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23 国を完全にひっくり返すために(1)

「お主ら、不思議に思わんか? そもそも人の怨霊の如きが、なぜ人外の物の怪で最強の部類のお主らと互角にやり合えるのか? お主ら、四聖の朱雀と渡り合えるのだろう?」

「なぁに? いきなり。剣術だけだったら、わたしと互角以上に渡り合える常人だっているのよ。怨霊の情念が強ければ、力も強くなる。それだけでしょう? 別に不思議でもなんでもないはず」


 構えを解いた将門の口から出たのは、不意の問いだった。冷静な於佳津も、彼が何を言いたいのか理解しがたい様子だ。於佳津の返事に呆れた様子で、将門は話し続ける。


「だが、呪いなら、お主らに匹敵するやつは、早々おらん。剣と呪いを合わせた戦いなら、お主らを上回るのは、日の本にも数えるほどもおらん。わしも人外の力を取り込んだのだ。わしなんか霞んでしまうほどのな。でかい龍がここには眠っておる。かつて結界から漏れ出ていた力を、わしは怨霊になるときに自分の中に取り込んだのさ」

「へえへえ……」


 呼吸を整えながら、激しく斬りあっていた緒江が好奇心ありげに、ふざけた返事をする。


「龍なんてそんな簡単にいるもんじゃない。ところが、この国では湖どころか、大きめの池や沼があれば、ほとんどに龍神の伝説がある。だが、大概は蛇妖や蛇神が自分を大きく見せて、龍を騙ってるだけだ。江戸は例外で、一番古い寺の浅草寺は、本物の龍を祀っておる。浅草寺の山号の金龍山は、それに由来しとるんじゃ。それというのも江戸城から浅草寺にかけて、地中に龍が閉じ込められておるのよ」

「あ〜、この辺に神社や寺が多いっていうのは、もしかして……」


 緒江が将門の話に引き込まれていく。


「うむ。この地に龍を閉じ込めたのは海の神。綿津見神わたつみのかみだ。その力がだんだんと衰えてくる。その代わりじゃな。村ごとに龍を鎮めるために寺社をつくることを、京の連中は奨励してきたんじゃ」

「何で龍が閉じ込められたの?」


 於佳津が笑いながらだが、まったく冷静に問いを発する。


「経緯はよくわからん。今から……2000年以上昔だろうな。朝廷なんてものができる遥か昔だ、関八州は大部分が海だった。この関八州の陸地ができる時に、綿津見神と金龍に諍いがあったとも聞く。ここを陸にしようとして怒りを買ったのかもな。ともあれ、浅草寺の地下に頭、神田明神にかけて胴体があって、江戸城の地下にかけて尻尾という形で、龍が寝ている」

(風水の相が最高とか、それと関係ある?)


 こだまも話に入ってくる。興味津々だ。


「浅草寺が祀っている金龍は、黄龍の眷属でも最上位の器じゃ。良き場所になると踏んで、土地を作ろうとしておったのではないか」

「なるほど、東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武……西の『街道』以外の要素は地面ができあがるに従って自然にできた。そこに黄龍の眷属がはまり、最後に人が西から街道も作って白虎の要素も揃った」


 於佳津の指摘に、将門がうなずく。

 金龍は綿津見と争って封じられたにせよ、関八州の土地はできあがった。霊的な条件も整った。地味にあふれ、作物も取れる。人にとっては良いことだらけだ。


「黄龍や金龍が人のためになるものなら、その眷属がわたしたちの味方になるとは思えないけど?」


 紗絵が皮肉を利かせた声で言う。


「神だの聖獣だのが、すべて正しいか? お主らには釈迦に説法じゃろ。喧嘩した挙句に、2000年も地に埋もれてるのだ。復讐心の一つも起こって不思議あるまい」

「それもそっか……」

「神田に晒しものにされた体があるのを幸い、わしの首がここに戻ってきた狙いも、だいたい見当がつくじゃろう?」

「朝廷と公家の支配をひっくり返すため?」


 紗絵の目が爛々としてくる。将門は頷き、話を続ける。


「わしの首はここに帰り、体に継がれ弔われた。だが、成仏はせず、怨霊となって後継者になりそうな連中を人知れず助けてきたさ。それは2つの幕府という形で、成功しかかった。ただなあ。どっちも中途半端に朝廷や公家、寺社に取り込まれたのがいかん。特に今の幕府は、武士の本場で勝負できないのだからしょうもないし、今や有名無実だ。お主らが討った古河公方でさえ、事実上、幕府から独立した大名と化していたからな」

「やっぱり馬鹿が多いということね、お侍たちは……。今は、国の外で倭寇とか呼ばれている海賊の方が、よほど性根が座ってるかも」

「過去にわしが関八州で見てきた中で一番筋が良かったのは、鎌倉の執権の北条の娘っ子だ。頼朝の嫁だったな。政子と言ったか。だが、周りの男どもがつまらん奴ばっかりだった。承久の乱など、根こそぎ日の本を変える良い機会じゃったのに……」

