7.協力関係
「……は?いきなり何言ってんの、お前」
聖楽が口にしたことの意味がわからず、秋人は口を歪めながら反射的にそう口にした。
「だーかーらー、あんたが吉永さんと付き合えるように手伝ってあげるって言ってんのよ!」
「は?なんで?」
秋人は反射的に疑問を口にした。意味わからなすぎて素で返してしまった。
「っ、いちいちムカつく反応ね。ったく、そんな態度じゃモテないわよ」
「いちいちムカつくのはこっちの台詞だ」、とか「琳佳さんにはこんな態度じゃねえ」とか言いそうになるのを必死に堪えた。こんなことを軽々しく口にしようものなら一体何が飛んでくるか分からない。
(本棚の近くに立つのやめてもらえませんかね。……下手したらぶん投げてきそう)
下手に聖楽を触発しないよう、秋人は黙って聖楽の言葉の続きをまった。
「さっきは不釣り合いとか言ったけど、あんた元は悪くないんだし、努力次第でどうにかなると思うのよね」
聖楽は人差し指を顎に当て何やら頭に思い浮かべている様子だ。
「なんだよ、努力って」
「例えばまずその態度。女の子をお前呼びは無いわー。あと髪、目、肌、服、……それとなんか雰囲気!モテたいならもうちょっとしっかりしなさいってことよ」
「最後のはただの誹謗中傷だろ……。俺はありのままの自分でいたいんだよ。自分を飾って見せるのは好きじゃない」
秋人は思いのままにそう言った。これは紛れもなく本心だ。
他人のために自分を飾ることになんの意味があるのだろうかと、どうしても思ってしまうのだ。
それは性格や人柄に関しても、自分の外見にしても同じだ。キャラを演じて友達を作れば自分に心労が貯まる一方だし、必死にメイクをして恋人を作ったところで素顔を見て失望されるだけだ。
結局は、人間関係においてはありのままの自分でいる事が唯一無二の最適解。それが一番居心地がいい。過度な期待も、それに伴う絶望も気にしなくていい。
たとえその結果、今の秋人に恋人はおろか、友人の一人すら居なかったとしても、だ。その考えは変わらない。
しかし、
「はぁ?あんた、何言ってんの。人に好きになってもらいたいのに、自分は何も努力はしませんなんて失礼にも程があるじゃない!あなたには努力する必要もないって言ってるようなもんよ!」
聖楽は思いっきり呆れた様子で、わざとらしくため息を一つつきながら言う。
「いや、別にそんなつもりじゃ……」
「そーゆーことなの!確かに身だしなみとか所作とかってのは表面的なことに過ぎないけど、それが人間関係の基本よ!礼儀よ!本気で人に好かれたいなら、努力でどうにかなることはどうにかするべきなのよ!」
どうやら秋人の発言は火に油を注いでしまったようだ。すっかり呆れからお説教モードに入った聖楽は止まらない。
「あんた今、吉永さんと一緒にご飯食べる仲なんでしょ?大チャンスじゃない!なのにあんたはできる努力もしないで待ってるだけなんてあり得ない!待ってても勝手に好きになってもらえるなんて都合良すぎってもんよ!」
はぁはぁ、と一気にまくし立てた聖楽は荒く肩で息をする。勢いに圧倒されてしまった秋人は
「は、はい、すみませんでした……」
と、なぜか自然と聖楽に謝罪してしまっていた。
確かに、聖楽の言うことももっともかもしれない。
何もしないで琳佳から好意を寄せられるなどと本気で思ってはいなかったが、片思いをしているくせ好かれようと努力をしていないのは事実だ。
自分を飾るのは嫌いだ、と自分で言ったもののおそらくそれは本質じゃない。
琳佳に関して言えば、秋人が真に避けているのは努力をすることへの恥ずかしさと失敗したときの絶望だ。
こんな自分がおしゃれをしたって変に思われるだけじゃないだろうか?
努力をしたもののそれが実らなかったら?
ただ、そういった自己保身のために本気になって努力をすることを怠っている。
つまり、相手よりも自分を優先していると言うこと。そんな受け身の姿勢でただ待つだけと言うのは相手に失礼だ、と聖楽はそう言いたいのだろう。
意外と良いことを言うやつだ。陽キャだからと一括りにして、感性が合わないなどと決め付けていたが、本当はそんなことはないのかもしれない、と秋人は聖楽への印象を少し改める。
「……なんか、ありがとな。そんな真剣に言ってくれると思わなかった」
それまでの態度とは一変、今度は妙に素直に感謝を口にする秋人を見て、聖楽は一瞬驚いたように目をパチクリさせた。
「なんか急に素直になられると違和感あるわね……」
「なっ、人が真剣に言ってんのに、お前が態度から直せって言ったんだろ!」
「あっはは、ごめんごめん。ついつい。で?私にお手伝いされる気になった?」
「え、あ、うーん……」
「なによ?なんか不満あるわけ?」
聖楽の言うことに今更反論などありはしないのだが、秋人の中には未だに一つ腑に落ちないことがあった。それは――、
「ずばり聞くけど、なにが目的だ?ただ面白そうってだけじゃないだろ」
「ま、まぁ、そうね。何事も等価交換、それにふさわしい対価がないとね」
「で?もし俺がお願いしたらなにやらされるんだ?俺がお前にしてやれることなんて何もないぞ」
いや、本当に何だろう。
今のやりとりで多少聖楽の評価が上がったとはいえ、未だ暴力的な印象は残る。何かとんでもない野蛮な対価を求められたらどうしようと不安になってしまうのだ。
秋人は聖楽の答えを身構えて待つが、聖楽はここに来て先ほどまでの勢いが嘘のように消え失せ、俯きがちにモジモジしていた。
(……どうしたんだ?早く何か言えよ……)
そして、ちょっと経って、聖楽がチラッと顔を上げた。上目遣い気味のその様子はどこか恥ずかしげで、より一層秋人の緊張を強めた。
「こんなことを言うのは本当に、情けない、んだけど……、その、私、一人暮らし始めたばっかりで、りょ、料理がほとんどできなくて……」
言っている途中からどんどん声量が尻すぼみになっていく。しかし、耳を澄ませてかろうじて聞き取っていた秋人はそこまで聞いて大方の予想がついてしまった。
やはり、カップ麺の山を見た時に覚えたデジャブは偶然ではなく、必然だったのだろう。
「ま、二人分も三人分もそんな変わんないしな。食費ちょっと出してくれるんなら構わないぞ」
なかなか続きを言わない聖楽に痺れを切らした秋人はさらっとその続きを拾ってやった。それを聞いた瞬間、聖楽はパッと顔を上げ、
「ほ、ほんと!?いいの!?」
「なんとなく予感はしてたしな」
「で、でも、あんたと吉永さんの邪魔になるといけないから……、そうだ、せっかく部屋隣なんだし私が受け取りに行く」
「いや、いいよ、一緒に食えよ。変な気使わんでいい。琳佳さんも嫌がりはしないだろうし」
聖楽は最初は驚いたような表情をしていたものの、しばらくしてようやく納得したようだった。
「……うん、わかった。ありがと。じゃあその代わり、私がバッチリあんたをカッコ良くしてあげる!」
「お、おう、まぁ、なんだ、よろしく?」
「ぷっ、なにそれ、なにキョドってんのよ。キモいからまずはその癖直さないとね」
「うるせ」
かくして、秋人と聖楽の奇妙な協力関係が結ばれたのだった。
そして同時に、これが秋人にとって高校初の友人が誕生したかもしれない瞬間であった。
これから三日に一度更新くらいにします。
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