8.聖楽のヒミツ
コッコッコッコッ、とテクニカルでリズミカルな音を響かせながら、秋人はプロ顔負けの速度でキャベツの千切りを仕上げていく。
(ふ、ふふ、ふはははは、今日も快調……!爽快だ……爽快すぎる!!)
キャベツの千切り。それは主夫高校生秋人にとって至高のひと時。趣味は?と聞かれれば、料理、ではなくキャベツの千切りですと答えてしまうくらい。(ちなみに相手が困惑して話がその先詰まるのは想像に難くないだろう)
「うげ、なにあれ、なんであいつ笑ってるんですか……?」
「あはは、秋人くん、千切りしてる時いつもああなの。話しかけても無駄だよ。夢中だから」
「あー……、そうなんですね……」
(なによあのニヤケ顔!あとちょっと漏れてる不気味な笑い声!どうにかしなさいよ……!)
秋人の背中を、キッと睨みつけながら念を送る聖楽だが、本人には当然届くはずもなく、包丁の音に混じってふふふという不気味な笑い声は続いた。
「こりゃ、前途多難ね……」
聖楽は思わずそう呟かずにはいられなかった。その呟きに、琳佳が「どうしたの?」と不思議そうに問いかけるが、「あ、いや、なんでもないです〜」と適当に受け流す。
とりあえず秋人には後で説教が必要だと強く決心する聖楽をよそに、秋人は着々と夕食を仕上げていく。
顔と声がちょっとあれでも、秋人は料理の腕前だけは一丁前で手際がいいのだ。秋人は千切りを終え、横のコンロにかけてあるフライパンの中身を覗き込む。今日のメインディッシュである大きなハンバーグが3つ並んでいた。箸で突いて火の通り具合を確認すると、じゅわぁっと肉汁が溢れ出る。
「よし、こんなもんか」
フライパンを火から上げ、既に千切りを盛ってある広めのお皿に一つずつハンバーグを盛り付けていく。仕上げに、あらかじめ作っておいたオニオンガーリックソースをかければ、たちまち香ばしいニンニクの香りが鼻腔をくすぐる。
「いいなー私も早く大学生になって、平日もお昼まで寝る生活がしたいですー」
「あはは、なんか恥ずかしいなぁ。毎日お昼まで寝てるわけじゃないからね?」
「わかってますけどー、私なんて明日からまた学校ですよー、あー行きたくなー」
秋人が皿を持って振り返れば、いつの間にかすっかり意気投合した琳佳と聖楽が楽しそうにくっちゃべっていた。
(さすが、もう仲良さそうに喋ってるな……。俺、そこまでいくのめっちゃ苦労したんだけどな……)
聖楽と自分の差を改めて思い知らされつつ、出来上がったハンバーグの乗った皿3つを器用に両手で持ってテーブルに置く。
「はい、お待たせしました。食べますか」
「今日も美味しそう〜、今日も優勝だね、秋人くん」
目の前に置かれた立派な肉厚ハンバーグを見て、琳佳は両手を小さく広げて喜びを表現して、秋人の肩をぽんっと軽く叩いてスキンシップ。
そんな何気ない一動作にも動揺してしまい、秋人は照れ隠しで顔を少し背けながら、
「そっすね、間違い無いっす」
と不器用に答えるのだった。
「わぁ、確かにこれは……!あんた、本当に料理うまいんだ……」
聖楽はといえば、いかにも「見直したわ」と言わんばかりの意外そうな視線を向けてくる。
「まだ食ってねえだろ」
「いや、見ただけでも十分わかるわよ。これは……、美味しい……!!」
正直、ここまで意外そうな視線を向けられると、聖楽の中での自分のイメージが気になる秋人だったが、自分の料理に目をキラキラさせて喜んでくれることにやはり悪い気はしない。
追加で、ご飯をよそったお茶碗、麦茶とコップを3つテーブルに置いて、秋人はいつもの定位置、琳佳の対面に腰を置く。ちなみに聖楽は四角いテーブルの秋人から向かって左手に座っている。
聖楽が「はやくはやく」と言わんばかりに、箸をカチカチいじりながら眩しい視線を向けてくるので、あまり焦らさない方がいいだろう。
「それじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
あいさつを終えて、秋人は早速料理に手をつける2人の、特に聖楽の反応を伺う。人に料理を作った時にまず相手の反応を待ってしまうのが秋人のいつもの癖だ。なかでも、聖楽に食べてもらうのは初めてであり、期待と不安が混じった視線を送ってしまう。
「なにこれ、美味しい……!」
箸で切ったハンバーグを口にした瞬間、聖楽は目をキラキラ光らせてポツリとそう呟いた。
秋人は一安心、テーブルの下で小さくグッドポーズ。料理をおいしいと言ってもらえたことはもちろん、これまでさんざんな言いようだった聖楽を少し見返せた気がして嬉しかった。
「う〜ん、やっぱり秋人くんの料理、私好きだな〜。今日も美味しい」
琳佳の不意の一言に、秋人の身体がビクっと反応する。
(うおおおおおお!!え、なに、いま琳佳さんなんつった??俺の料理、す、す、『好き』って……)
内心、秋人のテンションは爆上がり。ついでに心臓の鼓動も爆上がり。ついでについでに秋人の体温も絶賛爆上がりだった。しかし――、
(やばい、どうしよ、なんて返事すればいいのこれ!落ち着け、俺……!こ、ここは冷静に、クールに受け流すんだッ……!)
