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11 江戸への川下りの相談(1)【ダウングレード】

 古河城下のある寺の宿坊。


 戦いの後、明け方に紗絵たちは、古河城下へと移った。


 芳春院と鴻巣館は焼失。鴻巣館の兵は1000余が討たれたものの、4000近くの兵が生き残った。古河城は開城し、1万5000がそっくり生存した。その1万5000のうちの5000は、隣の関宿城などの兵だから、それは帰したのだが……。

 堀部・上杉の軍勢は、多人数を収容できる寺に屯営を求めるよりなかった。古河公方の在所だったおかげで、古河にはあちこちに大きな寺院があった。殺伐とした坂東武者に精神修養を勧めるために禅寺が多い。間取りの広い自院が多く、宿を求めるのに好都合だった。

 紗絵たち一行もそうした禅寺の一つに、旗本衆と宿を求めたわけだが……場所をわきまえない乱行を終えたところだった。

 見た目は於佳津や茉が10代後半、緒江と憲政が15くらい、紗絵と涼は10代前半……。性愛に奔放で早熟なこの時代でも、良識ある大人なら一言言いたくもなる一行だ。

 涼に取り憑いて仲間になったばかりのけいと、緒江に憑いているこだまも陸み合う。


[人間離れした量の生気よね]

(今なら、私と緒江だけで朱雀を降ろせる陰陽師を相手に五分に戦えるからね。出会う女を片っ端から干上がるほどにすればねえ……あなたの中をすぐにいっぱいにできるのに。今はそうもいかないからね)


 まじないに使う生気を余裕のある者から、余裕のない者に移す。そのために体を合わせたり、取り憑いている狐の尻尾を男根代わりにつかって、女陰から生気を吸い取る……そんな行為に耽ってしまうのが、この一行なのだ。

 5人の……一部は見た目だけは……少女と1人の少年と乱れた交わりは1刻ほども続いただろうか。


「早く江戸に行こう。茉ちゃんに殺生石が憑いたら、わたしの方が言うこと聞くよ」

「わたしも。茉に『自分のものにしたい』って迫られたこと、思い出しちゃう。ね、江戸で、わたしのこと、茉のものにしてね」

 於佳津に抱かれた茉も満足げ……茉は、この中では一人だけ狐が憑いていない立場になった。そのことを於佳津は気にしているのか、茉を存分にかわいがった。


「ふぅ……お主らに飼われているようなもんじゃな、余は。公方様ほど格好よい武将らしい人生は送れなさそうじゃ」


 憲政は女たちと交わる行為が終わると、胡座をかいてつぶやいた。昨日、自らの手で討ち果たした、古河公方・足利晴氏は、なかなか見事な最期だった。圧倒的な狐たちの力を見せつけられながらも、最後まであきらめなかった。配下の兵たちの活路を作るために、憲政を挑発し、一騎討ちに持ち込んだのだ。

 憲政は今は15歳。足利晴氏は30歳だった。あと15年で、晴氏に追いつけるだろうか。

 なかなか感慨深い。

 晴氏には何人か子どもがおり、惣領息子は古河城に籠城していた。祖父で、晴氏の舅に当たる梁田高助が後見役になっていたが、ともども降伏した。当分は、堀部の外交の道具として生かされるだろう。

 自分は似たような立場だったが、紗絵という伴侶がいたおかげで、今は楽しくやれている。藤氏はまだ10歳前後の童だというが、同情もしたくなる。

 跡継ぎという点でも、憲政はもう自由だ。堀部家に庇護を受ける際に、憲政は自分から望んで、子を作らないと約束していた。紗絵たちと交わっても、子種は呪いで殺されてしまう。山内上杉は憲政の代で断絶する。それでいいと憲政は思っている。


「その公方様を御自身で討ったのですから……上様もご立派です……」


 紗絵が憲政に寄り添い、抱きつく。

 周りに、於佳津、緒江、こだまやけいが、じゃれ合いながら集まる。茉と涼は、昨日の疲れがまだ堪えているのか、横になって寝入ってしまった。


「これからの話だが……本当に江戸に攻め入るのか?」


 憲政も最早ただの少年ではない。色っぽいことの後でも溺れることなく、軍略の話もできる。紗絵は夫である憲政に密着して、色事を仕掛けているのだけど……。

 そんな憲正に於佳津が諭すように言う。


「紗絵ちゃんが、せっかく殿様の裁可を得たんじゃない。あの軍議の場で納得したんじゃないの?」


 軍議での紗絵の提案は、鴻巣館への討ち入りだけではなかった。実は、その後があり、実際のところ、明日にも準備に着手せねばならなかった。それが遠く離れた江戸へ攻め入るという話である。


「しかし、江戸行きを急ぐ理由がわからん。そこは納得がいかんのよ」

「あんまりわからないようだと、悪いいたずらしちゃいますよ」


 紗絵はいたずらっぽい笑いを含んで、憲政の股間を軽く掴む。


「いや、それはもう勘弁してくれ……」

「紗絵ちゃん、ちゃんと旦那さんに軍略の手ほどきしておかないとね」


 於佳津が涼しい顔で、紗絵をけしかける。


「うん、だったら、話を聞いてくださいます? 上様」

「わかった、わかった……」


 まつりごとや軍略の話なら、紗絵は憲政を名ではなく「上様」と呼ぶ。

 憲政は頷く。彼は愚かではない。彼に話してわかることなら、旗本衆だって乗り気になる。

 何より江戸には、殺生石の破片が一つある。だから、九尾の狐にとっては、最後の1欠片を復活させるという目的がある。だが、江戸を取ることで、堀部家の軍略にとって良い面がある。

 軍議の席でもそれはざっと説明したが、伴侶である憲政にはしっかり理解しておいて欲しい。それができれば、誰だって言うことを聞いてくれるはずだ。


「精兵を動かすのに大事な理屈を、理路整然と話す練習なんだ」


 そう考えながら、紗絵は軍議で明かした策略のおさらいを憲政に対して始めようとしていた。

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