがとう。いっぱい気持ち良くしてくれて」

「お姉さんに教えてもらったこと、お返ししただけなのに」

「あなた……初めて遭ったときは子供だったのに……すっかり大人びちゃって」

「お姉さんたち、年取らないんだもの。わたしは育っちゃった……その間、いっぱい教えてもらった」

「年下の子にいじめられるの、どきどきしちゃった……」


 於佳津は仰向けに寝て、その右横に茉が横向きに添い寝して、体を合わせている。於佳津の左側に葦の霊体が寄り添って腹ばいになっている。


「お姉さん役ずっとしてたから……」

「うん……ずっと茉っちゃんのものにしていいよ……」


 いつもなら、ふかふかの於佳津の体に茉が顔を埋めて、心地よさを味わい、於佳津が茉を抱きしめているところだ。今は於佳津が茉の胸に顔を埋めて抱きしめられている。


<於佳津さん、強いし、冷たいし……そういう印象だけど。玉藻さんに甘える立場だったのよね>

「和華さん以外に、わたしが頼れそうな人ができて良かった……」


 於佳津は茉に甘え続ける。


「今は、わたしの方が時々年上に見られちゃうもんね」


 茉や涼は狐が憑依して日が浅いから、見た目との差が実感できないが、於佳津も、緒江も、紗絵も、狐が憑依したり、合体したことで、外見の成長や老化がほとんど止まっていた。

 於佳津は23歳なのに、いまだに18歳に見える。

 緒江は19なのに見た目は老成した15、6歳。言動が年齢なりに大人びているので、幼さと妖艶さが同居している。

 紗絵は15なのに、13歳の幼さそのままで、武芸の凄さがなければ、坂東武者たちが従うのか怪しいくらいだ。

 そんななかで17歳まで普通の人として成長した茉は、時々於佳津より大人びて見えることもある。やせてはいるが、胸や尻の肉付きも於佳津よりある。だから、茉が年上に見られることもある。


「わたし、中で見てる玉藻さんに笑われないようにしなけりゃ……なんて思っちゃうのよね」

「和華さんにすり寄るのはそういう理由よね。懸命にやりすぎちゃうから、誰かに頼りたい……」

「うん。でも、和華さんは大沢宿の留守を任せないとじゃない。もう一人、頼れる子が欲しかったの」

「ええ? わたしじゃ役不足じゃないの? ふふふ」

「つれなくしないで。あなたは、紗絵ちゃんと同じ。お姫様の匂いがするから」

<持って生まれたものの違いってあるのよね。玉藻さんが、あたしみたいに取り憑いた霊のままだったらねえ。於佳津さん、玉藻さんに頼れるのに>

「一つになったから、わたしが眠らないと、玉藻さんの意識は表に出てこないし……」

<だから、茉様……於佳津さんをもっと助けてあげて>


 葦が2人に寄り添って、茉に諭すように言う。


<於佳津さんはもっと紗絵ちゃんを立てたいけど、憲政さんもいるからね>

「わかるでしょ。この1年、あなたが憧れるくらい紗絵ちゃんはよくやってくれたけど……わたしはあなたにすがりたいの」

「緒江姉さんではないのね」

「あの子は好き勝手でいい。涼はもう少し成長しないとね。だから、わたしは、あなたに……あんっ……」


 茉は於佳津の口を吸って塞いでしまう。抱きしめて、覆いかぶさって体を正面からくっつけ合う。


「本当にわたしの物になってくれたから嬉しい」


 口の中で舌を絡ませ合いながら思念を交換しての会話……


「これから江戸はどうするの? 於佳津姉さん」

「江戸城には……田上城の人たちに移ってもらうようにする」

「河越城は?」

「お殿様次第かなあ……紗絵ちゃんの妹って何人いるんだっけ?」

「あ、中山さんみたいに、お殿様の娘さんを誰かの息子にやって一門にしちゃって河越城を預ける手ね」

「河越城をどうするかは、また相談しないとね」


 吸い合っていた2人の口が離れる。唾液が糸を引いている。2人はおでこをくっつけ合って、満足そうな笑顔を浮かべる。

 そこから於佳津の笑みが苦笑めいたものになる。


「変よね。こんなことしながら、政とか戦とか……」

「わたしは好き……」

「わたしの同類ね」

「悪どい狐同士ね。善人ぶって政をするのも、戦をするためなのよね、お姉さん」


 すると、紗絵が目を覚ましたのか、話に割り込んでくる。


「2人だけで秘密の話なんてずるい」

「起きたの? 旦那さんのいる子をわざわざ起こしたくなかったのよ」


 紗絵は憲政と抱き合って寝ていたが、顔だけ背中の方へ向け、2人に話しかけてきた。


「ねえ、夜明けまでに間があるけど、少し表に出ない? 散歩がてら見ておきたいことがあるの」

「うん、いいわよ。ほかの皆は?」

「起こさなくていいよ、寝かせておきましょう」


 九尾の狐と合体したり、憑依された者は快楽を貪っても溺れない。性愛の快楽は、人を籠絡するための手段であり、自分の生気を回復する手段。溺れないために、呪いも使ってでも自分の心身を律する。何度も気をやった後とは思えないくらい、3人の動きはしっかりしている。


