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22 狐狩りと城の崩壊(2)

「上手い具合に江戸城に入ったもんじゃな」

「よく言う。自分から誘っておいて」

「お察しの通りじゃな……おっと……危ない。喋りながらの斬り合いは、やはり危ういな」

「ちぇ……首塚はあなたを封印する場じゃないわよね? あなたの動きを縛るのは、神田明神と江戸城の中の神社ね」

「その通り。葦はむしろ、あそこで護ってやっていたのよ。殺生石の破片を狙う者からな。結界に関しては、江戸城を取り巻くすべての寺社が、いわば“糸”を出しておる。神田明神の北の湯島天神もそうじゃな」


 すれすれでお互いの剣と風刃を避け、剣で弾き合う。そばにいる兵は巻き添えになって、一人また一人と命を落とす。富永勢の残兵は、もはや恐慌状態の極みだ。


「駄目だ……こいつらを城に入れるな!」

「そんなこと言ったって……」

「どうしろと……」


 緒江と将門は斬り結びながら……紗絵と於佳津は、北条の兵を打ち殺しながら、江戸城の子城(本丸)の大手門へと雪崩れ込む。緒江と将門の剣技は互角だが、緒江の受けた傷は、信然のまじないが治す。将門は自分の手傷は自分で治さねばならないし、そのために呪いを使うと攻めの手数が減る。

 頻繁に風の刃が飛んで出てくるので、周囲の普通の侍は堪らない。槍を突き入れようとして、槍ごと輪切りにされてしまう兵もいる。

 紗絵と於佳津も、2人の斬り合いの左右で兵のなかに突っ込み、得物を振り回す。兵たちの反撃は2人の毛皮に傷をつけるが、それも信然の呪いが治す。城門付近に取り残された兵たちのその左を夜叉2体、その右を騎馬に乗った5人の足軽が襲う。


……ドンッ……

……ドンッ……

「うおあ!」

「うわーっ!」


 紗絵と於佳津が、空いてる手から発した火球で城門の蝶番を吹き飛ばす。門上に差し渡された櫓台には、弓兵が数人陣取ろうとしたが、黒夜叉が一体跳び上がり、ある者は杖で撲殺し、ある者は地面に叩き落とす。

 あとは淡々と生き残りの兵を平らげていくだけ……。一行は江戸城の廓のある台地の上に進んでいく。そうやって3階建ての櫓がついた子城御殿と居館の静勝軒の間の広場に達する。だが、城の方々へ逃げ込むと思った兵たちが、意外な反応を見せる。


「畜生……かなわぬまでも、せめて一太刀」

「矢をつがえろ……最後まで戦え」

「城を枕に討ち死にじゃ!」


 死にもの狂いになった兵が、どんどん打ちかかり、矢を放つ。


「ちぇっ」

「追い詰め過ぎちゃった?」


 於佳津は舌打ちし、紗絵は怒られたときのように苦笑しながら舌を出す。

 紗絵たちを押し返すこともできない。押し返せても、城門を閉じれない。城に逃げ込もうが殺されるだけだ……。

 そう悟って、兵たちは死兵となって立ち向かってくる。

 筆頭城代は討たれ、半分の兵は一旦は遁走しかかった。中城の遠山綱景、外城の太田資高はそれぞれの兵を率いて、各自の廓に入った。富永勢の崩壊を目の当たりにして、とても子城の救援など考えられないだろう。

 兵たちは将門と緒江たちを止めようと立ち向かいだしたのだ。ここに来て大健闘だ。

 もはやどうにもならない。数十人に討ち減らされた富永勢が4人の周りに群がる。


「最後の最後で、美味しくないわ」

「調子よく切り刻むことだけ考えましょ。で、あとは将門さんをやっつけるだけにしちゃいましょ」

「そうね……紗絵ちゃん、よろしくね」

「かかっておいでっ!!」


 薄ら笑いを浮かべ棒の一端を地面に突き刺して立て、仁王立ちになった紗絵が思いっきり叫ぶ。

 恐怖を克服した人の魂は、彼女たちのまじないの器を少しも広げない。そういう魂を討つのは、彼女たちにとって徒労だ。呪いをできるだけ使いたくない。城門に入るところからは、信然がやってくれるから傷の治癒心配ない。だから、紗絵も於佳津も剣技を最高に引き出す肉体操作だけ呪いを使う。

