18 何もかもを打ち壊しちゃえ(2)
(逃げなさい。真北にある神社、神田明神まで。歩けば四半刻のところにある)
緒江に憑いている狐・こだまが、憲政とともにいるだろう呪い師に向けて念話を送る。事のあらましもだ。不味いと察して機敏に動いてくれればよいのだが。離れているし、呪い師たちの力は今一つ安定していない。きちんと聞き取れているか不安だ。
将門も、その肩に乗っている狐も、にやりと笑う。
「わかるぞ。下の者は大事だからのう。そちらの女子の惚れた男もおるのか。まあ、十分に離れているとは思うがな」
紗絵は思わず舌打ちする。ばれている。狙われるかもしれない。そう思うと、逆上しそうだ。
「そちらも仲がよさそうね」
於佳津が話をつなごうとする。冷静に時間稼ぎをしなければ……。憲政と旗本衆がある程度まで離れ、神田明神にたどり着ければ安心できる。自分自身を祭神の一つにしている神社なら、将門も荒っぽいことはしないはずだ。
それにこの手の男は、話し出すと長い。一時とはいえ大きな成功を収めた男は、自分のことを話したがる。
だが、あっさり目論みは外された。
「駄目だ。お主らのような策略をめぐらす女子のやり口はわかっておる。こっちの狐との付き合いも長いしな」
「ちぇ……あなた、名前は? 分かれてから、この男に拾われて、名前も付けたんでしょう?」
於佳津が狐に冷静に問う。
<葦でいいわよ。江戸にに葦原を作りまくったからね>
「わたしを選んでくれないの?」
茉の泣きそうな声……
<この男に巡り合ってなかったら、一も二もなく、あなたに憑りついてるけど。ふふふ……でも、情が移っているから……>
「こいつが欲しければ、わしを倒せということじゃな」
将門は塚から降りて、5人に近づく。
石棺からは紫の煙……殺生石の瘴気が湧き立ってくる。石棺というよりも塚の地下に貯め込んできたのだろう。それを背に、将門は5人に向かって左半身となって腰を落とす。太刀の先は右手側の地面にすれすれに向かう下段の構えだ。
「その瘴気を停めないと、ここも荒れて、瘴気が引いても葦しか生えない土地になっちゃうわけね」
「ああ、この辺の村の連中も死ぬ。お主らの配下の者もさっさと逃げないと不味い。江戸城は高台にあるから無事じやろうが、この辺の村人や出てきた兵は、どうなるかな?」
城ではほら貝や太鼓がなっている。ある程度、まとまった兵が出て来るのは時間の問題だ。
「この辺の連中や城兵どもがどうなろうと、こっちも知ったことではないの。この土地を治めることになったら、改めて考えるわ」
「わしも怨霊だしな……どうでもよい。では、始めるか?」
紗絵が将門に正対し、そっくりそのままの構えで六角棒を腰だめに……先を将門の顔面に向けて構える。
抜刀している他の4人は、じりじりと将門を扇形に半円に囲もうとする。
将門の右肩の上の小さな狐がふわりと宙に浮く。
すると、於佳津が叫ぶ。
「遮音……ううん、心を閉じて!」
<きゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー>
叫び声……だが、それは人外の甲高く不快な音。
金属の板やギヤマンの表面を爪でひっかくような音が、耳にではなく、頭の中に直に響く。
物理ではない。心理に働く攻撃だ。
茉の守りの呪いが遅れる。まだ生身の人間だし、十分に心を閉ざせない。
「いやぁぁぁぁ……」
泣きながら茉はしゃがみこみ、さらに身を屈する。耳をふさいでも音は鳴り響き、地面を転がる。
あちこちで人々の悲鳴が聞こえてくる。紗絵が左右を見ると、東西のざっと50間ほどのところまで人が倒れ、もがいたり悲鳴をあげたりしている。紗絵の脅しで逃げた住民が、様子見に来ようとして巻き込まれたようだ。
憲政と旗本衆が、こんなことになっていないことを祈るばかりだ。
この不快な音の虚をついて、将門は茉の方へ動いていた。地面に伏している茉の襟首を掴む。
「何をする」
我にかえった於佳津が飛びかかり、招嵐剣の一撃を首にめがけて振る。霊体に衝撃を与える呪いも乗せた。目にも留まらぬ振りの速さだ。
だが、その一撃を、将門は自分の太刀を差し上げ、あっさり払いのけた。
そして、そのまま、首塚の方へ、茉の体を放り投げる。
