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9.オタクは恥ずかしい?

くっ、2週間もサボってしまった。

 時はすこし(さかのぼ)って、午後4時ごろ。未だカーテンすらかかっていない窓からは夕日が差し込んでおり、部屋全体をオレンジ色に染めていた。その暖かな光に眠気を誘われ、秋人はくわぁっと大きくあくびをする。


ぐるっと辺りを見回してみると、朝はガラッとなにもなかった部屋もずいぶんと充実してきていた。


 部屋の隅に沿うようにベッドが置かれ、脇には本棚の列、反対側の壁にはテレビが設置されている。見るからに手間がかかりそうな家具はほぼ全て秋人の担当だった。


 まさに鬼、遠慮や配慮のかけらも感じない。


 そして今は天井に照明を設置し終えたところだった。秋人もそこまで背が高くないので、テーブルの上に乗って悪戦苦闘しながらやっとの思いで完成させたのだった。試しにリモコンでスイッチを押してみると、ピッという音と共に夕陽の赤を蛍光灯が明るく晴らした。苦労した分、言い知れぬ達成感が胸に湧く。


「……っ、よし。これでおっけい。おーい、こっち電気つけ終わったぞ」


 廊下の方へ聖楽に呼びかけると、


「んっ……、はーい、ありがと、今行く……」


 そう言いながら、ダンボールを3つも同時に積み重ねて持ち上げながら、ふらふら歩く聖楽がやってきた。ダンボールは、ゆうに聖楽自身の身長を超していて、明らかに前が見えていない様子だ。


(おいおい、大丈夫かよ、それ……)


 秋人が不安になりながらその様子を見守っていると、


「あっ!?え、ああああ!!」


 聖楽はツルンッと漫画みたいに見事に足を滑らせて前方に倒れ込むように転んだ。言わんこっちゃない、と呆れまじりのため息をつく秋人だったが、瞬間、勢いよく投げ出されたダンボールが宙を舞った。


 そして、その質量の暴力、茶色の鈍器は綺麗な放物線を描きながら秋人に襲いかかる。


(なっ、おいおいおいおい、ちょ、待てっ――、)


 走馬灯のようにダンボールが上から飛んでくる光景がスローモーションで再生される。秋人は死を覚悟して、腰を抜かし後ろに倒れ込んだ。


 ドスン、ドスン、ドスンっと鈍い音が鳴り響き、目を開ければ、間一髪、倒れ込んだ秋人の股の間にダンボールが落下し、中身をぶちまけていた。


「た、たすかった……」


 一呼吸するとともに全身からジワッと気持ち悪い汗がにじみ出るのを感じた。ふーっと息を落ち着かせて、聖楽の様子を確認するため立ち上がろうとした瞬間、手にゴツゴツしたものが触れた。


「いたっ、なんだこれ……?」


 手をどけてその正体を確認しようとした、その瞬間、


「あああああああ!!だああああめええええええ!!みるなああああああ!!」

「ぐふっ!?」


 いつの間にか起き上がっていた聖楽の膝蹴りを喰らう。


 ああ、ダンボールを回避した幸運はなんだったのか……。


 そんなことを考えながら秋人は仰向けにぶっ飛ばされた。ばふっという音と共に着陸。飛んだ先がベッドだったのが不幸中の幸い。この一瞬で幸不幸が目まぐるしすぎてもはやよくわからない。


(おお、神よ……、俺で遊んでんじゃねえぞ、コラ……)


