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21 狐狩りと城の崩壊(1)【ダウングレード】

「ああ……紗絵様とお姉さんたち、江戸城を壊しちゃうわね」

「わたしたちも片付けないと」


 平川の東岸に取り残された茉と涼がつぶやく。紗絵と於佳津は西岸に渡る時に視線を2人に投げかけた。将門ではなく、よしを追えと、2人に目配せで教えたのだ。

 葦は最初の攻防の直後、目にもとまらぬ速さで北へ走った。人は人、狐は狐の対決にした方が、数の不利を被りにくい。将門と葦は、そう踏んだのだ。

 だが、計算違いだったのは、茉と涼が揃って、葦を止める方に動いたことだった。彼女らにしてみれば、首塚に押し込められていたせいで将門に靡いてしまった葦を捕えたい。そして、こちらに引き寄せ、茉に憑かせないといけない。殺生石の破片がすべて復活して一体になって動けば、一段と強い呪いが使えるようになる。将門をどうするかは、その後のことでよいのだ。

 葦が将門との関わりのなかで強くなっていても、こだまとけいの2匹なら力量は互角以上。涼と茉も加わわれば、葦を捕えるのはずっと容易になるはずだ。


「茉様、大丈夫?」

「うん、涼ちゃんのおかげで、もう平気だよ」


 茉は涼から離れて1人で立つと、太刀を鞘から抜いてずかずかと、3匹の不可視の狐たちの方に向かう。建物がすっかり倒壊した芝崎村の一番大きな四つ辻の方だ。


「待って。そんなに急がないで」


 涼は茉を追いかけながら、自分に憑いているけいと心を同調させる。狐たちがどう動いているのか、涼の頭の中で線画で軌道が描かれる。


「茉様、そっち! 指先の指すところに太刀を出して!」


 涼は生身の茉に狐たちが見えるまじないをかけ、さらに頭の中で動線を読み、指差しして茉を導く。


「霊体切断!」


 茉は太刀に霊体を切り刻める呪いを乗せ、涼に導かれた動線上、地面すれすれに、太刀の先を降ろして振る。

 見える。茉の目が見失っていた葦の姿を捉える。大きい。闘犬に使う大型犬ほどの体長で、こだまやけいより一回り大きく見える。その進む先に向けて剣先が迫る。

 常人には何も見えない空間にいきなり土煙が立つ。


「くっ、逃がすか!」


 土煙はこだまとけいに追われた葦が急制動をかけ、茉の右へ跳躍して太刀の一撃を避けたせいだ。茉は必死に太刀の先を伸ばそうとするが、葦に上手く避けられた。

 だが……それだけ、葦の注意は散漫になる。


<ちぃ……>


……ドン……ドン……


 茉の一撃を避けたはずの葦が舌打ちする。その体の左右に、触手と化したこだまとけいの尻尾が追いすがる。地面に音を立てて先が突き刺さる。葦の身体は、17本まで尻尾を避けるか、自分の尻尾で払いのけた。しかし、目の前に、最後のこだまの尻尾が1本突き立つ。

 葦は慌てて左へ向きを変えるが、勢いを殺しきれない。


<げふっ……>


 地面に突き刺さり、柱のようになっている尻尾に右のわき腹をぶつけ、葦の動きが停まる。


[捕まえた]


……ドン……ドン……ドン……


 その一瞬で、こだまとけいは残りの尻尾が、葦の動きを封じる。4つの足それぞれに尖った尻尾が突き刺さり、地面まで突き通す。さらに葦の身体を左右から挟むように、10本ほどの尻尾が突き刺さる。


(苦労したわね。村一つ全壊よ。ひどいもんね)

<まだまだよ!>

[わわ……ちょっ……あつ……]


 葦は身体そのものを赤熱化させていく。熱でこだまとけいの尻尾を引っ込めさせようとしたのだ。

 これは心理的な呪いだ。物理的に熱を生じさせているわけではない。

 身体を赤熱化せているという思念を敵に送り込む。強烈な暗示の一種だ。並の人間なら皮膚が「本当に熱せられている」と反応する。火傷、火ぶくれはもちろん、ひどい時には皮膚が炭化することだってある。

 霊体の狐同士の呪いのぶつかり合い。こだまも、けいも霊体だが、葦の念じたとおり、ひどく熱いと感じる。葦の思念を遮断したり、熱を感じてる所へ冷たくするという思念の送り込んだりして対抗しようする。そうなれば単純な話で、念が強い方が勝つ。