……ドスン、ザー……
地面で跳ね、塚の方へ滑る少女の体……
「茉様、駄目!」
ぐったりした茉の体に瘴気が迫ってくる。涼が茉の側まで跳ねる。けいが瘴気避けの結界を張り、涼が茉を抱き起こす。回復の呪いをかけると、苦しそうに呻いて茉の意識が戻る。
その間に、斬り合いが始まっていた。
……ガガガガガガガ……ガガガガガガガ……
硬質な物同士が、連続してぶつかり合う腹を揺すぶる音……
首塚から出てきた将門は、実体を得ており、激しく太刀を振るってくる。
中央にいる紗絵が、剣技では最も強い……その紗絵に向かって、左右の肩口を狙って、休むことなく刃が振り下ろされる。
紗絵は六角棒を将門の方に差し出し、左右から襲いかかる刃を弾く。
将門の左右からは於佳津と緒江が、将門と同等の速さで将門の首にめがけて、剣を叩き込もうとするが、それを背後に浮かぶ、葦が9本の尻尾を槍がわりにして防ぐ。
(流石。戦い方、上手い……)
茉を助けるために、涼とけいが一時戦いから離れるように将門は仕向けた。7対2で全周を囲まれそうだったのが、4対2で背中も大丈夫な状況になった。
さらに、こだまが遊兵になった。葦が続いて攻めてくるのを待ってしまったからだ。
「うりゃ!」
こだまが自分も尻尾で将門を突こうとした瞬間、将門は紗絵の六角杖の突きをいなして懐へ入り込む。左前の半身で太刀を持つ右手は後方に下がった状態。左手を自然に伸ばし、掌底を紗絵の胸に当てに行く。気合いとともに闘気が手のひらにあふれ塊となり、勢いよく紗絵の胸にぶつかる。
「きゃあ!」
少女らしい悲鳴を上げる紗絵……だが、体裁きは、新陰流仕込みだ。
逆らわない。踏みとどまるのではなく、将門の気の流れを見て後に飛び退く。
気の塊が衝突しても、そのまま押し流され、飛ばされる。その方が、衝撃で体が壊されずに済む。
紗絵を吹き飛ばした将門に、左右から於佳津と緒江の太刀が襲いかかる。
葦の尻尾は、こだまの尻尾の動きを邪魔する。
……ドンッ……
だが、於佳津と緒江の一撃は地面を叩いた。将門は紗絵を追撃する形で前方に飛んでいた。
「取った!」
空中にいる紗絵の胴に将門の剣先が正確に延びていく。
「残念ね」
紗枝は長い鉄杖で思いっきり地面を突く。その反動で体を真上に大きく跳ね上げ、棒を振り上げる。将門の剣の先から紗絵の体が消える。
上に逃れた紗絵は体が落下し始めると、真下にやって来た将門に杖を振り下ろす。
……ヒュン……ドン!
だが、杖は空を切った。ぎりぎりで体を裁いた将門の右腕の外を撫でるように地面を叩く。
「やるではないか……おお、向こうも始めたか」
……ピシャッ………ドンドン……バキッ……メキッ
将門が西に背を向け、飛び退って3人から距離を取る。
葦が北に走っていた。
すると北の方で、葦をこだまとけいが追いかけながら、雷を落としたり、火の玉や氷礫を投げたり……激しい動きと呪いの力のせいで芝崎村の家々が破壊され、燃え上がる。
「さっきの葦の声で、家の中で気を失ってる人、大勢いるよ」
「しょうがないじゃろ、わしらだって今は剣技だけの応酬だったが……それでは済まんじゃろう」
将門は剣に風をまとわせる。紗絵は棒に炎を、於佳津は太刀に雷を、緒江は自分の左手に氷雪をまとわせ始める。お互いに破壊の力が上乗せされた。
首塚の石棺から溢れる瘴気も紗絵たちの周囲に漂い始める。
茉を心配して、首塚の方を見れば、涼が肩を貸して立っている。結界を張ってお互いを守り合う。
将門は平川を背にしていたが、その向こうに軍勢が出てきていた。
ざっと1500だろうか。江戸城の動員兵力は3城代が1000人ずつ。半分はいろいろな役務で城外に出ているはずだから、ほぼ全力だ。古河情勢に応じて出兵の用意を始めたら、いきなり大騒乱……といったところだ。
「どうするか……後の五月蝿そうな連中を、先に退けるか?」
「特に気にする必要もないのじゃない?」
緒江がのんびりと答える。冷たい……3尺ほどはあろうかという、氷雪の球を左手に乗せるようにしている。笑顔だが、その氷雪ほどの温度を感じる冷笑。紗絵と於佳津も同様だ。
「みんな殺して、すべて打壊せばいい」
「覚悟してね、将門さん」
「気に入ったぞ……かかって来い!」
将門が叫ぶ……その顔も笑っていた。