 秋人は少し痛む頭をさすりながら体を起こし、手に握られたままのごつごつのブツを再度確認する。


 ()()()()()()()()()()()()()()。もっと正確に言えば、秋人の手の中にあるのはとあるアニメキャラのフィギュアだった。


 間違いない。これはこの間までやってた俺TUEEEE系で人気を博した冬アニメの主人公だ。ちゃんと毎週見てたから分かる。


「お、おい、おまえ、これ……、なっ」


 思わず聖楽に問いただそうと、秋人が目線を上げると、そこには驚きの光景が広がっていた。部屋中におびただしいほど散乱するフィギュア、漫画、ラノベ、ポスターの数々。


 聖楽は心底焦った様子で手当たり次第にそれらを乱雑に段ボールにしまい隠そうとしているようだが、ここまで豪快に散らばってしまっては焼け石に水状態だった。


「あ、ああ!もう、なんで……!」


 転んでドジをした自分に腹を立てているようで、聖楽はきれいな黒髪をくしゃくしゃにかきむしり、ちらっと秋人に視線を向ける。


「見た……?」

「いや、まあな……。そりゃこんだけ盛大にぶちまけられたらな、見てないっていうのはさすがに無理あるだろ。実際、今も絶賛見えてるし」

「ち、ちがうの、これは全部、その、友達に預けられた奴で、だから、その……」


 すると、今度は一転、しゅんとした表情でもじもじしながらなにやら弁明を始めた。隠すのを諦め、友達のものだから知らない作戦に移るらしい。

 そんな必死な様子の聖楽を見て、秋人は笑いをこらえきれなかった。


「ふっ、ははは!」

「ちょ、あんた、何笑ってんのよ!ほんとなんだからね!私はぜんぜん、まったくこんなの……」

「いやぁ、驚いたな。お前がこんなにオタクだったなんて。人は見かけによらないな、まったく」

「だから違うって言ってるでしょ!」

「これ、こないだアニメでやってたやつだろ?あっ、このシリーズよんでんのか?俺も好きなんだよ、これ」

「え、ほんと!?それ読んでるってひと初めて会った……あっ、ちがう、ちがくて、友達のだから!それ!たまたま読んでみよっかなーって目通しただけだし……」

「はいはい」


 動揺しているのか、ぼろが出まくりの聖楽に暖かい視線を送りつつ、秋人は散らばった漫画たちをとりあえず段ボールに戻し始める。


(にしても、結構な量だな。俺の倍くらいはありそうだな。……んっ?)


 一冊一冊手に取ってはこの中にしまっていると、見たことのない派手な表紙の漫画に目がとまる。気になってパラパラとめくってみると、


(これ……BLじゃねぇか……)


 どうりで見たことがないわけだ。過激な表現は一見したところ無さそうだったが、それにしても男子高校生、少なくとも秋人が目にするべきものではなかった。そっと段ボールにそれをしまい、見なかったことにしようとひそかに決意する。


 ふと振り向けば、聖楽は言い訳をするのは諦めたようで、顔を真っ赤にしながらガサゴソっと乱暴にフィギュアなどを寄せて段ボールにしまい込んでいた。その様子は、一分一秒でも早く片付けて隠してしまいたいと焦っているようだった。


「なんでそんな必死に隠そうとするんだ?」


 せっかくの大切なグッズを乱雑に扱う聖楽を見るのが少し痛々しくなって秋人はそう尋ねた。すると聖楽はぴたりと一瞬手を止め、俯きながら小さく震える声で言った。


「……いから」

「ん?」


 ぽそりとつぶやかれた言葉はあまりにも小さすぎて秋人には聞き取ることができなかった。思わず聞き返すと、聖楽はバサッとうつむけていた顔を上げた。心なしか、聖楽のキラキラの目はいつにもましてウルウルとしている気がした。そして今度ははっきりと、半ばやけ気味に叫ぶようにして、


「は、恥ずかしいからに決まってるでしょ!私の友達全然こういうの興味ないし、自分でも分かってるの、高校生にもなってこんな漫画とかアニメとかばっかりって……。だから誰にも見られたくなかったの!」

「別に高校生でも、大人だって漫画とかアニメとか見るだろ。そんな気にすることか?」

「気にするよ……。友達はみんな、ドラマとか最近人気の俳優とかジャニーズとかが好きなの!そんな中でアニメが趣味なんて恥ずかしくて言えないわよ!」


 確かに、秋人と聖楽が通う高校にはあまりこういった趣味を持ってる者はいない。居ても秋人のように孤立していることが多いのだ。記憶の片隅にある聖楽の友達グループをぼんやり思い出してみても、アニメや漫画とは縁遠そうなやつらばかりだし、実際聖楽だって傍から見ればそうなのだ。

 

「まぁ、お前の友達はどうか知らんけど、別に俺にばれたってどうでもいいだろ。どっちかってと同類だし」

「まあ、そう、だけど……嫌なもんは嫌なの。……誰にも言わないでよ?」

「はいはい、俺にゃ話すやつもいねえから大丈夫だよ。ほら、さっさと片付けるぞ」

「もし……」

「ん?」


 テキパキと散乱した本やら何やらを手際よく片付け始める秋人だったが、聖楽が何やらボソッと呟くのが耳に入る。


「もし誰かに言ったら、首、絞め殺すからね!」


 それだけいうと聖楽はぷいっと秋人に背を向けて片付けに取りかかり始めた。その言葉を聞いて、ようやくペースを取り戻した聖楽に少し安心する秋人だったが、


 (なんか殺され方が妙に具体的だな……)


改めて聖楽の標準モードの物騒さにぶるッと肩を震わせた。



***

()()()()()()()()()()()()()()()()。それはもう、俺なんかじゃ比にならない程の』


 そして現在。三人での夕食の真っ只中。


「あ、あ、あ、あんた、誰にも言わないって言ったでしょ!!ほんと信じらんない!!」

「ふぐっ、う、うぅ、死ぬ、死ぬぅ……」


 秋人は言葉通り、まさに今聖楽に絞め殺されようとしていたのだった。


 


 


 

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