 一番小さな欠片だったのにも関わらず、葦の念は強い。首塚の中で、将門と戦いと睦あいを繰り返しているうちに強くなったのだ。

 熱く、もっと熱くと、こだまとけいに思念を送ろうとするが……


「葦ちゃん、かわいい」

「仲良くしてよ……お願いだから」

<ええ?!>


 思念の遮断と、霊体を実体のものとして掴める呪いをかけた茉と涼が葦に、突如、抱きついた。こだまとけいを気にするあまり、茉と涼に注意が向いていなかったのだ。


「ね、気持ちいい?」

「そっかぁ、実体があったら、やっぱりふかふかなんだね」

<や、やめなさい! この!>


 首の後に涼が顔を埋め、息を吹き吹き喉元や肩を撫で回す。茉は背中に頬ずりしながら、腰や尻尾を撫でさする。2人を遠ざけるために呪いをかけようと思ったが、一気に集中力が切れた。こだまやけいが感じていた熱も収まってしまう。


「ねえ……本当、呪いで実体が感じられると、心地いい手触り……」


 涼が左右の手を胸に回して、柔毛の体を撫でまわしていく。


「ここ……将門さんとも、こんな風にじゃれ合ってたの?」 


 茉の手も、柔らかいお腹を小さく撫でる。


<あっ……ちょ……だめ……あっ……それだめぇ……くすぐったすぎる……>


 葦の緊張感と集中力がどんどん緩んでいく。


「尻尾までふかふか……」


 茉は片手で体を撫でまわしながら、尻尾を捕まえ、それまで撫でさする。

 いつしか葦の体は2人と2匹にひっくり返され、お腹を上に、手で撫でられ、舌で舐められ……


<だめだよぉ……溶けちゃいそう>

「ね、いいよ。溶けて。溶けて、わたしの中にはいってよ」

[うん、その子の中に入って……その子は、同胞はらからよ]

(ほら、皆あなたがかわいいって)

「いっぱいかわいがるから、茉様に憑いちゃって」


 茉が葦の体に覆いかぶさって、ぎゅっと抱きしめる……


<あー……溶けちゃう……>

(いいんだよ、溶けて)

[その子と一つになって]

「茉様の気持ち届いてるでしょう?」


 涼とこだまとけいが、茉と葦が一つになるように、念を込める。

 すると、葦の体が紫色に光り出す……。

 狐の姿が溶け、将門が取り出した石の形に戻ったと思った瞬間……。

 光は茉のなかへと吸い込まれて消えた。

 穏やかな茉の顔……葦が消えて、四つん這いになった体を起こし、へたり込むように正座で座る。ぐったりと力が抜けてしまう。


「すごい……頭の中、真っ白になっちゃう」

<負けたわ。あなたの言うこと……何でも聞くから……>

(あらあら……茉に完全に服従しちゃうのね)

[将門さん、捨てられてかわいそうね]

<だってぇ……気持ちよかったんだから>

「茉様に憑いた子……本当にしおらしい……あなたたちの仲間と思えないわね」

「将門さんと一緒にいたのも何か影響あるんじゃないかしら? いろいろ2人の話聞いてみたいわ。よっこらしょ」


 茉は気を鎮めて、立ち上がる。涼が体を支えようと寄り添う。


<茉……様ってわたしも呼んでいい?>

「へえ? こだまちゃんとか、緒江さんに支配されてても、あんなに傲慢なのに」

(あら、言ってくれるわねえ)

[呪いの力は、涼は茉ちゃんより少し上、わたしは葦より少し上なのよね。でも、茉ちゃんがすっかり翻弄したから、そこまでへりくだっちゃうのね]

「やだ……葦ったら……わたしにすっかり取り込まれても、まだ将門さん、好きなのね」

<だって……一つところに150年もいたんだし……>

「いいよ、将門さんのところ行こう。だいたいわかった。将門さんはほとんど解き放たれてる。あとはいくつか神社を壊さないといけない」

<うん、北の神社2つだけじゃないのよね。城の中にある神社も……>


 なるほど……だから、緒江たちと将門は、江戸城へと動いているのか……と一行は思い当たる。


(少し面白いこと思いついちゃった……。あなたたちは先に江戸城に向かって。わたしは後で行くから)

「うん、わかった。緒江姉さんが苦戦しないうちに戻ってね」

(ちょっと面白いことになるかもしれないから……楽しみにね~)


 そう言うと、こだまは狐のくせに脱兎の勢いで北へと走った。

 茉と涼は、それぞれ葦とけいを従えて、南西に見える江戸城へ向かって速足で進み始めた。

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