 後は、紗絵に兵たちを一手に正面の敵を引き寄せて、その間に於佳津が背後から斬り込む。


「うおらー」

「その狐を殺せえ!」

「はっ?! 死ぬのは、お前らだ!」


 憎悪をかき立てられた残りの兵は、紗絵を囲んで殺到する。

 彼女は一喝して、頭上に差し上げた棒を風を切る音を立てながら旋回させる。男たちよりやや背が低いから、棒はちょうど兵の顔を襲う。頑強な鉄棒で、顎を砕かれ、頬を殴られ、次々に跳ね飛ばされる。

 囲んだ一角は、於佳津が斬り込み、招嵐剣の重い斬撃を首に叩き込む。さらに、左右から夜叉と5人衆たちまで突っ込んできた。

 本丸東寄りの居館・静勝軒のところで、死兵はすべてただの屍と化した。


……ミシッミシッ……ギィーーーッ……ドサァッ!…


 緒江と将門が撒き散らす風刃に、壁を飛ばされ、柱が傷つけられていた道灌以来の居館が倒壊する。

 西の空が茜色に染まりだし、夕刻と呼ぶにふさわしい。


「火球よ、集まれ……もっと集まれ」


 於佳津が招嵐剣を目の前の地面に突き刺し、両手を差し上げる。稲荷明神に闇の力を削られて以来、最大級の火球を頭上に呼び出す。ざっと5間(9m)ほどだ。

 そして、それを子城御殿へ投げ込む。


……バリン……ドンッ……ボウンッ……


 本殿の南面の壁に大穴を開けた火球は、櫓の下で弾ける。本殿の内は火の海……櫓に炎が上がっていくのも時間の問題だ。


「ああ、そういう呪いは、左隣の天満宮に取っておいて欲しかったぞ」


 斬り合いの途中とも思えぬ将門の暢気な声……。


「敵の思うままにするわけがない」


 答える緒江。周囲に動く兵はいない。南の中城の櫓や城壁上に兵が着いただろうが、そっちは後回しだ。夜叉や5人衆、紗絵と於佳津で将門を囲む。信然の治癒の呪いも、まだ何度か使えそうだ。


「降っちゃいなさいよ!」


 紗絵が叫ぶが、将門は意に介さず、緒江との戦いに興じている。


「くく……戦いたくて、ここにおるのだぞ。降るわけがない」 

「またまた……解き放たれて、関八州を制して、新しい国を建てたいのでしょう? 太刀から伝わってくる」


 将門も、緒江も、斬り合いながら、笑い、減らず口を叩きあう。頭の箍が外れている。


「あたしたちも、そうなのよ」

「わかっておるぞ。塚の中で、散々話しおうたからの……どりゃ!」


 そう言った刹那、跳び退きつつ、緒江に向けて強烈な風の刃を放つ。


「うわ!」


 緒江は顔から腹の前に苦悶丸を立てて、両手に懇親の力を込めて支える。ずしんという衝撃に見舞われるが、支えきる。風の刃が2つに割れて、背後の南面の城壁に飛んで、どんという派手な音を立てる。


「ねえ、将門さん。この炎……時代の変わり目を告げる篝火かがりびだと思わない?」

「まあ、良かろう。少し、お主らにさえずっておくか。ちょうどよく、駒も揃ったようだしの」


 於佳津が静かに語りかけると、将門は構えを解く。力みを少しも感じさせない自然体で突っ立っていた。


「駒が揃った?」


 紗絵が訝しむ。すると、大手門の方から、涼の声がかかる。


「紗絵様、お姉さんたち。茉様、やりましたよ」


 一同がそちらに視線を向けると、茉と涼……そして彼女たちが従える九尾の狐の霊体がいた。


「あれ? こだまちゃんは?」


 将門との斬り合いに夢中で、緒江はこだまの足取りを見失っていた。


(あたしはこっちよ)

「ほう。ちょうどいい。本当に最後の一駒まで揃ったわ」


 将門がつぶやくと、馬に近い大きさに実体化したこだまが、北の門の方から姿を現す。

 不用意なくらいに将門のそばに……そして……


「上様? 禰々子?」

「北の門のところでたまたま会ってね」


 紗絵が素っ頓狂な声を出す。こだまの背には、何故か憲政の姿があり、彼らを守護するように河童の女棟梁が寄り添っていた。

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