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20 人であること、武家であることの不運(2)

「そりゃあ!」


 北条勢が城内に引き返そうとした瞬間……。緊張感が今ひとつ足りない緒江の叫び声とともに、将門との戦いは再開された。

 緒江は自分の手に集めた氷雪を3尺の球に大きくして、振りかぶって勢いよく将門へと投げつけた


……ヒュン……ゴゥッ!……


 猛烈な風を切る音とともに氷の粒が寄せ集まった球が飛び、それを緒江自身が猛然と追いかける。同時に、於佳津が左に、紗絵が右に、緒江をそれぞれ斜め前に見ながら追走する。於佳津の剣には雷が、紗絵の棒には炎がまとわせてある。

 緒江の氷雪の球を当て、将門がどう防ぐにせよ、間髪入れず苦悶丸の一撃で仕留める。左右どちらかに避けたら、於佳津か紗絵のどちらかの一撃で動きを止める。どれになるにしても、ほかの2人でとどめを刺す。

 だが、将門は予想外の動き……。

 平川のすぐ背後にして立つ将門の姿が、緒江の視線から氷雪の球で隠れる。その瞬間、将門は真後ろに……平川の対岸へと跳び退いた。そして、着地点で間髪入れずに真上に跳び上がった。

 氷雪の球はすかされ、将門の姿を見失った苦悶丸の一振りも空を切った。


「避けろ!」


 氷雪の球はそのまま、城の方へ向いた富永直勝配下の隊列の後尾を襲った。

 旗指物や胴衣、甲冑の下地の布を鮮やかな青で揃え、美しささえ感じる隊列……その横で指図していた直勝が気づいて叫んだが、遅かった。


「うおおお!」


 4列縦隊で城の方に帰ろうとしていた青備えの槍兵たちの中央2列の10人目くらいまでが、次々氷雪の球に飲まれた。左右の兵たちは近い方の腕に凍傷を負い、ある者は跳び退き、ある者は腰を抜かす。

 騎馬武者なら馬腹を一蹴りすれば、速度で避けられたかもしれなかった。しかし、騎馬武者は領内の各所に伝令で出しており、城代の供回り数騎しかいない。兵たちは徒立ちの槍兵か弓兵ばかりだった。

 氷像と化した兵たちの直後……。

 将門は宙返りして緒江の裏に降る。振り返って打ちかかる彼女の斬撃を受け止め、押し込んだ。

 激しい刃の応酬……将門と緒江が刃を交える。


……カンカンキンカンキンキンカンカン……


 刀と刀をぶつけ合う。思わず音の方に目線を釘付けにされる兵たち。押された緒江が一歩二歩と下がると、悲惨な光景が生まれる。


……ドカッ! ドカッ!……


 2人が振るう太刀にぶつかって、氷像と化した兵の体が一体、また一体と砕かれていく。

 人体が鈍い音ともに崩壊し、吹き飛ばされる。


「お主らは下がれ! 城の本丸に入れっ!」


 直勝は緒江と将門の斬り合いの場から、配下の兵を遠ざけようとした。残った兵たちと斬り合う2人の間に馬を乗り入れる。自分の槍を右の真横に差し出し、振り向いて槍を構えようとする兵たちを制した。こんな悲惨な死に様を見せられた兵たちが恐慌に陥るのを避けたかった。

 2人の斬り合いは休むことなく続く。刀身をぶつけあいながら、相手の死角へ入り込もうと回り込む。刃を躱そうと、体を捌く。お互いがお互いの力量を冷静に値踏みしている。

 いつしか将門が江戸城に背を向ける形になって切り結んでいた。

 将門は本来は霊なのだが、今は実体を持っている。敢えて実体化して、斬り合いを挑んでいた。

 だが、紗絵たち3人は得物に得意の呪いに加え、霊体を打ち破る呪いも乗せている。将門の本質は霊的な存在なのだ。その方が強い打撃を与えられる。お互いに本質は邪悪な存在……神や仏の「破邪」の力を助けには使えない。

 将門は鎌鼬かまいたちの力を借り、剣の速度と威力を上げている。元は下総国の在地武将の怨霊だ。山や平原に巣食う物の怪との交流は深い。

 鎌鼬の風の刃を刀身にまとわせおかげで、緒江が斬撃を避けても、着物の所々が切れたり破れたりする。新調した革鎧までは傷つかないが、着物がずたずたになって、緒江は思わず舌打ちをする。

 将門の甲冑は当世の甲冑と同様の作りだ。厚手の布の上に鉄の小札をびっしりと貼り付けたり縫い付けたり……かなりの強度がある。だが、苦悶丸が生む重い一撃には耐えきれまい。


「どうしたものか」


 左右に控える格好の紗絵と於佳津は、目を見合わせる。邪魔な北条の兵たちを追い散らすか。それとも、将門と緒江の斬り合いに割って入るか。不測の事態に備えて控えておくか。