「え、あ、ありがとうございます……」
動揺してまとまらない頭でやっとの思いで真顔で捻り出した言葉がこれであった。これぞ陰キャ高校生の鏡。変に喜んでにやけたりしてキモくならないようにと秋人なりに頑張った結果だ。素直に爽やかな笑顔で「ありがとうございます!嬉しいです!」などと言えば良いのだが、自然にそれができないからこそのコミュ障だ。
「ぷっ、ククク……、なによそれ」
そんな秋人の心の葛藤などつゆ知らず、隣では聖楽が意地悪げに秋人に視線を向けながら笑いを堪えていた。
「うるせぇ、ほっとけ」
小声で聖楽に言うと、そのやりとりに気づいたのか、琳佳がこんなことを言うのだった。
「ふふっ、二人ともなんかすっかり仲良くなってるね。私、ちょっと置いてかれちゃったかな〜」
「は?なに言ってるんですか?」
「え、いや、無いです、こいつとは」
即座にそろって否定する秋人たちだったが、
「やっぱり、息ぴったりじゃない」
「「違います!」」
今度は台詞までハモってしまった。なんか悔しくてお互いを睨み合うと、ふんっと同時に目を逸らした。そんな、シンクロ率100%の二人を琳佳はなおも楽しそうに見つめていた。
「聖楽ちゃん、今日引越し手伝えなくてごめんね?もう部屋は片付いたの?」
「全然気にしないでください!吉永さんに手伝ってもらうなんて申し訳ないですから」
「俺は良いのかよ……、イテッ!」
思わずボソッと口をこぼす秋人の太ももを、琳佳に見えないようにテーブルの下で聖楽がつねった。秋人が、『こいつ……』と抗議の目線を向けるも、聖楽知らんぷりで話を続けた。
「こいつにも手伝ってもらって、大方は片付きました。あと段ボールが一つ残ってるんですけど、もうすぐ終わります」
「そうなんだ、秋人くん、なんだかんだで手伝ってくれるからね。昨日は『なるべく関わりたくないですね』とか言ってたのに」
途中、琳佳が挟み込んだ昨日の秋人のモノマネが、思いっきりの変顔と変な声で笑えなかった。
「あははっ、似てますね〜、それ!」
「でしょ?」
「いや、似てねぇ……よな?」
え、琳佳さんの俺への印象ってそんな感じ……?と地味に秋人の心がえぐられた。
「秋人くんはどんなこと手伝ったの?」
ハンバーグを口に入れながら琳佳が聞いてきた。秋人も一口ハンバーグを口にして飲み込んでから、
「聞いて下さいよ、俺、今日本棚5個も作らされたんすよ」
「え、5個も!?聖楽ちゃんそんなに本読むんだ?なんかちょっと意外だな〜」
「あ、いや、まぁ、そうですね。そこそこ……」
急に歯切れの悪くなる聖楽に、秋人はニヤリとほくそ笑む。ついに来た、秋人の反撃の時。
そう、秋人は知ってしまったのだ。苦手だった陽キャ女子高生の最大の隠し事を。今まで散々俺を馬鹿にしてくれたバツだ。この際、叩かれようが、恨まれようが言ってやる。
「それがですね、こいつ、」
「あっ、あんた!それっ、言わない約束っ……!」
「とんでもないオタクだったんですよ。それはもう、俺なんかじゃ比にならない程の」
更新...するぞ...まだまだ、まだまだ続くんだ...
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