「ちょっと待って。将門さんがを封じている結界みたいなものって本当は何なの?」

「まず神田明神。わしを祭神にしているから、これが一番の重石だ。次に芝崎道場。あれの念仏で江戸から出られないという縛りが強烈に働いていた。江戸川を越えられなかった。それを助けていたのが、そこの天満宮と湯島天神。わしと同様の怨霊と言われる菅丞相(菅原道真)の力じゃな。あとは、そこいらの寺社からぼちぼちだな。浅草寺と神田明神と、そこの天満宮は、金龍にも大きい重石だ」


 紗絵の問いに、指折り数えながら答える将門……。


「首塚そのものは容れ物でしかない。いい具合に瘴気も広がっただろう。隣に寺をまた建てようなどという者ももう出まい」

「もちろん、神社は壊せないように、あなたは刷り込まれている。わたしたちは、いい具合に、あなたに利用されたのね」

<わたしがこの男に加担しようとしたこと……わかってもらえる?>

[楽しそうだものね。それはわかるわ]

「おお、あまっ子とて、力がある者ならば、わしにはどうでもよい。こんな怨霊なのだし、物の怪でも仲間になっていい。葦を捕まえに行ったのは、使えそうならば保護するつもりだった。別の破片が蘇れば、迎えに来るだろうとも思ったしな。お互いにこの瞬間から、手を握ろうじゃないか」


 狐たちも面白そうに口を挟むなかで、一人だけ話の流れに乗れないのが憲政だ。


「あーちょっと……何で余は呼ばれたのかな?」

「ちょっと待ってね、憲政さん。将門さん、答え出しちゃっていいの?」

「うむ、一思いにやってくれ」

「じゃあ……」


 緒江が苦悶丸を手にしたまま、将門に近づく。彼は兜を脱ぎ放って、脇へ放り投げる。ガシャンっという音と同時に……


……ヒュン……


 苦悶丸が風を切る音。

 将門の首が、斬り落される……いや、正確には落ちない。


「ふはは……久しぶりじゃな、これ……」


 将門の体が倒れ、実体から霊体になって消えていく。首も実体から霊体に戻ったようだ。宙に浮かび、背後が透けて見える。

 その首が上に弾けるように飛び上がったと思うと、猛禽類が獲物に襲い掛かるような速度で、落ちてくる……落ちてくる先は……


「え? 何じゃ?」

「ちょうどいい器だったからね」

「それにしても、面白くないわね。あたしたちくらいの助平なことは起きないわけ?」

「冗談じゃない。憲政様に男が絡むなんて。そういうのは要らない」

<あはは……何にしても、これで一緒にいられるから、わたしにとっては上々>

[ややこしい関係になりそうだけどね。葦は将門さんと添い遂げたいし、紗絵ちゃんと憲政さんは今のままが望みでしょ?]

「あら、まぐわうだけなら大丈夫じゃないの?」


 そんな間に、憲政の首にかぶさった、将門の首の霊体は光を発する……そして、将門の首は消え、憲政に将門の思推が流れ込む。


【大丈夫だ……九尾の狐の憑依と違って、ただ取り憑くだけだ。男同士の衆道にも、わしは興味がない】

「な、ならいいんですけどね」


 憲政は起こっていることを理解して、おっかなびっくりである。


「わたしに玉藻さんが最初に憑依した時も、ただ取り憑いただけ。本当はそんなもんよ。あとの4人と4匹が行きすぎてるの」

(玉藻さんは、結界からの脱出に必死すぎて、余裕がなかっただけよね~)

「何でもいいが、余に憑く意味が。まだわからん」

【地縛霊になってしまってな。神社を打ち壊して武蔵国は出られても関八州からは出られんのだ。逃れるには、憑依霊に変わるのが手っ取り早い。狐に同行できる男は、お主か、そこの坊主か、そっちの5人の足軽どもの誰かだ。一番、わしの立ち場に近くてわかりやすいのが、お主という寸法よ。これで3つの神社を打ち壊せば、お主とともにどこへでも行ける】

「それならいいですけど……まあ、慣れればいいのかな」

【深く考えるな。さっき言った通り、衆道に興味はない。だから、狐と女たちのようになるつもりもない。わしはたまに葦と交われればいい。少しはお主の肉体から離れられるから、お主とお主の連れ合いの邪魔にはならんぞ】

「成仏すればいいじゃないですか。自分は今以上に偉くなるつもりもないし、子孫も残すつもりがない。関八州や日の本をまとめようとかいう野心もない」

【そこがまた好都合。お主は神輿、わしは軍師。お主は関東管領で、古河公方を討った男だ。神輿にちょうど良い。大人になるころまでに、わしに代わる軍師に育っていけばいい】


 そこで紗絵が話に割って入る。


「それで、金龍をよみがえらせて、どうなるわけ。本当に関八州を壊したりしない?」

【万一そうなっても、わしが何とかする】

「式や物の怪を操ることはできるのね」

【四聖獣は無理だがな】

「さっきの話だと浅草寺は壊さないのね?」

【うむ、そこの平川天満宮、それに神田明神、湯島天神を壊せば、金龍は自力で動く。わしも解き放たれる】

「じゃあ、国家転覆の遠大な策を始めましょうか」


 紗絵がいうと、女たちはそれぞれ得物の用意を始める。憲政と信然、足軽の小五郎たちは、生唾を飲み込んで、これから起こることを待ち受けた。

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