 紗絵は斬り合いに割り込みたく焦れている。於佳津は見守る様子で冷静そのもの。

 兵たちにも攻めかかりたいが、自分から仕掛けるのは愚だ……。そう思っていた紗絵の顔が、笑顔になる。

 人間の恐怖は、しばしば自暴自棄の行動を選ばせることがある。そのことは、鴻巣館でも経験したばかりだったが、ここでも……。


「う……うあああああ」


 次々に人体が吹き飛ばされ、崩れ落ちるのを見て、恐怖に駆られた兵の一部が暴発した。直勝が差し出した槍の線を超えて、紗絵に襲い掛かったのだ。

 まず5人。

 紗絵は、炎をまとわせた棒の先を、顔の高さで右に左に振る。棒の先から炎がほとばしるように伸び、それが紐のように左右にしなる。5人の男たちの顔を横に薙ぐ。


「うあぁぁぁぁっ!」

「あ、熱いっ!」


 男たちが顔を押さえ、地面に崩れ、うめき声をあげながら転げる。紗絵は容赦なく、転がる兵を棒で殴りつけ殺戮する。


「ちっ……下がれと申しておる! まともにやり合える相手ではない!」

「やかましい!」


 指図を続ける馬上の直勝に向け、紗絵が一喝……棒を振りかぶりながら跳ぶ。上段から棒を振りおろして、彼に叩きつけようとする。

 直勝は槍の柄を頭上にかざし、自分に棒が当たるのを避けようとする。


「もらった!」


 紗絵はにやりと笑って、棒を振り下ろしながら手前に引く。


「ひんっ!」


 彼女の棒は直勝の槍の柄をすかした。ごつんと鈍い音がして馬が短い悲鳴を上げる。鉄棒は馬の頭部を砕いていた。


「うぉあ……」


 馬はもんどり打って倒れ、直勝は馬にまたがったまま、右半身を下にして地面に叩きつけられる。右脚は馬と地面に挟まれ、ぼきっと嫌な音が右膝からした。


「もう少し楽しませてくれると思ったわ」

「ぐあっ……」


 折れた脚の痛みにうめきながら、身動きがとれない直勝に、紗絵が近づく。眉間にめがけ、紗絵の棒の先が突き込まれ、青備えの勇将は息絶えた。


「くそ……」

「おい、やめろ!」

「うるさい!」

「いや、逃げろ!」


 残った直勝の配下は、四分五裂……。200ばかりの兵は背中を見せて城の大手門へと駆け出した。だが、ある者は主君の仇討ちとばかりに、紗絵と於佳津に打ち掛かかる。また、ある者は将門と緒江の斬り合いに割って入ろうとする。


……ターン……


 そこへ於佳津が剣にまとっていた雷を放つ。斬り合いに割って入ろうとした10人ばかりが倒される。その場に残った侍は、閃光で目を眩ませる。

 将門と緒江の斬り合いに迂闊に近寄った侍たちも、光で見当識を失う。2人が振るう刀に、たちまち数人が斬られてしまう。

 その右手で、紗絵が2間の鉄棒を振り回し、当たるを幸いで兵をなぎ倒す。槍の柄で受けようにも、多くの兵の安い数打ち物では鉄棒の勢いを止められない。簡単に折られて、殴り飛ばされる。

 左手では、於佳津が招嵐剣を振るう。将門と同じく、刀身に風をまとわせ、風の刃を飛ばし、何人もの兵を一度に打ち倒す。


「あ、やっと来たわね」


 そこへ到着したのは、狐たちの味方。視界を奪われた兵から離れ、紗絵が駆寄ったのは、於佳津の配下の5人の足軽。そして、緒江が籠絡した破戒僧。6人とも馬にまたがり、小走りに進んでくる。さらに、破戒僧が呼び出した、筋骨隆々の黒い夜叉も2体が続いていた。


「遅くなって済まぬ。便りをもらって、すぐに大沢宿を出たのだがな」

「河越城の周りで扇谷の詮議が厳しくてな。面倒を避けて入間川の南に出て、真っ直ぐ江戸城に進んだつもりが、道に迷うわ、散々よ」


 僧衣の優男・信然しんねんと、やさぐれた中年の足軽の頭目・小五郎こごろうが、紗絵に申し開きをする。だが、紗絵にしてみれば、ここで助けが来る方がありがたい。


「全然平気だわ。ねえ、このまま、夜叉と5人で逃げる兵を追い立てて。信然さんは、わたしたちの傷を治してね。これからもっと派手にやるから」

「承知!」


 2体の夜叉が5人の足軽を乗せた馬の横隊を挟んで駆け出す。城門へ走る兵たちに一気に追いつく。夜叉は鉄杖を振り回し、足軽たちは槍を兵たちに突き入れる。背を向けて逃げに入った兵たちは脆い。悲鳴があがると恐怖心をあおられ、振り返って抵抗する構えもない。

 数は討てなくていい。こうなると人数がいてもどうにもならないのだ。門前まで2体と5人が停まることはないだろう。


「於佳津姉さん、行くわよ!」

「うん!」


 直勝の仇討ちとばかりに、その場に200ばかり残っていた兵も、もう数十人のみ。紗絵は、その数十人のど真ん中に躍り込む。防御は頭部と心の臓など、即死を防ぐための2本の尻尾だけ……。於佳津も紗絵に続き、お互いに背中を合わせて守り合う位置につく。死にもの狂いの兵たちの突き出す槍が襲い掛かる。だが、信然が快癒の呪いで傷をたちまちふさいでしまう。

 打ち続く破裂音。彼女たちは残りの尻尾に雷や炎を乗せ、得物と共に振り回す。放電と炎の球の爆発の轟音と共に、兵たちがなぎ倒される。

 数瞬のうちに、2人の周りにいた兵たちは1人残らず倒された。

 太刀をぶつけ合う緒江と将門は、切り合いながら江戸城大手門へ進み始める。

 夜叉と足軽5人衆に追い立てを食った兵に続いて、門に逃げこもうとする兵に、黙々と紗絵と於佳津が跳び込む。太刀が、棒が、尻尾が、稲妻と炎を吐き出しながら、兵を次々に打ち倒す。そこに斬り合いを続ける緒江と将門が、誘導されるように吸い込まれていく。

 もはや嵐に翻弄されるが如しの兵たちは、人として、武家として、この場に居合わせてしまったことの不運を呪うばかりであった。

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