「紗絵ちゃん、どう? 憲政さんと交わってる間、将門さんの気配は気になる?」

「さっきは、将門さんは葦とじゃれてたみたいだから、ちっとも……」

「じゃあ、上手いことやっていけそうね。茉っちゃんが2人と一緒に交わる時なんかもね。葦は将門さんにお任せすればいい」

「うん。でも、将門さんも交えていろいろな楽しみ方ができればいいのよ」

「何かの拍子で、わたしが葦と一体になったら、わたしも将門さんに弄られちゃうのかしらね」

<わたしはかまいませんよ。茉様がお望みなら、私と将門さんと一緒にお相手してもいいし>

「そうねえ……それも楽しそうかもね」


 明け透けな話をしながら、3人は襦袢と胴衣と袴を着ける。


「すっかり着替えたいけど、しょうがないわね」


 於佳津がぼやくが、舟に積み込む私物を減らしたから仕方がない。何から何まで、5日の朝に出かけた時のままだ。襦袢は汗臭いし、着物には返り血も付いている。紗絵の着物も煤と返り血、茉のも土埃でひどく汚れていた。緒江に限らず、ずたずたに切れているところもある。夜が明けたら、浅草寺の仲見世で呉服屋を探したいところだ。

 丑四つ刻(2時半)……色町の通りも人影はない。


「ちょっと見ておきたかったの」


 そう言って於佳津は千束池の畔に出て、西に進む。紗絵と茉が左右に並び、於佳津の腕にすがりつく。池の端が南に方向を変えたところで、記憶になかった川に出くわす。


「あ、新しい川ができてる?」

「水の動きもゆっくりだし、堀に近いわね」

「葦ちゃん、上から見てくれない?」


 於佳津の声に紗絵が反応し、茉が葦に指示する。


<金龍が地中から抜け出した跡だね……。浅草寺から千束池までは地中から頭を引き抜いたから、地表は何ともない。池のここから神田明神を通って江戸城まで、地表に裂け目ができて、池や川や堀から水が入ったみたい>

「じゃあ、石神井川や平川とつながったんだ」


 葦の報告に茉が応える。すると、於佳津に考えが閃いた。


「江戸前島の東西を水路で結ぶ手間が省けるわ」

「ああ、今の溝を拡幅して、本格的に堀にすればいいんだものね。石神井川や平川ともつながって、舟が通せる。千束池と隅田川の間の川をまっすぐにしてもいいかもしれない」


 紗絵がそう続けると、茉も自分の考えを口にする。


「いっそ千束池や不忍池にみなとを作っちゃう? 芝崎村も千代田村も潰れたから、町を一から作り直すつもりで。千束池で荷の積み下ろしができれば、浅草寺の門前がもっと栄えると思う」

「いいわね。海で商売している猛々しい連中を引っ張りこみたいしね。隅田川・利根川へ船で往来するとき、前島を回り込む手間も省ける。あそこの上野うえのの台地に、江戸城の支城を作れば、守りやすすくなるわね」


 於佳津がそう答える。すると、江戸城の方を見やった紗絵が賛嘆の声をあげる。


「あ、すっごい綺麗……金龍のせい?」


 江戸城の中城に金龍が長大な体を折りたたむようにして載り、眠っている。かすかな月光を金色の鱗が増して返しているのか。台地の中央の上に、光の塊が輝いている。

 於佳津も思わず、つぶやく。


「神々しいってこのことね……これは見物していて飽きないわ。昼間もこの調子ながら、龍が実在するって大勢の人が知ることになる。後々どうするか考えよう。ね、紗絵ちゃん、茉っちゃん」

「うん、大沢宿にも帰りたいけど……しばらく江戸にいることになるのかしら。父上とも連絡を取って、考えないといけないわね」

「お姉さんも、紗絵ちゃんも、わたし、一生懸命支えるからね」

<将門さんが怠けたら、お尻はわたしが蹴飛ばすわ>

「紗絵ちゃんも、茉っちゃんも、葦もよろしくね」


 こうして3人と1匹は、金龍が放つ美麗な光を眺めながら、これからの関八州に巻き起こる騒動に思いを馳せるのだった。


――了――

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